エジプト革命はアメリカのせい?
おびえるイスラエル、笑いが止まらぬイラン
古くて若い国家の革命
古代文明発祥の地、エジプト情勢がエスカレートしている。こちら在米の各メディアは「革命」という言葉を使い始めた。そして、この革命は、ある意味、アメリカが生み出したものである。
食糧価格高騰(インフレ率は3年連続2 けた)、ソーシャルメディア、ウィキリークスの3点セットが北アフリカ・中東における政権ドミノ倒しを引き起こしている。これは、中東情勢地図を、そして原油市場をさらに混迷させ、アメリカ外交やアメリカ経済に大きな打撃となりそうである。
大統領の座に30年間君臨しているムバラク氏は、チュニジアでの政変を見て、ソーシャルメディアの威力に恐れをなした。よって、携帯電話やソーシャルネットワークを遮断し、暴力で鎮圧をする、という最悪の対応をした。
エジプトは人口8200万人の大国。アラブ世界の中では最大で人口比ではアラブ世界の3分の1を占める。人口成長率は依然として高い。毎年、クウェート1国に匹敵する150万人もの人口が増加し、今世紀半ばには人口が1億人を超えるとみられる。その人口のうち、4割近い3200万人が18歳未満という”若い国”だ。
若年失業率(15−24歳)は34%と高く、若者の不満は大きい。そして、若者の多くはインターネット、ソーシャルメディアに精通し、携帯電話も持つ。チュニジアの様子は、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラが発信したビデオが、フェイスブックを通じて瞬時に広まった。それを遮断したことに、若者の不満は急拡大した。
1月24日の月曜日から始まったデモは、28日・金曜日には5倍の規模に拡大。中東における最大の同盟国での革命騒ぎにアメリカは動揺した。金曜日のオバマ大統領のブリーフィングはこのエジプト問題が独占したという。
続いて大統領報道官が会見。「ソーシャルメディア遮断の独裁」というつながりで中国への余波&中国への対応、にまで言及する記者が続出した。
米中関係を荒立てたくない報道官は「エジプトの話だけにしてくれ」と苦しい答弁をしていた。それを無視して、「この問題は中国まで及ぶと思うか」としつこく聞きまくる老練な記者たち。日本の首相官邸には居ないタイプの記者が大活躍した。
続いて、ヒラリー・クリントン国務長官も「暴力で不満は抑えられない。民衆の声に応えるべき」とわざわざ会見しコメントを発表した。
強大な終身大統領
エジプトの大統領制は極めて独裁的なものだ。まず事実上、任期に制限がない終身大統領制となっている。2005年の大統領選挙のときに、憲法76条が改正され、それまでの信任投票方式が改正され、複数候補が立候補できるようになった。しかし、現実には少数政党・独立系候補が立候補することは不可能に近い。
政党系候補が立候補するためには、全議員の5%以上の支持が必要だ。このため、候補を立てられるのは事実上、与党だけである、与党が独占する議会において、野党候補が5%以上の支持を集めるのは不可能に近い。
2010末の国政選挙で、選挙前に野党陣営に弾圧を加えた与党が圧勝した。野党議員は全員合わせても5%に満たない。
独立候補については、上下院および地方議会から250人以上の支持(うち下院議員から65人以上)が必要だ。下院の定数444人から65人以上の支持が必要ということは、政党系候補に比して約3倍の高き障壁である。
エジプトの大統領は、行政のトップであり、首相を含む閣僚から各県知事までの任命・罷免権を持つ。また、立法府の決定を拒否できる一方、自らの意志だけで法律と同等の拘束力を持つ大統領令を公布できる。大統領は国軍のトップでもあり、司法の判決を覆す強大な権限を有する。
82歳のムバラク大統領は就任以降30年、副大統領を置いていない。今回あわてて、懐刀である74歳のオマール・スレイマン氏を副大統領に任命した。同氏は諜報機関のトップを務めてきた人物だ。
スレイマン氏の年齢を考えると、後継候補とはならないだろう。ムバラク氏は後継者を育成してこなかったのにちがいない。ムバラク氏が失脚した場合、後継者は見当たらない。後継者と目されていた息子も大統領夫人も国外逃亡したと言われる。
ムバラク氏は米東部時間28日夕方になって緊急記者会見を開いた。ウォールストリートジャーナル紙によると、これは録画だったといわれ、大統領がこの時間に、実際にどこにいたかは判明していない。
確かなのは、正面からスポットライトを当ててしわを隠し、82歳の高齢にもかかわらず白髪が全くない真っ黒な髪であったことだけだ。
オバマ大統領の、苦しいムバラク支持
会見はまず、けがをしたデモ参加者への謝罪から始まった。「デモ参加者に意見を言う機会を与えよと政府に指示したのだが」と釈明。「あなたも政府じゃないの?」と突っ込みたくなるが、ご本人は自身を”王”と思っているのかもしれない。
「自由を支持したい。同時に国家の安全を保障したい。自由と混沌は紙一重だ。法を守ってくれれば国民の自由は保証する。貧困を撲滅したい」
「そこで、国民一人ひとりの自由と貧困の撲滅の側に立ちたい。古代から叡智を誇るエジプトのみなさん。さらなる民主主義、個人の自由、経済の発展、それらのための新たなステップを、一緒に踏み出そう」などと立派な意見表明が続く。
” I ask the government to resign ”― ―「ここに、政府に辞任を要求する」。えっ?! 一瞬、「ムバラク大統領が内閣とともに総辞職するのか!?」と思った。
実際は、内閣を刷新し、新政府を発足する、ということ。大統領職はムバラク氏が引き続き務める。ご自分はgovernment の一部ではないということか?
その1時間後、オバマ大統領も続いて会見した。冒頭、エジプト政府に対し、「携帯電話、インターネット、ソーシャルネットワークの再開を強く希望する!」と切り出した。さすが、ソーシャルメディアを駆使して大統領まで駆け上がった人物である。
「ムバラク氏が会見で語った、民主的自由のさらなる拡大や貧困の撲滅などの約束を、必ず実施すること」を条件にムバラク氏を支持することを表明した。オバマ大統領は「ムバラク大統領の会見直後にムバラク氏と話した」ことも明らかにした。
エジプトは、アラブ世界における最大国家であり、アメリカの最大の盟友であり、反イランの急先鋒でもある。ムバラク氏が失脚した場合、最も喜ぶのはイランだと言われる。オバマ氏もムバラク氏を頼りにしてきただけに苦しいところだ。
しかし、オバマ大統領にとって、情報を遮断し、人権を蹂躙するムバラクの圧政ぶりを今や支持することはできない。
バーナンキとザッカーバーグのせい?
チュニジアからエジプトに飛び火した革命の炎の原因は、若年の失業率が高止まりする中で起こった食料価格高騰に始まる。この遠因は、米連邦準備理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長による巨額のドル紙幣印刷にある。FRBがばらまいたドル紙幣は、世界の商品市場に向かい、食糧価格を引き上げた。
もう1つの見逃せない理由は、フェイスブックをはじめとするソーシャルメディアの誕生だ! これもアメリカ発である。フェイスブックやツイッターが、若者の間で情報を瞬時に共有させ、怒りを組織的デモに仕立て上げた。
政府を崩壊に追い込んだチュニジアの活動家が、デモの詳細なノウハウなどを、フェイスブックやツイッターを通じてエジプトの活動家に伝授しているそうだ。どうりで、エジプトにおけるデモの盛り上がりは速かった。チュニジアで1カ月かかったものが、エジプトでは数日で達成された。
エジプト革命は、バーナンキ氏とザッカーバーグ氏のせいなのだ!?
これらに加えて、アルジャジーラのストレートな報道と、ウィキリークスによる独裁政権内部からの情報漏えいがソーシャルメディアとコラボしたことが大きいと思う。
アルジャジーラは、独裁政権を恐れない果敢な報道姿勢を見せている。例えば5年前に、このたび追放されたベンアリ前チュニジア大統領の政敵モンセフ・マルズーキー氏を独占インタビュした。これが元で、チュニジア政府はカタール大使館を閉鎖した。
今回もウィキリークス張りに、エジプト独裁政権の内部や軍隊の忠誠心の低下ぶりを示す映像を流し続けている。これらがソーシャルメディアを通じて、若者中心とする苦しむエジプト国民に一気広がった。これが暴動につながったのだ。
この分析でいけば、チュニジア、エジプトの周辺に位置する国々― ―サウジアラビア、モロッコ、ヨルダン、イエメン、シリア― ―へと革命の炎が広がる可能性がある。
いずれの国にも、「独裁」、「食糧価格高騰に直撃される貧困層」、「ソーシャルメディア」、「ウィキリークス情報」、「アルジャジーラ拠点」がセットでそろっているからだ。
ファイナンシャルタイムズ紙によると、あのサウジアラビアで穏便なデモが起こり始めているという。今までなら考えられなかったことだ。ひょっとするとイランにまで波及するかもしれない。
こうなると、原油市場、食糧市場が大きな影響を受ける。アメリカがエジプトへの援助(毎年11億ドル)の停止を検討するとの情報があるが、真偽はどうだろう? これが本当なら、ムバラク氏の退陣をうながすことにつながるかもしれない?。
しかし、ハマスやヒズボラとの戦いや対イラン戦線であれだけアメリカに協力してきたムバラク氏に対して、アメリカは簡単に引導を渡せるだろうか?
中東情勢は混迷へ
ムバラク大統領の失脚は時間の問題だろう。このとき、その後継者が問題となる。最もヒヤヒヤしているのはイスラエルだろう。チュニジアでの政変はイスラエルには恐れるに足らない出来事だ。
しかし、国境を接する親米国家エジプトの政変は洒落にならない。親米を貫き通したムバラクと同様の後継者が現れる保証はどこにもない。イスラエルの前駐エジプト大使を務めたエリ・シェイクト氏によると「エジプト国民の大勢は反イスラエルだ。親イスラエルなのは、ムバラク陣営の連中だけだ」という。
エジプト革命は、イスラエルが国境を接するもう一つの国家、ヨルダンにも飛び火する可能性がある。イスラエルは「ヨルダンもエジプトと同等の不安定さがある」とみている。実際、反政府デモがヨルダンでも発生し始めた。
エジプト、ヨルダンという、イスラエルが国境を接する国で、政権崩壊が起きればイスラエルの危機感は高まる。ハイファ大学のダン・シュフタン教授は「イスラエルは軍事費を倍増せざるを得ない」とウォールストリートジャーナル紙に語っている。
中東情勢は一気に流動化するだろう。親米だったレバノンのハリリ政権も崩壊したばかりである。イスラエルの孤立感は高まる。
いっぽう、この事態を最も喜んでいるのはイランだろう。中東で目の上のたんこぶであったレバノンとエジプトという、反イラン・親米国家が相次いで倒れる。これに勇気づけられないはずはない。
おびえるイスラエル、自信を増すイラン。もちろん、イランとて手放しで状況を喜べない。この反政府デモはイランにも影響を与えうる。
中国の体制への影響も皆無とは言えまい。米国の外交専門家たちは、今年の騒動の主役は、欧州財政と朝鮮半島であり、中東は静かであろうと断言していた。
最も平穏と思われた地域が最も危険になりつつある。原油市場、穀物市場、金融市場を通じて我が国も大きく揺さぶられることは必至である。
著者プロフィール
田村 耕太郎(たむら・こうたろう)
米エール大学マクミラン国際関係研究センターシニアフェロー。前参議院議員、元内閣府大臣政務官(経済財政政策担当、金融担当)、元参議院国土交通委員長。早稲田大学卒業、慶応大学大学院修了(MBA取得)、米デューク大学ロースクール修了(証券規制・会社法専攻)(法学修士号取得)、エール大学大学院修了(国際経済学科及び開発経済学科)経済学修士号、米オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了。
田村耕太郎の「経世済民見聞録」
2011年2月1日
NIKKEI BP OnLine