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【オーボエ奏者 渡辺克也のベルリン音楽旅行】 


ケルン公演 お楽しみはケルシュ

 ソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの来シーズン(2012年9月〜13年6月)のパンフレットが、配られました。
 オーケストラ楽員にとってこれから先のプログラムを知らされるのは、とてもウキウキする楽しいことです。
 好きな作品があったり、ソリストとの共演が楽しみだったり…。
 ミッシャ・マイスキー、エリザベート・レオンスカヤ、シプリアン・カツァリスらが名を連ねています。
 シューマンの第2番の交響曲、ジークフリート牧歌、ブラームスのバイオリン協奏曲など、オーボエが活躍するやりがいのある作品がいくつもあります。
 ちょうど練習の休憩中に配られまして、おのおのかぶりつくように読み、イメージを膨らませているのでしょうか。
 隣のファゴットの巨匠フランティシェック・ヘルマンも、席に戻り楽器を構えるなり、来年4月に演奏するベートーベンの第4番の交響曲の難しいパッセージで、指慣らしをしていました。
 この4月のコンサート、ケルンにも引っ越し公演をいたします。で、私のイメージは、コンサート後のビールの楽しみにまでも膨らんでいきます。
 ケルンには、ケルシュというこの土地独特の軽やかなビールがございます。
 私が演奏後に行きますのは、フィルハーモニーホール間近、赤いラベルのフリュー・ケルシュという造り酒屋であります。
200ミリリットルの縦長のグラスに、注ぎたての新鮮なのが、どんどん運ばれてきます。それを3杯4杯と頂きますから、椀子蕎麦(わんこそば)ならぬ椀子ビールといったところでしょうか。ビールのデリカテッセ(ドイツ語で「おいしいもの」の意)でございます。
 グラスが空になるとすかさず次のが来ますので、打ち止めの場合、グラスの上にコースターを置いて合図します。
 フリュー・ケルシュの瓶入りもドイツ中で売られていますが、ケルンのタンクから直接注がれたケルシュの方が断然良い、と言わざるを得ません。
 タンクのが生きているビールだとしますと、瓶入りはいわばビールの瓶詰、あるいは標本ですかねえ。
 話をルクセンブルクに戻します。皆様、ヨーロッパにご旅行の際は、どうぞルクセンブルクにも足をお運びください。
 とっても良い所ですよ。もし可能でしたら、ぜひソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクのコンサートの日程に合わせて…。感動をお約束いたします。
(同楽団のHPは
   http://www.sel.lu/)


【プロフィル】渡辺克也
 わたなべ・かつや 1966年生まれ。東京芸大卒。91年、ドイツに渡り、ベルリン・ドイツ・オペラ歌劇場管弦楽団の首席奏者などを歴任。現在はソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者として活躍している。


2012.6.24 08:56
産経新聞

能力を引き出す緊張感

【オーボエ奏者 渡辺克也のベルリン音楽旅行】 

能力を引き出す緊張感
    どうやら、何年経験を積んでも、コンサート本番で緊張しなくなることはなさそうです。
 特に開演30分前というのはいつも、あたかもこれから断頭台に向かわなくてはならないような、重苦しくすごく嫌な時間です。
 そのような重圧に耐えてコンサート本番中に持てる能力を全て発揮できるかどうかということは、われわれ演奏家にとりまして極めて重要な課題です。
 念入りな練習や準備がそれを可能にすることは疑いの余地がありませんが、それだけではありません。
 コンサート本番中に、何らかの強力な成分が体内で生成分泌され、体中をごうごうと流れているような気が致します。    神経を研ぎ澄ますホルモンとでも申しますか、とにかくミスをしなくなり、表現の振幅は大きくなり、そして運までをも味方に呼び寄せます。
 コンサート本番に向けての栄養補給という意味では、演奏家の多くが、栄養ドリンクやサプリメントなどを持参しています。
 ちなみに私のサプリメントは、鰻(うなぎ)です。鰻は効きますよ。そういった栄養分が、体の中でそのような得体(えたい)の知れない成分に変化するのでしょうか? そう思い込んでいるだけでも、信じる者は救われるのです。
 往年の名打者、川上哲治氏の語録に「ボールが止まって見えた」というのがございますが、持っている以上の力を発揮していた、理想的な瞬間の、スローモーションで時間が経過していくような不思議な感覚でありましょう。
 緊張しないとこのような現象も起こらず、締まりのない演奏になってしまうことすらあります。
 さて、問題は演奏も無事終了してからのことです。
 血液中の成分が使い果たされていろいろ足りなくなっているのか、はたまた緊張の反動で脳が休養を始めたのか、集中力が失われていて、この時間帯に私はいろいろな失敗をやらかします。
 終演後ロビーのサイン会では、よく日付を間違えたりします。
 つい先日も、2012年と書くべきところ2011年と書いてしまい、お客さまにおわび申し上げました。
 スキージャンプの原田雅彦氏も、完全燃焼した競技後インタビューで発言がまるで意味不明だったり号泣したり、大変だったそうではありませんか。
 とは言うものの、演奏中の一番大切な2時間余りだけ極度に集中すべく順応してくれるようになった自分の体に、大感謝すべきでしょう。
2012.5.13 10:07
産経新聞

          【オーボエ奏者 渡辺克也のベルリン音楽旅行】 

野菜不足より正統派料理

  ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団が、リヒャルトシュトラウス音楽祭参加のためバイエルン州に引っ越し公演をしました。
  日下紗矢子さんがコンサートミストレスで活躍されている楽団でありまして、私は客演首席オーボエ奏者でご一緒です。
 バイエルン州に参りましたら、名物の白ソーセージは絶対に外せません。
  何と、楽員のドイツ人オーボエ奏者エッグベアトが白ソーセージを食べたことがないというではありませんか。
  冷戦時代東ドイツに属していた楽団ですから、旅行の自由が制限されていたのでしょう。
  そこで終演後に、私に割り振られたスイートルームで初体験してもらうことにしました。日本人の私が指南役です。
 ホテルのフロントでこの街で一番評判の良い肉屋を聞き出し、片道20分歩いて仕入れてきました。
 部屋備え付けの湯沸かしポットで沸騰寸前のお湯を用意し、10分間温めます。
  アツアツのまま獰猛(どうもう)に指で皮を剥(は)がし、手●(てづか)みでムシャムシャといただくのが本当は一番美味(おい)しいと思うのですが、この日は模範的な食し方をお教えしました。
  縦にナイフで切り込みを入れ、下側の皮だけでつながっている状態で開き、肉部分を転がし剥がします。
  原材料は細挽(び)きの仔牛(こうし)肉とタマネギとパセリ、味と食感がほんのわずかハンペンに近いかもしれません。
  バイエルン特産の濁った麦ビールを片手に、ご当地グルメをいただきながら冗談話に花を咲かせ、愉(たの)しい夜でした。
 翌日バイエルン出身の女性楽団員から、「ちょっと、一体何て事をしてくれたの!白ソーセージの付け合わせにロートコールを出すなんて、オーマインゴット、絶対にあってはならない組み合わせだわ」。
  おっと、いきなり怒られてしまいました。ロートコールというのは、赤キャベツをリンゴ、酢、ワイン、香辛料、微量の砂糖などで味付けし煮込んだドイツ料理で、瓶詰がスーパーでも手軽に入手できます。
 「旅先で肉を食べたら、少なくとも同量の野菜を摂取するように」という母の教えを忠実に守り、白ソーセージを頂く度にいつも組み合わせておりました。
  本場の人にとって仰天の組み合わせとはつゆ知らず…。
  ブレーツェルというパンと一緒にいただきますのが、正統です。野菜は付きませんが、ドイツ人にとりまして野菜不足はあまり苦にならないようです。
2012.4.22 08:21
産経新聞

【オーボエ奏者 渡辺克也のベルリン音楽旅行】 


外は氷点下15度 教会で録音

  日本でもこの冬の寒さは厳しいそうですが、超暖冬とタカをくくっていたヨーロッパも、1月末より東欧を中心に大寒波に見舞われています。

ベルリンでも氷点下20度まで下がりました。ほぼ毎冬1回ここまで下がりますので、それほど驚くべき気温ではありませんが、私がドイツに来た年最初の冬には、恐ろしい所に来てしまったと思ったものです。

 ドイツの最も一般的な暖房は、セントラルヒーティングといわれているもので、石油あるいはガスのボイラー1台で沸かした最高80度ほどのお湯を、各部屋に据え置かれた大きな金属製ラジエーターあるいはパネルの中に循環させ、室内の空気を汚さず安全に部屋を暖めます。冬の寒さが厳しいこの国では、とても重宝するシステムです。
 もう一つ暖かく過ごすポイントは、建物の壁が分厚いレンガやコンクリートでできている上に、2重ガラスが当たり前のように標準装備だということです。
  一度部屋を暖めてしまえば、熱を逃がしません。夏は逆に、夜のうちに涼風を入れて壁もろとも冷やしておくと、30度を超える日中4〜5時間窓を閉め切ることで、クーラーなしでも十分しのげます。
 厳しい寒さに対して、このような重装備で臨みます。暖房をガンガン焚(た)く北海道の冬よりも東京の冬の方が寒いといわれますが、ドイツにもこれが当てはまるでしょう。
激しい放射冷却現象の夜が明け、快晴で氷点下15度の今日、私のソロのCD録音でした。
  会場は、CD録音は絶対にここでと自分で決めている、ベルリン・イエスキリスト教会です。
  高い天井から降ってくる美しい音響で有名ですが、それが大寒波には災いしまして、暖房を最強にして夜通し暖めましたのに、やっとプラス19度に達したところでした。
    もしさらに氷点下の強風が吹くと、建物全体の熱がどんどん奪われるため、もっと暖まりにくいんだそうです。
 上空の飛行機音が入ると録り直しになることでも有名な教会です。
  今回は、近所の住人が暖炉にくべる薪をチェーンソーで切り始め、のこぎり音が入るために、私たちも仕方なく休憩せざるを得ない一幕もありました。
  自宅に暖炉があるような高級住宅街に、この教会はあるのです。
 予想外の必要量から薪が足りなくなったのでしょうけれども、氷点下15度の庭での“薪切り”もご苦労さまでしたねえ。
良いCDができますように!
◇ 
【プロフィル】渡辺克也
 わたなべ・かつや 1966年生まれ。東京芸大卒。91年、ドイツに渡り、ベルリン・ドイツ・オペラ歌劇場管弦楽団の首席奏者などを歴任。現在はソリスツ・ヨーロピアンズ・ルクセンブルクの首席奏者として活躍している。(月1回掲載)

2012.3.18 09:19 
産経新聞



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Steve Jobs
1955-2011

Appleは先見と創造性に満ちた天才を失いました。世界は一人の素晴らしい人物を失いました。

スティーブを知り、共に仕事をすることができた幸運な私たちは、大切な友人と、常にインスピレーションを与えてくれる師を失いました。

スティーブは彼にしか作れなかった会社を残しま。スティーブの精神は永遠にAppleの基礎であり続けます。

(スティーブ・ジョブズ会長の死去を伝える米アップル社のホームページ 
 =2011年10月6日午前11時43分撮影から)


アップルの

スティーブ・ジョブズ氏死去

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(CNN) 米アップルのスティーブ・ジョブズ前最高経営責任者(CEO)が5日、死去した。56歳だった。


CNN JAPAN
2011.10.06 Thu posted at: 09:22 JST


「i」革命、世界に衝撃 PC時代に自ら幕


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アップルの前CEOのスティーブ・ジョブズ氏(右)とソフトバンクの孫正義社長 

       =2008年6月、米サンフランシスコ(共同)

 人間の7倍の速さで年をとる犬になぞらえ、日進月歩で技術革新が進むIT業界は、「ドッグイヤー」と呼ばれる。ジョブズ氏はそんな業界を誰よりも速く、全力で駆け抜けた。


 「ガレージから世界一の企業へ」。1955年、サンフランシスコでシリア人政治学者と白人の大学院生の両親の下に生まれたが、ジョブズ家の養子として育った。

 世界初とされるパソコンを開発後、76年に自宅の車庫を拠点としてアップルを創業し、立て続けのヒット作でパソコン業界のトップランナーになった。
 経営対立から一時会社を追われたものの、12年後に復帰。ここから「芸術とテクノロジーを両立させた現代の天才」(ソフトバンクの孫正義社長)ぶりをまざまざと見せつける。

 2001年には音楽配信サービス「iTunes(アイチューンズ)」で音楽ビジネスを変革。駆け出しのころに「宇宙に衝撃を与える」と豪語した通り、自ら大手レコード会社幹部や歌手を口説き落とした逸話は有名だ。

 その後も市場調査に頼らず、自らの感性で新たな需要を開拓し、アイポッド、アイフォーン、アイパッドを連発した。10年間で3度もの「革命」を起こしたことが、創業35年で株式時価総額世界一の企業に押し上げるアメリカンドリームを実現させた。

 アイフォーン、アイパッドは、今やパソコンに取って代わる存在になりつつある。ジョブズ氏の人生の歩調に合わせるように、自らが地平を切り開いた「パソコン時代」に自らで幕を下ろそうとしたことも、一つの「革命」といえる。

 「ジョブズ氏の真骨頂は究極の目標を設定し、それに向かって一切妥協しないところ」(ITアナリスト)。商談のスタイルは「電光石火」「単刀直入」がモットーだ。歯にきぬ着せぬ発言は物議を醸し、敵味方が多い一面もあった。

 晩年は常に健康不安に悩まされ、ライバル企業だけでなく病魔とも闘い続けた。ソバを好む菜食主義者で禅など東洋文化に傾倒した。土曜日の朝には座禅を組み、瞑想(めいそう)するのが習慣だったという。

 「毎日を人生最後の日であるかのように生きていれば必ずひとかどの人物になれる」。17歳の時に出会った言葉を胸に走り続けたカリスマは、類いまれなIT製品と強烈な印象を世に残し、走り去った。

(田端素央、古川有希)
2011.10.6 21:15 産経新聞


スティーブ・ジョブズ氏の歩み


  米アップル前最高経営責任者(CEO)のスティーブ・ジョブズ氏の歩みは次の通り。

1976年 ジョブズ氏らがアップルコンピュータ(現アップル)創業
  80年 米ナスダック市場に上場
  84年 パソコン「マッキントッシュ」を発売
  85年 社内対立でジョブズ氏が退社
  97年 ジョブズ氏が経営トップに復帰
2001年 携帯音楽プレーヤー「iPod」発売
  03年 音楽配信サイトを開設
  04年 ジョブズ氏、膵臓がん治療
  07年 携帯電話「iPhone」発売
  09年 ジョブズ氏、半年間休職。肝臓移植を受ける
  10年 多機能端末「iPad」発売。株式の時価総額で
      米マイクロソフトを抜く
  11年 1月 ジョブズ氏、病気療養で休職
  11年 8月 ジョブズ氏、CEO辞任
  11年10月5日 ジョブズ氏、死去

FNN (ニューヨーク共同)
2011.10.6 10:25



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