naomiの勝手に絵本の紹介

ライフワーク(自称)の絵本の紹介と乳がん体験記

日本むかしばなし

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ないたあかおに

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今日、紹介する絵本は、

『ないたあかおに』
(ぶん・はまだ ひろすけ  え・いけだ たつお  偕成社)

このお話は、私は大好きです!
何度読んでもいい!!
絵本を読み聞かせしていて、やはり子供たちに一番伝えたいのは
「こころ」なんですよねぇ〜。
このお話も、そんな「こころ」を感じてほしい。そんな1冊です。

お話の内容です。

ある山に 心のやさしい若い赤鬼が住んでいました。
赤鬼は、毎日一人で思っていました。
「私は、鬼に生まれたが、人間たちとも、仲良く暮らしていきたいな。
 麓の村の人たちと、友達 仲間になりたいな。」

ある日、赤鬼は考えて、家の前に立札をたてました。
「心のやさしい 鬼の家です。どなたでも おいでください。
 おいしいお菓子もございます。お茶もわかしてございます。 赤鬼」

翌日、村の二人のきこりが通りかかって、立札を見ました。
それが、本当のことかどうかわからないので、戸口からそっと覗きこんでみることにしました。
「なんだか、ひっそりしているぞ」
「きみが 悪いな」
「さては、まじめに見せかけて、うまくだまして とって食う つもりかも!」
「あぶない、あぶない 鬼だもの」
そう話しているのを、うちの中で耳を澄まして聴いていた赤鬼は、腹がたって
「だれがだまして 食うものか」と真っ赤な顔を突き出して、大声で言いました。
きこりたちは、「そらでた 鬼が!たいへん、逃げろ」と一目散に山を下りて行ってしまいました。

赤鬼は、くやしくてなりません。
涙をいっぱいためて、立札を壊していました。
そこに、ひょっこりと 仲良しの友達の青鬼がやってきました。
赤鬼は人間と仲良くなりたくって、立札を立てたことを青鬼に話しました。
聞いた青鬼はいいました。
「人間と仲良くしたいなら、こうしよう。
 僕がこれから麓の村に下りて行って、暴れる。そして君が僕をポカポカなぐる。
 そうすれば、人間たちは君を見て、褒めるに違いない。そうなれば、しめたもの
 人間たちは安心しきって、遊びにやってくるよ」
でも、赤鬼は青鬼に悪いと、断ったが、
青鬼が「なにをいう。友達じゃないか。では、出かけるから、きみは後でくるんだよ」と
行ってしまった。

青鬼は、村に着くと大暴れ。
戸をたたいたり、壁を蹴ったり・・。
間もなく、赤鬼が来て「やい、このやろう」と青鬼の方を掴んで、頭をこつんと叩きました。
けれども強くは打ちませんでした。
青鬼は「だめだよ、それじゃ。もっとポカポカなぐるのさ」と小さな声で言いました。
それでも思いっきり出来ない赤鬼、青鬼はよろけるふりをして、そばの太い柱に頭を打ちつけました。
「いたい。いたい」と額を抑えて逃げていきました。
それを見ていた村の衆。
赤鬼は他の鬼とは違う。乱暴な鬼をなぐったと、良い鬼だと認められ
それから毎日のように大人も子供も連れだって、鬼の家に遊びにいきました。
鬼も退屈な日はありませんでした。毎日が楽しく にこにこしていました。

何日かたったある日、赤鬼は青鬼のことをおもいだしました。
「そうだ、青鬼クン、あれからちっともやってこない。どうしたのかしら。
 あの時、額をぶつけたのが悪くて、寝込んでいるんじゃあるまいな」と心配になり、
青鬼のところへ出かけました。
青鬼の家に着くと、戸の扉に一枚の紙が貼られていました。
『  赤鬼くん
  人間たちと 仲良く 真面目に付き合って、いつも楽しく 暮しなさい。
  僕は しばらく きみと お別れ。 この山を出ていくことに決めました。
  君と僕と 行ったり来たりしていては、人間たちは、気になって、落ち着かないかもしれません。
  そう 考えて 旅に出ることにしました。
  長い 旅、遠い 旅、けれども、僕がどこにいようと、君を思っているでしょう。
  君の大事な幸せを いつも 祈っているでしょう。
  さようなら。
  きみ、体を大事にしてください。
                      どこまでも きみのともだち  青鬼』

赤鬼は、何度も何度も読みました。
「ああ、青鬼クン、きみはそんなに僕を思ってくれるのか」
岩の戸に両手をあてて、顔を押し付け、たらたらと涙を流して なきました。

このようなお話です。

鬼の姿をしていても心やさしい鬼もいるということ、偏見といいますか、
外見で判断しないという要素も入っていますし、
相手のことを思う心なども含まれているお話です。
なんか、深いお話で・・。
自分の事に置き換えても、かなり当てはまったりするんですよね。
たとえば・・。
すっごく厳しい先生がいて、大嫌いだった。
でも、そのきびしさはすべて私を思ってのことだった。
それが気づいたのは、かなり後になってから・・なんてこともありますし。

母はこんなにも頑張ってる!と自己満足でやっていますが、
それにとっても協力してくれている、子供たちと旦那。
実は、さみしい思いも我慢もさせていたりしちゃいます。
こちらは、赤鬼のように、気づいた時には手遅れ・・とならないように
気をつけないといけませんよね(>_<)

自分の周りに、無くしたくはない人はいませんか?
その人に気づいてあげてください。(*^_^*)

かさじぞう

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今日も昔からみなさんが知っているお話の絵本の紹介です。
『かさじぞう』
(瀬田 貞二 再話 赤羽 末吉 画  福音館書店)

昔から語り継がれているお話の一つですよね(*^_^*)
なぜこの時期?と思う方もいらっしゃるかも。
そうですよね・・・。これって冬というか、大みそかの定番のお話です。
このお話も、その絵本によってちょっと違っていたりします。


6人の地蔵様が恩返しをするおなじみの昔話
こちらの絵本は、言わずと知れた赤羽末吉さんの挿絵になります。
藍色の和紙を背景に、見開きいっぱいの扇面に描かれた素朴な水墨画が日本情緒をかもし出します。

さて、内容ですが

貧乏なおじいさんと、おばあさんが、毎日編み笠をこしらえては、町へ売りに行って
暮らしていた。
大みそかが来たので、おじいさんは編み笠を5つも作って町に売りにいった。
が、ひとつも売れず、正月のもちも買えなかった。
そのうちに日が暮れて、おじいさんは、しかたなく笠をせおって戻ってきた。
途中、広い野原にさしかかったとき、ふぶき始めた。
野原の石のお地蔵様たちが、ふぶきにさらされ、顔からつららをたらして並んでいた。

おじさんは、そのお地蔵様に、売り物の笠を順々にかぶせてあげた。
最後の一人のお地蔵様の笠がなかったので、自分の笠をかぶせてあげ、
うちへ戻った。

うちではおばあさんが、餅を買ってくるだろうと、まっていたが、
おじいさんは、自分の笠までなくして真っ白になって帰ってきた。
そして、おじいさんは、うれなかった笠は六地蔵さまにかぶせてきたことを話すと、
おばあさんは、「そうかい、そうかい、笠をもって帰ってきたところで、腹の足しにはならないもの
お地蔵さまにあげて良かったな」と
二人して、すっぽりめし(おかずなしに食べるごはん)をたべて、そそくさと寝てしまった。

すると、正月の朝の明け方、そりを引く音で二人は目をさました。
そのそりはこっちへ向かってきているようだ。
そのそりひきたちは「よういさ、よういさ、六大地蔵さ笠とってかぶせた じいぁ うちは どこだ
ばあぁ うちは どこだ。 よういさ、よういさ」と聞こえてきた。
おじいさんは思わず、「おお、ここだ、ここだ」と雨戸をあけてみた。
すると、そこらじゅう明るく輝いて、六人の編み笠をかぶった人たちが、
俵をのきばたにおろして、帰って行った。

その俵を見ると、正月のもちやら、魚やら、家に飾る宝や、こがねやらがどっさりつまっていた。
それから二人は幸せにくらしたとさ。

このようなお話です。

よい行いをしたら報われるお話ですよね。(*^_^*)
いい、お話です。
小学校の教科書にも扱われているくらいですから。

が、天の邪鬼naomiは、「ちょっとまった!」と言いたい
人の見えないところで、心の暖かなお爺さんの行動は認めよう。
でもね、このお年寄り、生活が苦しいとはいえ、ちょっと計画性がないんじゃないの???
大みそかまで、用意も何もなしで・・。
若い子ならわかる、その日暮らしも(>_<)
でもさ、ちょっと老後がこんなんじゃ悲しすぎやしないかい??

それから、お地蔵様にたくさんいただいて、その後は幸せになったとはいうが、
毎日、お地蔵様にきちんと手を合わせに行ってるんだろうか?
その日暮らしの癖がついているのに、きちんと計画をもってその品々を使えたのだろうか?
いきなり、暮しが楽になったからと、編み笠作りはやめたのだろうか?

余計なお世話なことばかりですがね・・(*^_^*)
こんな疑問、もちませんか?

このお話の言わんとしていることは、わかるんですが、
良いお話っていうのに、ちょっとつっかかりたくなって、妄想が・・・(^_^;)
悪い癖です。

かにむかし

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今日紹介するのは、
『かにむかし』
(文・木下順二  絵・清水崑  岩波書店)

この絵本も、かなりむかしからの岩波書店のロングセラーですよね。
この絵を見ただけで懐かしさを感じるかと思います。

さて、このおはなし『かにむかし』ですが、
私の年代ですと、『かにむかし』というよりも『さるかに合戦』の方がピンとくるかもしれませんね。
この、かにとさるのお話は、あちらこちらにいろいろな形で残っています。
ちょっとずつ内容が違っていて、どれが本物?と思うかもしれませんが、
その地方、その地方の語りの中で残ったものなので、全部本物なのです。
そんな違いを見つけるのも、楽しみの一つに加えていただければ・・と思います。

さて、こちらの絵本のお話の内容は、
みなさんが知っている「さるかに」のお話です。
かにが、カキの種をひろってそれを植えて育てる。
柿の実がなったときに、サルが来て、全部自分のものにしたく、青い固い実をかににぶつける。
かにはつぶれて死んでしまい、子ガニが仲間たちと一緒に、
悪いサルを懲らしめるという内容です。

この『かにむかし』は、戦時中に出た「佐渡島昔話集」の中の一つを復元したもの。
なので、背景は浜辺になっている。

このお話は、柿の種とおにぎりを交換しません(*^_^*)
かにが柿の種をひろって、一生懸命に育てて、柿の実が熟したけど、かには木に登れなかった。
その様子を、山の上からサルが見ていて・・という風になっています。

さらに、このお話はかにが死んでしまいます。
中にはけがをして、かに自身が仲間と一緒にサルに仇打ちをしにいきますが、
こちらは、かにがつぶされて死んだときに、甲羅の下からかにの子供がたくさん這い出してきます。
その子どもたちがサルに仇打ちにいきます。
で、なぜか、この子がにたち、仇打ちに行くときに、きび団子を作って、腰につけて出かけます。
そして、まるで桃太郎のお話のように、仲間を作るときには
「腰につけとるのは、そら なんだ」と聞かれると「にっぽんいちの きびだんご」と
仲間になるとそのきび団子を貰える・・。

このお話の仲間は、くり、はち、うしのふん、はぜぼう、いしうす。
中には、うしのふんが、こんぶになっているお話もあったり、このあたりも
かなりそのお話によって違ったりしますよね。(*^_^*)

このお話は、方言も入り、語りやすいお話になっている。
また、リズムのある言葉のつづりになっているので、聞いてる方も調子よく聞けると思います。


どうでしょう・・。この絵本の絵は見たことがあったかもしれませんが、
(昔、教科書にのってなかったかなぁ??小学1年で習ったような・・図書室で見たのかな?)
お話の内容は、きっと自分のしっている「さるかに」ではなかったのではないかと思います。

さらに、こちらの絵本、
本来はちょっと大きいサイズになっています。そしてお値段も現在(税込で)1680円。
が、小型版も出ていて、これは小型の方になり、お値段も(税込)672円。
大勢に見せながら語るにはちょっと小さいかもしれませんが、
語り勝負の読み聞かせなら、このサイズでも大丈夫!
子どもたち、えほんが小さいと、集中力も増したりしますから(^_-)-☆
でも、読み手の練習は必須です。

花さき山

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今日は、昔から親しまれてきた絵本を紹介します。
『花さき山』
(斉藤 隆介・作/滝平 二郎・絵  岩崎書店)

昨日、道立図書館と小学校のコラボで、息子の通う小学校で
ブックフェスティバルがありました。
高学年は1・2時間目に、低学年は3・4時間目にと別れ、
体育館に図書館から持ってきた、絵本をずらりと敷き詰め、すきな本を一人4冊まで
借りれ、3学期いっぱい教室においておけるのです。

ただ、体育館に本を敷き詰めているだけではなく、
仕掛け絵本コーナーや、ジャンボ絵本や紙芝居コーナー、
あと、パネルになったお話し迷路のコーナーもあり、ここは結構人気でした。
お話迷路とは、もも太郎とかジャックと豆の木みたいな
だれもが知っているお話で、迷路の道順がお話のないようになっていて、
正規の内容ではないとゴールまでたどり着けなくなっています。
横道にそれると、それはそれで、また面白い展開のお話になっていて、
こどもたち(特に高学年)はわざと間違い道に行って、笑って読んでいました。(*^_^*)

その、フェスティバルの中で、読み聞かせのコーナーがあり、
私は高学年担当で読ませてもらったのが、この『花さき山』です。
3学年一同に集まっての読み聞かせです。
本当は高学年にはもっと読んで聞かせたい絵本があったのですが、
人数も多い・・ということで、学校にあるジャンボ絵本を使ったほうが良いのではないかと
この花さき山になったのです。

このお話も息の長い絵本ですよね。
私が小学校のときは、なぜかこのバックの黒い部分と、女の子の寂しげな表情の目が
怖く感じ、読みたい絵本ではなかったです。(^_^;)
でも、いいお話なんですよね。

それでは、内容に入ります。

10歳の女の子、あやは、祭りの煮しめを作るために、山菜を取りに山に入ったが、
山の奥へ、奥へと入って行ってしまい、迷子になる。
迷子になったが、その山一面に、今まで見たこともない花がさいていた。
そのとき、山にすむババが出てきた。

このババは何でも知っていて、あやの名前はもちろん、
何でこの山に来たのかも、そしてあやに、どうしてこんなに綺麗な花が咲くのかを教えてくれる。

この花は、ふもとの村の人間が、優しいことをするとひとつ咲く。

あやの足元にある、赤い花は、昨日あや自信が咲かせたものだった。
あやの妹のそよが、祭りに着るために赤いべべを買ってくれと、ないてごろつきお母さんを困らせた。
そのとき、あやは、「おらは、いらねえから、そよサ かってやれ」とお母さんにいった。
そのとき、その赤い花が咲いた。
あやは、家が貧乏で、二人には祭り着を買ってもらえないことを知っていたから、自分は辛抱した。
お母さんはどんなに助かったか!
そよは、どんなに喜んだか!
でも、あやは切なかっただろう・・。が、この赤い花が咲いた。
どんな祭り着の花模様よりも綺麗な花が。

ここの花はみんなこうして咲く。

今、つゆを乗せて咲きかけてきた、小さな青い花。
それは小さな双子の赤ん坊の上の子の方が咲かせているものだ。
弟がおっぱいを飲んで、もう片方のおっぱいを手でいじくって離さない。
兄弟といっても、同じときのわずかな後先で生まれたものが、自分はあんちゃんだと思っって
それを見てじっと辛抱している。
目にいっぱい涙をためて・・。
その涙がそのつゆだ。

この 花さき山一面の花は、みんなこうして咲く。
つらいのを辛抱して、自分のことより、人のことを思って、
涙をいっぱいためて辛抱すると、その優しさとけなげさが、
こうして花になって、咲き出すのだ。

花ばかりではない、この山や向こうの山も、一人ずつの男が、命を捨てて
優しいことをしたときに生まれた。
この山は、八郎っていう山男が、八郎潟に沈んで高波を防いで、村を守ったときに生まれた。
あの山は、三コっておい大男が、山火事になったオイダラ山にかぶさって、
村や林が燃えるのを防いで焼け死んだときにできた。

やさしい事をすれば、花が咲く。
命をかけてすれば、山が生まれる。
うそではない。本当の事だ・・。

あやは、山からかえって、山ンばから聞いたこの話をしたが、
だれも信じてはくれなかった。
そこで、あやはまた、一人で山へ行ってみた。
でも、山ンばには合わなかったし、あの花も、花さき山も見つからなかった。

けれでもあやは、その後 時々、
「あっ!今、花さき山で、おらの花が 咲いてるな!」って思うことがあった。

このようなお話です。

前半は、この山に住むババ、山ンばの語りになっています。
読み出しの言葉「おどろくんでない。」この第一声で、ババの人格や性格、身なりが
決まっちゃう、大事な言葉なのです(読み手にとって・・)
この、読み聞かせのために、かなり練習しました。
難しかった!(>_<)

さて、このお話、賛否両論があります。
まぁ〜何に対しても、良いという人もいれば、悪いという人もいるのですが・・・。
ですが、これだけロングで親しまれているのは、良いのだと思います。

まっ、確かに、日本人特有の「我慢が美徳!」みたいな部分はあります。
人のために、自分が辛抱したら、そこは丸く収まる・・。
これだけ我慢ばかりがいいものか?
現代にはあまり通用しないのかもしれませんが、
なんでもかんでも我慢はいけませんが、一人ひとりがこのような気持ちで相手に接していると
いざこざはまず起きないでしょう(*^_^*)
そして、我慢ばかりしているのはもちろん良くありません。
その我慢、辛抱していることをわかってあげれる人間。これが必要なのです。

あやが辛抱したことで、周りが助かり、その辛抱したことが山ンばは理解し、
またその我慢の報酬に赤い綺麗な花が咲いた。
そのことで、あやも辛抱した甲斐があると納得できる。
これは大事な構造だと思います。
子育ても、兄弟がいれば、上だから、下だから・・と我慢させることが多々あります。
その我慢は成長にとって、とっても大切なことだと思います。
その我慢を、親が後から、当たり前!と思うのか、よくがんばったね!と言ってあげるのか・・。
このちょっとの差が、こどもの成長に違いができちゃいます。

今の子は我慢が少ない・・と言いますが、我慢したことを
大人が誉めてあげていないから・・なのではないでしょうか?

そんな思いを込めて、今回はこの「花さき山」を読んできました。
こどもたちや、先生に伝わったかなぁ〜(*^_^*)

終わった後、図書館の方からこんなうれしい言葉をいただきました。
「今まで、いろんな人の花さき山の読み聞かせを聞いてきましたが、
今回初めて、なんかうるっときちゃいました。」
心に届く読み聞かせ・・がんばろう!(*^^)v

そう思えるのも、努力を認めてくれたから!書士さん、ありがとう!

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久々の絵本の紹介です(*^_^*)
今日の紹介する絵本は・・こちらです。
『ごろはちだいみょうじん』
(中川 正文さく  梶山 俊夫え 福音館書店)

さて、今日のこの絵本は、私の得意な分野「語り」のできる絵本となっています。
やはり、現代文でさらりと読むよりも、せっかく読むのですから
モチベーションを最高潮にあげて、自分も絵本の世界へと、どっぷり入って読みたいですよね。
そこが方言とか、昔ことば・・というのがとっても良いのです。

内容に入りますか(*^_^*)
『へんてんはんの  もりの  ごろはちは、えらいてんごしいの たぬきやった。
てんごしい いうのは、つまり  いたずらもんと いうことや。』
このような感じで始まります。

いたずら好きのたぬきがいたのですが、
村の人たちが、いたずらをあまりしないように・・と、
「ごろはちだいんみょうじん さまさま」と奉っていた。
そして、奉るだけじゃなく、「あんまり わるさ せんでおくんなはれや。あんじょう たのんまっさ」
と、油揚げをちょくちょくお供えしていった。

ごろはちは、そこが気に入らない!
「大明神」と言ってくれるのは勝手なのだが、たぬきに油揚げをあげるということは何事か!と・・。
きつねといっしょくたにされるのが悔しくてたまらない。
「だいたい きつねみたいに 自分で化けて出たり せえへんで。
こっちは ちょいと人を騙すだけのことや。ずんと たちがええで。」
村の人らは、たいていいっぺんはごろはちに騙されてる。
坊さんが、本堂でお経をあげようと思って、くわーんと鐘を叩いたら、縁の下からやっぱりくわーんと
同じ鐘の音がする。
坊さんが、「お経の調子が狂うから、堪忍してくれ」と頭を下げて頼みにきたのが、
ごろはちの自慢。
夜に、ざざざ・・とほうきで掃く音が聞こえてくる。
同じところを、しっぽではいているだけだが、
誰か村中の道を綺麗に掃いてくれてるんだ・・と、子供たちは感心するけど、
年寄り達は、ごろはちのやりくちだと知っていて「そろそろ、お供えの催促か?」と
翌日には油揚げをもって走るのだった。
婚礼の晩は一番危ない。
酒に酔っ払ってご機嫌になっていると、持ち帰ったご馳走をやられてしまう。
村の人たちは「しゃあない、ごろはち大明神さまや」とあきらめるが、
ごろはちはただでは盗んでいかない。
あくる日、目をさましたら盗まれた人の家の入り口には、あけびややまぶどうらを置いて
ちゃんと返している。
てんごしいでも、几帳面なたぬきなのだ。

ある日、村のはずれで、えらい大騒ぎが始まった。
大勢の人が出てきて、働き出している。
景気の良い歌を歌って、土を運んだり、じゃりを並べたりしている。
ごろはちは気になって、そっとのぞきに言ったら、道みたいなものができていた。
できかけの道には、長い長い2本の鉄の棒が引かれていた。
「道にしてはけったいやな」とごろはちには良くわからなかった。
そのうち、柵もでき、家も建った。
ごろはちは、しんぼうして覗いていた。
そして「鉄道いうもんができ、汽車が通って、駅もできる」ということが、ちょっとずつわかってきた。

寒い日だった。弁天様のお祭りでもないのに、朝の早くから花火が上がり、
その花火を合図に、みんなよそ行きのいい格好して、ぞろぞろ出てきた。
そして「駅」というほうへ、みんな手に旗を持って振りながら歩いていく。
「ははあん、こら 今日は なんぞええことあるのやな」と
ごろはちもじっとしていられなく、村の人たちに見つからないように、遠回りして駆けつけた。
駅のそばの枯れ草のかげに隠れると、
「誰よりも先に、その汽車というもんをみつけたるで!」とごろはちは待っていた。

村の人も汽車が来るのを首を長くしてまっていた。
線路のすっと向こうから、汽車が音をたててやってきた。
が、みんな生まれて初めて汽車を見る人たちだ。カブトムシのお化けみたいなものを
汽車とは思えなく「もしかしたら、こら、ごろはちに騙されてるのと違うだろうか?」
「ああ、さよか」と村の人は笑い出し、「もう、おまえさんの悪さには、ひっかからへんで」と
線路にみんな出てきた。
それを見ていた、ごろはちは、
「てんごと違う。悪さしとるのやない。あれは本物やがな」と気が気じゃない。
駅長さんも飛んで出てきて、「危ない!こんなところにいたらひかれるで!」と言うが、
大勢の人の事、ちょっとくらい怒鳴り散らしても言うことは聞いてくれない。
汽車はみるみる近づいてくる。
「あかん、いうたら あかん!もう、しゃあない!」と
ごろはちは、走ってくる汽車の前に出て 立ちはだかった。
「こら。どたぬき、むちゃ さらすな」
機関士がビックリして汽車を止めようとしたけど間に合わなかった。
その代わり、村の人たちがいっぱい騒いでいるところのちょっと手前で、汽車は止まってくれた。
「おまんら、この たぬきのおかげで、命拾いしたんやぞ」
駅長さんが冷や汗を拭いて、みんなに言った。
「そうやったのか。ほなら やっぱり ごろはちは 大明神さまやったのやな」

村の人たちは、弁天様の森に社を立てて、お祭りした。
油揚げも忘れずに毎日お供えしている。
ごろはちにしたら「まだ、きつねといっしょくたに しとるのかいな。こっちは たぬきやで」
と悔しがっているところだろう。
それから、坊さんもちょいちょいお経をあげに来てくれるのだが、
ごろはちは、それにも文句を言っている事だろう。
「あほらし。仏さんと違うがな。こっちは れっきとした 神さんや」
めでたし、めでたし。
というたかて、なにがめでたいのやろ。

このようなお話です。
このお話、最後が面白いのよね(*^_^*)
人の良い(?)たぬき・・。
油揚げをもらっては文句を言い、お経をあげてもらっても文句を言い・・。
でもね、日本人の習性というか、いろんな宗教をいっしょくたにしているのは、
このお話を見たらよくわかるでしょう。(*^_^*)
この世に生まれて、まずはお宮参り。結婚式は教会で、死んだときは仏教で・・(>_<)。
1月、お正月には神社へ初詣。10円か100円(もっと多い人もいるけどさぁ〜(^_^;))で、1年分の無事を祈っちゃう!
2月は節分、鬼を追っ払って福を呼ぶ!さらに恵方巻きって、今まで北海道は習性なかっのに、コンビニ戦略にやられて、長いものをその年の方角のほうへ向いて、無言でひたすら食べて、福を呼ぶ!
そうそう、バレンタインもこの月にあるよねぇ〜。
3月ひな祭りで、女の子の成長を喜び、さらなる幸せを願う!雛人形一つで結婚できるかできないか・・みたいなものを託しちゃう。(変なのつれてきたら結婚させたくないのが親なのにねぇ〜(^_^;))
そして、ホワイトデーも。
4月お釈迦様の誕生日!でも、この習性は北海道にはまだ上陸していない(私の周りだけかな?)
10月ハロウィン、11月七五三、12月クリスマス。
まだ他にも宗教的な行事があるけど、まぁ〜ざっとこんな感じ。
面白いよね!

言葉なんかも、宗教的な特に日本は仏教用語が多いのかな?
普通に使っていたりね。(*^_^*)
「四苦八苦」なぁ〜んていうのは、まさしくそうで、
四苦というのは、人間として生まれて必ず受ける苦しみ、(避けては通れない苦しみ)
「生老病死」の事です。
生まれてくる苦しみ・老いる苦しみ・病の苦しみ・死ぬ苦しみの四つ。
八苦はこの前者の4つに加えて、さらに4つたしたもの。
愛別離苦=愛する人と別れる苦しみ。怨憎会苦=嫌な人に会わなければいけない苦しみ。
求不得苦=欲しいものが得られない苦しみ。五陰情苦=肉体、感情、理性、思考などがあるがための苦しみ。
まぁ〜簡単にいうとこんな感じかしらぁ〜(*^_^*)
間違っていたらごめんなさい(結構適当!)
こんな意味があるのですが、自分が困ること「四苦八苦」って使うでしょう(*^_^*)
お相撲さんが昇進したときなんかに、無理やり使う言葉も仏教用語が多いよね。

話はそれましたが、日本人って本当になんでも「いっしょくた」にしている人種なんだわぁ〜。

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