世の中には、他者と共存する世界で生きていく限り、「〜してはいけない」ということはあるけれども、「〜しなければならない」、「こうあらなければならない」などというように、「ねばならない」(have to、must)というものはないと、私は思っている。
その証拠に、究極に言えば、今日、学校に行きたくなかったら学校へ行かなくてもいいし、会社に行きたくなかったら会社に行かなくてもいい、学校へ行かなくても自宅で勉強する選択肢もあるし、勉強しないという選択肢もあるからである。
事実、学歴も教養もなくても、立派に生きていっている人は、世界中にはたくさんいるし、あと、少々乱暴な言い方をすれば、会社に行かなかったら、会社からクビになり、給料が貰えないだけのことであり、日本にいるのなら、生活保護を受ければいいわけであり、借金地獄に陥っている人であれば、日本から抜け出して、タイやスリランカなどに行って、僧侶になるという選択肢もあるだろう。(出家して僧侶になれば、托鉢によって飯は食わせてもらえるからである。)
話を要約すれば、宇宙レベルから言えば、世の中には、「〜しなければならない」、「こうあらなければならない」、すなわち、「ねばならない」というものはない、ということである。
もちろん、私は、こういったことを、誰に対してでも、無条件的に推奨しているというわけではない。
そして、無条件的に、高額な税金の納付書が来たからといって、それを払うなとか、あるいは、無条件的に、膨大なる借り入れをして、その借金をすべて踏み倒せ、などと言っているのでもない。
人生の中で、八方塞がりになったり、どうしようもできないような、選択肢がなくなってしまった場合に、そして、究極に、人が死を選択しようとした場合に、「ねばならない」という選択肢を取っ払ってしまう選択肢もあるのではないのかと言っているのだ。
私は、世界を旅するのが好きだ。発展途上国に行くと、おカネがなくても、本当に、立派に生きている人は山ほどいる。
かなり偉そうなことを言っているが、究極に言えば、世の中には、「ねばならない」というものはない、ということだと思っている。
ただ、このことは、『生きる』ということを最前提とした上での話である。つまり、ここでは、「死ななければならない」という定理は成り立たない。
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