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世界的な仏教学の常識によれば、釈迦はアートマンの永遠性(霊魂の不滅論)を説かなかったと言われている。(そのことは意外にも一般的には知られていない。)しかし、釈迦は、アートマンの不滅性を信ずる者に対しては、アートマンの不滅性を否定することもしなかったとも言われている。すなわち、アートマンの不滅性を信ずる者に対しては、それはそれでよい、その道を行きなさい、ということであったのだろう。
釈迦はアートマンの有無に関しての断定的見解それ自体さえも捨っているが、一体、何ゆえに、釈迦はアートマンの不滅性について肯定も否定もしなかったのだろうか?
これらのことに関して、抽象的な解説をしたのが、(このブログで別のところで論点にもなった)実は、ナーガールジュナ(龍樹)の『中論』の根幹でもあり、その重要な部分であったのだろうと、私は考えているのである。
『中論』の中心的な主題とは、言うまでもなく「縁起」に関するものであり、仏教学者・中村元先生によれば、ナーガールジュナの『中論』は、「縁起」は「空」や「中道」と同義語であるとも述べられている。
それでは、その「縁起」と同義語である、仏教の根幹とも言える「空」とは、一体、如何なるものであるのだろうか?
ナーガールジュナによれば、「空」とは、「有」と「無」から離れたところにあるのだと言う。換言すれば、有と無に関する形而上学的断定から離れる、具体的に言えば、執着しない、ということであるのだろう。もちろん、それは時間的・空間的に、何ら規定されるべきものでもないのであるのだろうが、本経典を何度か読み返しているうちに、アートマンの「有」「無」に関しても、「空」が適用されなければならない、ということが次第に分かってくるのである。(「空」は見解になると「空見」となり、「空見」は「空」ではない。)
要は、人間にとって決して知ることのできないアートマンの有無とは、釈迦の悟りには関係のないものであると言えそうである。
中観派仏教の創始者ナーガールジュナの時代には、仏教の根本とされる「空」に関しての多くの誤解が有していたと記されている文献が散見しているようにも思われる。
それでは、釈迦はアートマンの有無を離れた(捨て去った)にもかかわらず、釈迦以降の多くの仏教は、何ゆえに、アートマンの「有」(存在、実在)を、再び、取り込まなければならなかったのだろうか?
そのことは、釈迦が生きていた時代も含めて、特に釈迦以降の仏教者の多くが、釈迦の根本を理解していなかったのだという一言で一掃されるべきものでは決してなく、アートマンの「有」に関しては、人間の彼岸願望の欲求を満たすべき教理を取り込まなければ、仏教のその後の存続を難しいものにしたのだろうと、私は推測するものである。
一体、多くの人間は、何故にアートマンの永遠性を欲するのだろうか?そして、釈迦が出家者に対して説いたとされる有と無から離れる「勝義諦」、すなわち空観的な世界観とは、人間の本性に反しているのだろうか?
私は、ある方が仰ったように、釈迦の仏教は、人間における遺伝子に反逆したものであるのではないのかと感じるのである。
そして、人間の本能にも即したアートマンの「有」を取り込んだ仏教とは、神秘主義的な、説一切有部、をはじめとする、浄土教、あるいは、最もヒンドゥー教的な色彩の強いと言われる密教であるのだろう。
これらの仏教は、今では、ほとんど一般的には知られていない、そして、忘れ去られたといってもいい釈迦の原始仏教よりも、遥かに、多くの人に支持されていることは明白であるのだと思う。
そして、紀元後、人気化した大乗仏教は(私は小乗が劣っていて大乗が勝れているとか、あるいは、大乗が劣っていて小乗が勝れていると言っているのではない)それらのすべてがそうであるわけではないが、実はアートマンの有を基本理念においているにもかかわらず、(それが仏教であるがゆえに)「空観」を排除するわけにはいかないがため、再び、浄土(または仏国土)やアミダ仏を実体化させないという思考を、神秘主義的な仏教の「勝義諦」に取り込まなければならなかったのだろうと、私は感ずるのである。
しかしながら、一体、「空」と「アミダ仏」思想が、自己矛盾なしに、それらを同居させることが可能なのだろうか?(インドのある思想家は矛盾のない宗教はあり得ないとも言っている)
結局、初期経典に登場する釈迦によれば、一切の苦を滅すること、すなわち「輪廻からの解脱」には、アートマンの有無とは関係がない、と言えそうである。
ところで、話はナーガールジュナに戻るが、中村元博士によれば、ナーガールジュナは浄土教の聖典『浄土三部経』の中の『無量寿経』を絶賛していたとも言われているようである。そのことから言っても、ナーガールジュナの視野の広さを感じさせる部分でもある。
加えて、ナーガールジュナの『中論』によれば、仏教には「勝義諦」と「世俗諦」との二つがあるのだと言う。そして、ナーガールジュナは『中論』の中で次のように言っている。
『二つの真理(二諦)に依存して、もろもろのブッダは法(教え)を説いた。〔その二つの真理とは〕世俗の覆われた立場での真理と、究極の立場から見た真理とである。この二つの真理を知らない人々は、ブッダの教えにおける深遠な真理を理解していないのである。』(中村元訳・『中論』第24章8〜9)
要するに、釈迦は、法(教え)を説く相手のレベルに合わせて、待機説法をされていたのだろう...........
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