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最初期の仏教で説かれていた究極の核心部は、以下参照。 https://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/66897993.html 仏教最古層の経典を見ても分かるように、仏教の原初の時代においては、「来世に対する願望」や「信仰」を捨て去ることが賞賛されていた。 ところが、時代の経過とともに(アショーカ王以降、あるいは早くてもナンダ王朝以降)、仏教修業者に対しても「死後の輪廻の思想」が積極的に説かれるようになり、そういった現象が顕著になっていくことによって、仏教は新たな難題に直面することになったのである。 つまり、その難題とは、仏教が表向きに標榜している「無我説」と三世(過去世・現世・未来世)に渡る「応報説」とが如何にして結び付き得るのか、ということであり、言い換えれば、輪廻転生を前提とした功徳-天生の思想(応報説)と仏教で説かれる「無我」や「無記」「無常」との整合性は如何にして保たれるのか、ということである。 このことに関して、奈良康明氏は、次のような興味深いことを言っている。 『・・・・・こうして、古代インドの仏教文化では、ヒンドゥー社会のそれと基本的には同じ一般的業論が定着し、機能していたのであるが、これをヒンドゥー社会から「受容した」とか「影響を受けた」とか見るのは誤りである。・・・・・・ヒンドゥー教とは一つの世界であり、釈尊もこの世界に生まれ、死んでいった。弟子たちも、信者たちもまったく同様であった。したがって、仏教教団が発展し、文化として社会に定着した時、一般信者たちの間には、否応なしに、当時の一般的な業・輪廻の観念が「最初から」定着していた。それは決して仏教徒が作り出した考えでもなく、どこか外から導入し、採用したものでもない。すなわち、右に略述した一般的な業論は社会に定着した仏教文化が最初からもっていたものだったのである。このことは業論のように、社会の生活文化として現実にはたらいている事柄については重要なことなので、特に述べておきたい。 ただし、インド一般、つまりヒンドゥー教の業論と仏教の業論とでは、いくつかの違いもある。その一つは、仏教は無我説を説いたということである。無我説では、実体的な霊魂の存在は認められないし、したがって業を担って輪廻する主体を説明しにくい。これは教学上の大きな問題となったもので、ヒンドゥー教系の学者はしきりに仏教のこの弱点をついた。仏教側もさまざまに対応し、少し誇張して言えば、インド仏教の教理学のかなり大きな分野は、まさに、この問題でしめられていると言っても過言ではない。 それは水野弘元教授のいわれるように、「外教が説くような常住の実体としての霊魂は、仏教ではこれを説かないが、人格としての主体としての業を保持している霊魂は、三世を通じて存在するものとして、これを認めている。それは不生不滅ではなく、輪廻の主体として業や経験に従って常に変化しつつ連続する有為法である。唯識法相の学説で阿頼耶(アーラヤ)識といわれるものもこれにほかならない」。古代インドの仏教学者たちは実体としての霊魂を認めずに、しかも業を担って輪廻する主体をいかに説くかに苦心し、その考察は阿頼耶識にまで至ったのである。 しかし、こうした教学の成果にもかかわらず、文化史的には、この問題は解決していない。東南アジアの仏教文化の調査でも、一般の仏教徒は、一方に業・輪廻を受け止めて、良き後生を願って功徳を積む。しかし、他方、無我説は建前として認めざるを得ないし、両者の間の矛盾を解き明かせる人はいない。指導者である比丘たちでさえ、十分な説明はできない。つまり、社会生活のレヴェルでは解決されていないのである。日本では、輪廻説は東南アジアほど物理的な意味では受容されていないが、それでも、葬儀とか死後観にかかわる事柄になると、やはり説明は難しい。インモース師が批判するのも無理はないのである。 しかし、この問題は無我と輪廻を同一平面に並べるから難しいので、レヴェルを分けて考えたほうが判りいい。というより、仏教の伝承には前述の「一般的業論」とはレヴェルを異にする業論が釈尊以来あった。・・・・・・・』 (『釈尊との対話』NHKブックス p.122〜125) さらに、中村元氏も、応報説と無我説との問題に関連して、次のように言っている。 『・・・・・ところが実体としての霊魂を想定しない仏教の場合には非常に難しい問題が起こった。仏教もやはり輪廻思想を説いていた。しかしながら、アビダルマの仏教のような無我説の立場に立つならば、輪廻の主体が存在しないはずであるのに、輪廻ということが如何にして成立し得るか、ということが問題となる。仏教外のインドの一般の哲学者たちは、仏教説のこの難点を盛んに衝いたのであった。近代の仏教思想研究者のあいだでも、やはりこの点が大きな問題とされている。』 (『中村元選集・第18巻』P.307) そして、中村氏は、次のようにも言っている。 『最初期の縁起の思想は何ら輪廻転生説を前提としていないが、またそれに対して決定的に反対するものも含んでいない。ただ業とその果報を容認していたから、それが輪廻転生説と結びついて発展したということは極めて自然のなり行きであったのであろう。また形而上学的にいかなる実在をも前提していないし、最高神のようなものをも認めていない。』 (『中村元選集・第14巻』P.72) そこで、両博士が解説されている問題の核心は何なのか。 具体的に言おう。 ブッダの時代、あるいは、ブッダに限りなく近い時代においては、アートマン(霊魂)の存在の有無に関する問題は、死後の輪廻の行方(それ自体とその有無)に関する問題に否応なく直結するものであり、想いからの解脱において解脱したブッダの究極の境地においては、(第3章ですでに検証したように)アートマン論からはもちろんのこと、輪廻転生説からも脱却している、ということだと私は思っている。 厳密に言えば、そのことは、輪廻転生が無い、というのではなく、沈黙の牟尼たるブッタには、輪廻転生説というものの有無、あるいはそれらの見解からも解き放たれている、ということなのであろう。 ただ、仏教最古の経典には、輪廻転生が前提とされているような記述が全く存在しないわけでもない。 仏教最古の経典の一つであるパーラーヤナ・ヴァッガに、輪廻転生を前提とするような文言が二箇所記されている。 「再び迷いの生存状態に戻らないようにせよ。」(Sn.1121) 「再び迷いの生存に戻らないようにせよ。」(Sn.1123) ブッダが言う「迷いの生存」とは、仏教最古の経典を見ても分かるように、形而上学的な見解者などに対して配慮された呼称であった可能性もあると思う。 そこで重要なことは、経典で説かれているブッダの根幹とは、輪廻転生それ自体を説いているのではない、ということである。 そこで最も重要視されていることは、輪廻転生そのものではなく、「(苦しみの)輪廻から解脱する」こと、すなわち、「苦からの解脱」なのである。 そして、仏教の核心に触れる箇所は、経典の次の言葉だと思う。 『正しく解脱した者は、完全な者である。完全な者であれば、かれらには設置するにも輪廻は存在しない。』 (『相応部経典』第3集・第1篇・第2部・第1章・第4節 =「原始仏典 相応部経典 第3巻 P.103 春秋社) ニルヴァーナ(究極の安らぎ)の境地に至った人は、かれらには輪廻は設置されてはいるけれども、もはや輪廻は存在しないのである。 厳密に言えば、輪廻転生説に関する議論そのものから脱却し(離れ)ている、ということである。 譬えて言えば、こういうことになると思う。 黄金があるという伝承の山の山頂に登り、そこに到着したら、そこには黄金は見当たらなかった。しかし、最高の気分になっていた。そして、気がついてみると、そこに黄金がある、ということは、どうでもいい、という心境になっていた。 |

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