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ヒポパネトスが、アテナイの街角を歩いていたときに、向こうの方から、ソクラテスがやって来た。
ヒポパネトス「そこにいるのはソクラテスではありませんか?」
ソクラテス「ああ、ヒポパネトスよ、久しぶりじゃな。実は、この間の話の続きを楽しみにしていたのだよ。」
そのとき、ちょうど、一人の男がやって来た。
ヒポパネトス「あなたは、もしかしたら、ナーガールジュナはないですか?たしか、中観派仏教の?」
ナーガールジュナ「そのとおり、私は、まさしく、そのナーガールジュナだ。」
ヒポパネトス「これはちょうどよかった。私は先生に、どうしてもお聞きしたいことがありまして、それについて、今、質問してもいいでしょうか?」
ナーガールジュナ「何でも問うてみよ。」
ヒポパネトス「人と人は、一体、なぜ、争うのでしょうか?そして、人間においての「争い」の根源とは一体、どこにあるのでしょうか?」
ナーガールジュナ「とてもいい質問だ。ええっと.....」
ヒポパネトス「ヒポパネトスです。」
ナーガールジュナ「そう、ヒポパネトス君.....」
そこへ、もう一人の男がやって来た。そして、皆は、その男がハンチントン博士であることが、すぐに分かった。ハンチントンは、すぐさま、彼らの話に割り込んできた。
ハンチントン「世界の紛争はイデオロギーの異なる境界線で起きるのだ。」
ヒポパネトス「ハンチントンさん、そのことについて、もう少し詳しく説明していただけないでしょうか?」
ハンチントン「私は、世界規模で見て、『思想的な相違』が、人間においての『争い』の重要なる根幹の一つをなしていることは、明白な事実であると思うのだ。」
ヒポパネトス「続けてください。」
ハンチントン「ただ、ここで言う『思想的な相違』とは、単に、人が、何らかの思想や宗教などイデオロギーに共感しているというだけではなく、その思想や宗教などのイデオロギーの絶対性を、極度に肯定するために、必然的に、排他的な側面を生じさせてくるものである、という意味において、そう言っているのだ。」
そこへ、八木誠一という聖書学者がやって来た。
八木誠一「これらのイデオロギーに付随する『排他的絶対性』という側面については、一般的な思想にのみならず、宗教というものにおいて、顕著に表れてくる現象であるのだろう。」
ハンチントン「全く、そのとおりだ。世界の戦争の、そのほとんどが、何らかの宗教に絡んだ宗教戦争であると言ってよいのだろうね。そして、本来、人を善くさせようとするべき宗教が、なにゆえに、人間においての『争い』の根幹を引き起こす根源となっているのだろうか?」
そこへ、フロイドがやって来た。
フロイド「そもそも、思想や宗教などを包括したイデオロギーにおいての「排他的絶対性」というものの源泉には、心理学的に言えば、人間の『自我』というものが、深く関係しているものであるのだと、私は推察しているのだが.....」
ハンチントン「たとえば、宗教一般の欠くことのできない特徴とも言うべき『これのみが絶対に正しい』『自宗派(自説)のみが正しく、それ以外は誤である』などという思想的根幹は、その思想を、極度に押し進めていくのなら、行き着くところは、人間同士の『争い』というものを生じさせ、さらには、人間においてのイデオロギーなどの相違によって、戦争や殺人的行為を生み出させる可能性を有するものであるのだと、私は感じるのだ。
もちろん、世の中にある、すべての思想や宗教などのイデオロギーのすべてが『戦争』や『殺人的な行為』を引き起こしているというわけではないが、ある人間が、何らかの、ある一つの思想や宗教などのイデオロギーを絶対化、あるいは、絶対視すればするほど、そのイデオロギーは危険思想に至る傾向が高まっていくのだと思うのだ。」
ヒポパネトス「一体、そもそも、この世の中に、すべての人に普遍的に妥するような、絶対的な思想や宗教などのイデオロギーなるものが存在するのでしょうか?」
ソクラテス「そりゃあ、存在するに決まってるじゃろうが。」
そこに、一人の脳科学者が登場した。
苫米地英人「私は、西洋哲史とは、『普遍的絶対性的なもの』を追い求めるそのものの歴史であったのではないのかと感じているが、究極に言えば、それらの「唯一絶対的なるもの」なるものを掲げるイデオロギー(思想や宗教など)というものは、その中に、危険思想を含んでいると私は見ているのだ。」
フロイド「一般的な宗教で言うような『唯一絶対的なるもの』、あるいは、すべての人に普遍的に妥当するような『絶対的な真理』なるものは、人間において、ある種の『妄想』であるとは断言できないけれども、私が思うに、それらは、一種の『妄想』に近いものであるのではないのだろうか?」
苫米地英人「もちろん、私は、唯一絶対的なる神や、宇宙の外に立つ超越的な仏などというものがいてもいいとは思うけれども、このような捉え方は、これらの考えを推し進めていくのなら、排他的絶対性なる性格に行き着き、世界の『紛争』や『争い』の火種となる可能性を有している、すなわち、危険思想そのものであるのだと思うんですよ。」
フロイド「そして、さらに、究極に言えば、それらの「これのみが絶対に正しい」という「唯一絶対的なるもの」の根底には、人間においての「自我」というものに、密接に関わっているのだろうね。」
ナーガールジュナ「なるほど。」
ヒポパネトス「ナーガールジュナさん、もしよければ、あなたの意見を述べていただけないでしょうか?」
ナーガールジュナ「多くの人間は、『これが正しい』とか『あれが正しい』とかと言って、何らかの見解に依拠し、それに固着することによって、心の安住を求めようとするものであるのだが、人は、その一方において、自らが依拠する何らかの見解をもって、それ以外の見解を持つ者と、必然的に、争いを始めることになる。そして、そこには「心の平安」なる境地はないのかもしれないね。」
ヒポパネトス「ナーガールジュナ先生の仰る、『心の平安』なる境地というものは、一体、いかなるものであるのでしょうか?」
ナーガールジュナ「それを、敢えて、言葉で言い表すなら、それは、すべての見解に依拠することのない境地、ということだ。」
ソクラテス「すべての見解に依拠することのない境地というのは、一体、どのようなものなのなのじゃ?宇宙の背後には永久不滅なる実相、すなわち、イデアがあるのだからね。」
ヒポパネトス「ソクラテスよ、あなたは、そのイデアを見たのですか?」
ソクラテス「見てはいない。だが、私はそれを知っている。」
苫米地英人「あなたは、それを、どのようにして知ることができたのでしょうか?」
ソクラテス「あなた方は、神やハデス(冥界)の存在を信じていないのですか?そして、それが<ない>と思っているのですか?」
ヒポパネトス「私は、神やハデス(冥界)の存在を知らないし、見たこともない。それが<ある>とも言えないし、しかし、そうであるからと言って<ない>と断言することもできない。なぜなら、私は、そのことについて知らないからです。」
岸田秀「人は、生まれてから、多くのことを、何らかの先入観を持った人によって刷り込まれていくのですよ。」
ソクラテス「そうであるとするならば、神やハデス(冥界)の存在は、人が、生まれてから、多くのことを、何らかの先入観を持った人から刷り込まれた、ということですか?」
ヒポパネトス「そうとは断言できないのでしょう。」
ナーガールジュナ「特に、初期の仏教においては、形而上学的な難題に関しては、その存在の有無から離れることが、心の平安へと至る道なのだ。」
ヒポパネトス「それを仏教では『中道』と言うんですよね。」
ナーガールジュナ「まさしく、そのとおりだ。そして、釈迦の境地を、敢えて、言葉で言い表すのなら、『それらの有無から離れるという想いから離れる』といくこと、これなのだ。」
ヒポパネトス「想いからの解脱から解脱する、ということなのですよね。」
ソクラテス「ナーガールジュナさん、言っている意味がよく分かりませんね。」
ヒポパネトス「まあ、それはそれでいいでしょう。話を戻しますが、皆さん、人と人は、一体、なぜ、争うのでしょうか?そして、人間においての『争い』の根源とは一体、どこにあるのでしょうか?」
ソクラテス「人は、永久不滅なる真理を知らないから、『争い』を起こすのだろうね。」
ヒポパネトス「永久不滅なる真理を唱える、ほとんどの論者は、私は、初期の仏教の釈迦の、とんでもない境地というものを理解できないのだと思うのです。」
フロイド「それが、なぜかと言えば、それをいったん認めるのなら、その人の土台の根底が崩れ去ってしまうからなのです。」
ソクラテス「フロイド君、そこまで言ってしまうのは失礼ではないのか?」
ナーガールジュナ「それらが、まさに、見解に依拠している、ということなのです。」
ヒポパネトス「世の中には、多くの見解が存在しているが、その、いずれが正しくて、そのいずれが誤りである、ということは、誰にも分からない。初期仏教の釈迦の境地とは、その見解にも依拠しない、すなわち、釈迦の悟りとは、それを、敢えて、言葉で言い表すのなら、無執着の境地の体現である、ということになりようですよね。」
ナーガールジュナ「ヒポパネトス君、全く、そのとおりだ。」
ハンチントン「そのことは、私が言っていることと、ほとんど同じことなのではないのだろうか?」
ヒポパネトス「仰るとおりです」
フロイド「しかしだな、すべての人が、無執着の境地を体現したとすれば、そこには『争い』や『戦争』も無くなってしまうのだろうけれども、そもそも、世界中のすべての人が、釈迦の境地、すなわち、大乗仏教で言うような、『空観』を具現させることは、不可能なのではないのだろうか?」
ソクラテス「わしは、そんなものには共感できないな。」
そこへ、脳解剖学者である養老孟司博士がやって来た。
養老孟司「知りたくないことに耳をかさない人間に話が通じないということは、日常生活でよく目にすることです。これをそのまま広げていった先に、戦争、テロ、民族間・宗教間の紛争があります。例えばイスラム原理主義とアメリカの対立というのも、規模こそ大きいものの、まったく同じ延長線上にあると考えていい。そこに立ちはだかっているのは、まさに「バカの壁」なんじやないんですか。」
ヒポパネトス「養老先生、やはり、『争い』をなくすためには、その「バカの壁」を取っ払うしかないでしょうね。」
ハンチントン「全くそのとおりでしょうね。」
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