失われた仏教最古の叡智

歴史の中に埋没し、忘れ去られてしまった仏教の最初期の時代に説かれていた「ブッダの究極の理法」の根幹について、その真相を語る。

『スッタ・ニパータ』

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 今回の記事である「スッタ・ニパータ(1)」から「スッタ・ニパータ(3)」までにおいて、仏教学者である並川孝儀博士の著作『スッタニパータ―仏教最古の世界』(岩波書店)の中から、歴史的人物としての釈迦についての論考を見てきたが、氏の、最古層資料における、「輪廻」と「業報」、および、「現法涅槃」の基本的な捉え方は、次の通りである。


『...最古層の資料から見た輪廻に対する姿勢は、輪廻に関する用例も少なく、パターンもごく限られて、輪廻に対するこだわりの態度を否定し、ものの考え方や見方は現世に力点が置かれたものであった。

ただ、輪廻思想そのものは表れないにしても輪廻に類する用語は使用しており、その意味では輪廻を全部否定したり、まったく無視する態度はとらなかったようである。

たとえば、輪廻して繰りかえす生存への執着を捨て、生まれと老いの苦しみを乗り越えよと説かれ、輪廻からの解脱を説いている。

こうした説示も、輪廻からの解脱こそがジャイナ教など当時の宗教家や思想家にとっての最大の課題であったので、当然のことといえる。

とりわけ、第五章「パーラーヤナヴァッガ」でが輪廻の根本である煩悩を克服することが主題となっているので、輪廻に関する表現は見られる。

しかし実のところは、見られるからといって決して輪廻にかかわる問題点すべてを肯定したわけではなく、あくまで輪廻への執着などによって生じる苦しみからどのように解放されるか、ということに力点が置かれている。

輪廻は解脱のための方便として用いられていると言い換えてもよいかもしれない。

また、輪廻と業報を結びつけつ記述が見られないという点からも、古層に見られる輪廻観とは異なったものとなっている。

よって、ゴータマ・ブッダの輪廻観は、最古層に見られるものと同じとすれば、このような態度をとったものと考えられ、一方で最古層よりも前段階と想定すれば、最古層に見られる輪廻観よりも一層距離をおき、あくまで現世に力点を置くという態度を強調していたのではないのかとも推定できるのである。


当時の人々が輪廻を信じ、その世界観・人生観の中に身を置かざるをえなかった状況にあって、ゴータマ・ブッダはそういった現実を直視しながらも、それに反駁して、バラモン教とは思想上・宗教上まったく異なった立場を主張した。

新基軸を打ち出した彼に対して、宗教的にも社会的にも猛反発があったであろうことは想像するまでもなく、この反発をうまく解消しながら、同時に自分の立場を主張しなければならなかった。

こうした彼の置かれた状況を考えるとき、最古層の資料の見られるような輪廻観であればこそ、つまり輪廻という言葉を直接もちだしてそれを真正面から否定したり無視することを避けながら、自分の主張したい立場を表明するという態度であったからこそ、ゴータマ・ブッダは摩擦を生むことなく自分の教えを人々に説き示すことができたのではないかと思われる。

では、輪廻に相対するゴータマ・ブッダの新基軸とは何だったのだろうか。

おおよそ、二つの要素から説明できる。

一つは、過去・現在・未来をめぐる輪廻を現在に限定すること、もう一つは、「無我」を提唱したが、その無我と一見矛盾するかのような輪廻の考え方との間でどうすれば整合性が図れるかということであった。


まず、前者について考えてみよう。あるバラモン青年が、どのようにすれば煩悩の激流や生まれと老い、憂いと悲しみを乗り越えられるのか、ブッダの法(真実の教え)を説き明かしてくださいと願うと、「伝承によるものではない、まさに現世に言いおいて体得される法をあなたに説き明かそう。その法を知って、正しく自覚して行えば、世間にいながら執着を乗り越えよ。」(Sn.1053、参照1066)と答える。この偈は、バラモンの青年に対してゴータマ・ブッダが仏教の真髄を説き明かすという状況の中で語られたものなので、その内容は当時の仏教の立場が何であるのかを端的に表明したものと見てよい。

ここで、重要な点は、ゴータマ・ブッダの法(ダンマ)が「現世において体得される」ものであることが明示されていることである。


そして、それにもとづいて修行すれば、「世間にいながら」煩悩や苦しみから解き放たれる、つまり涅槃を得るということである。簡単に言えば、現世において正しく自覚して修行すれば涅槃を得る、というのが当時の仏教の基本的立場であったと解してよい。これと同様の用法は、後述(第五章)するように、他にも「現世において体得される涅槃」を意味する「現法涅槃」(Sn.1087、1095)の例で知ることができる。

涅槃という語は、最古層の資料には他の思想に比べて用例も多く見受けられることから、当時の主要な教えであったと思われる。

それだけに、その境地を「現在において」体得し、「世間にいながら」執着を乗り越えると、二度にわたり「現世」が強調されている意義は大きい。


このように資料を眺めてゆくと、歴史上のゴータマ・ブッダの真実の教えも、生きている「現在」に限定して説かれていたと推測できる。

そして、これらは、輪廻する過去・現在・未来という時間的推移の中で、ゴータマ・ブッダがいかに「現実・現在」に焦点を絞っていたかという根拠となる。

ただ妄想や苦しみだけを生み、苦しみの原因となる煩悩を消滅させるには妨げであると考えたのである。

あくまで、説法の目的は「今、ここで」実践的態度を強調することにあった。だから、ゴータマ・ブッダは、過去や未来の有無を否定することも、肯定することもない「中道」の立場から、過去や未来に対して判断を停止するという姿勢を保っていたのではないのかと考えられる。

その結果、輪廻観に対しても同じ姿勢をとったと考えるのも、至極当然のことといえよう。』(P.108〜112)



ところで、先の引用箇所以降は、「無我」と「涅槃」(現法涅槃や二重涅槃なども含む)、「縁起思想」「平等と差別」そして、「ゴータマ・ブッダの生涯」について語られているが、本書よりも、おそらく専門者向けに書かれたと考えられる『ゴータマ・ブッダ考』(大蔵出版)においては、それらの論述以外にも、「ゴータマ・ブッダの伝承と非史実性」についての論究もなされている。


いずれにしても、これらは、(私の印象としては)中村氏や奈良氏の基本的な捉え方と、同じ路線にあることは間違いないと思っている。


それらは、真実であるのか否かについては(釈迦の時代に舞い戻って、直接、釈迦に会って聞いてみなければ分らないことであるのだろう)誰にも分からないことであると思うが、これらの踏み込んだ論究は、何らかの特定の宗派に属している者にとっては不可能であり、そして、このような研究は、とても興味深いものであると思っている。


今回の記事では、これらに関して、ごく一部しか紹介できなかったけれども、それらの詳細を知りたい人にとっては、並川氏の両書はお薦めである。


なお、並川博士の次の言葉を引用して、今回の記事を終わりたい。


『しかし、ゴータマ・ブッダが亡くなって以降、仏教教団にあってはゴータマ・ブッダの教えを人々に浸透させ、教団の拡大に向けての布教活動に比重がかかるという環境の変化が見られるのである。

その結果、ゴータマ・ブッダの教えを人々に浸透させるために、あえて当時の人々の人生観や世界観、または宗教的・思想的な潮流すら、ある程度認めざるをえない状況になったのであろう。

このことは、教団組織の運営と維持のために、当時の社会の現実的な制約を受けざるをえなくなったことを意味する。

場合によっては、ゴータマ・ブッダの教えを純粋に継承することと、社会に妥協しなければならないといった異なった二つのベクトルを内包する状況にあったと考えられる。その傾向は時代が進むにつれて、度合いを強める。

現存する初期経典に説かれている大半は、実は、このような状況が色濃く残った結果なのである。』(『スッタニパータ―仏教最古の世界』(岩波書店)P.72)

以下、並川孝儀博士『スッタニパータ・仏教最古の世界』(岩

波書店から引用―



『輪廻を表現するのに、「輪廻」という語そのものを見ることができるのは、古層資料になってからである。


≪以下、中村元氏訳。本文では、並川氏の訳になっている。なお、微妙な点においては、数か所、並川氏の訳も参照している。dyh≫



「あらゆる宇宙時期と輪廻と(生ある者の)生と死とを二つながら思惟弁別して、塵を離れ、汚れなく、清らかで、生を滅ぼしつくすに至った人、―かれを<目ざめた人>(ブッダ)という。」(Sn.517)<中村氏訳>



「この無明と大いなる迷いであり、それによって永いあいだこのように輪廻してきた。しかし明知に達した生けるものどもは、再び迷いの生存に戻ることはない。」(Sn.730)<中村氏訳>



輪廻という語は、名詞、過去分詞や複合詞というさまざまな形で用いられるが、この語の定着が窺われる。この事実だけでも、輪廻に対する仏教の態度の変化をみごとに知ることができる。

ちなみに、上の偈のようにブッダを定義づける場合でも、輪廻を前提とした上で、そこから解脱した人物と記述しているところに古層資料の特色がある。


死後におもむく世界は、地獄や天界などと説かれている。



「悪口を言いまた悪意を起こして聖者をそしる者は、十万と三十六のニラッブダ〔巨大な年数のあいだ〕また五つのアッブダの〔巨大な年数のあいだ〕地獄に赴く。」(Sn.660)<中村氏訳>



地獄の他には、「その在家信者は<みずから光を放つ>という名の天界におもむく」(Sn.440)や「正しく祭祀を行えば、梵天界に生まれる」(Sn.509)のように天界の例も見られる。

これらは、輪廻の考えに沿って業報を表した用例であることはいうまでもない。地獄に関しては、他と比べ相当詳細に説かれ、その様相が具体的に描かれている。その一例を示すとつぎのごとくである


「(地獄に堕ちた者は)、鉄の串を突きさされるところに至り、鋭い刃のある鉄の槍に近づく。さてまた灼熱した鉄丸のような食べ物を食わされるが、それは、(昔つくった業に)ふさわしい当然なことである。」(Sn.667 参照Sn.668〜675)<中村氏訳>



死後の世界に関しては、地獄などの悪趣(悪の報いを受けて生まれる世界)も天界などの善(善の報いを受けて生まれる世界)も、同じように説かれるが、用例は前者のほうが多い。


その他では、「母体から母体へと生まれかわる」という表現を挙げることができる。


「実にこのような修行僧は、苦難の場所に陥り、母体から他の母体へと生まれかわり、暗黒から暗黒へと赴く。死後には苦しみを受ける。」(Sn.278)<中村氏訳>



他にも、「貪りを取った人は、二度と母体に生まれることはない」(Sn.152)などが見られる。<中村氏訳>


以上、古層資料に見られる輪廻を概観したが、「輪廻」という語の他にも、表現が多様化しているとともに、来世の生存や生まれかわりを認め、最古層とは正反対ともいえる輪廻に対する肯定的な態度がはっきり読み取れる。∖

最古層が輪廻へのこだわりに否定的な対応をとっていたのに対して、古層資料は輪廻を導入し、その枠組みを前提とした上でさまざまに教えが説かれたものと理解してよい。


さらにいえば、古層資料には仏教独自の思想に輪廻の考え方が組み込まれている例を見ることができる。たとえば、悟りを得た者を表現する「最後身」や、三種の明知をいう「三明」、ブッダの宗教的属性についての表現が挙げられる。

このことは、仏教が輪廻思想を導入しただけではなく、一層積極的に取り組み、定着させたことを示すものと理解できる。

この傾向は『スッタニパータ』にも見られるが、比較的成立の遅い韻文資料、たとえば、『長老偈経(テーラガーター)』などにいたっては顕著である。


「こころをひとしく静かにして激流をわたり、最上の知見によって理法を知り、煩悩の汚れを滅しつくして、最後の身体をたもっている(全き人)(如来)は、お供えの菓子を受けるにふさわしい。」(Sn.471)<中村氏訳>



この用例で判るように、煩悩の激流を渡り、真理を知り、煩悩を滅し尽くした、いわば悟りの境地に達した状態にある存在を「最終身」という。

言い換えれば、解脱し二度と輪廻し再生することがなくなったので、今生きているこの存在が最後であることを表現した用語である。

これは輪廻という世界観を肯定した上で悟りの境地を言い表そうとしているから、輪廻という考え方が仏教の中に抵抗なく組み込まれ、仏教化された証であるといえよう。単なる導入ではなく、このような仏教かされた用法は、仏教が輪廻にどう対応していったのかという流れを知る上で重要な資料となろう。

最終身と同様に、輪廻が仏教化されたと思われる例として「三明」を取り上げる。


「前世の生涯を知り、また天上と地獄とを見、生存を滅し屈すに至った人、―かれを私は<バラモン>と呼ぶ。」(Sn.647)<中村氏訳>



「三明」とは、宿命通、天眼通、漏尽通を指す用語であるが、この用例から「前世の生涯を知る」能力が宿命通で、「天界と地獄を見る」能力が天眼通で、そして「生まれかわる生存を尽くす」能力が漏尽通である。

ここでは、この三明という宗教的属性を具えた者こそが真のバラモンと呼ばれるのにふさわしいと讃えられる。


三明のうち、宿命通と天眼通の二つの神通力が、輪廻する過去と未来の世界の状況を正しく認識することができる能力を意味するので、輪廻の考え方が前提となって三明が成立したと考えられる。このように、三明という概念も輪廻思想が仏教のなかにうまく消化され、さとりの世界を表現した、仏教かの一例でるといえよう。

後になると、三明こそがブッダの宗教的属性であるとする考え方もでてくるが、それもこうした流れの延長線上にあるものとみてよい。

また、ブッダを定義する場合、すでにSn.517で見たように「全宇宙の消滅や生きものの死して生まれかわる輪廻思想を考察し、...二度と生まれを繰り返すことができなくうなった人」といわれる。

仏教でもっとも重要なブッダの宗教的属性を輪廻にもとづいて言及しているのも、輪廻思想が仏教に定着した結果であろう。


ここで、業報についても述べておこう。この考え方は最古層資料では説かれていなかったが、古層資料では輪廻と結びついて説かれている。

業に応じ、その報いとして悪趣、善趣に生まれることを説く用例が数多く見られる。

業報はなした行為が他の世において結果として現れるという因果律のことであるから、当然のこと輪廻と一体化した観念である。

この観念が最古層にはまったくみられず、古層に数多く見られるということは、仏教の輪廻観を解明する要件となろう。


「けだし何者の業も滅びることはない。それは必ずもどってきて、(業をつくった)主がそれを受ける。愚者は罪を犯して、来世にあってはその身に苦しみを受ける。」(Sn.666)<中村氏訳>


【*参照<並川氏訳>⇒「業というものは、誰のものであろうと決して消滅するものではない。それは必ず戻ってきて、為した者がその業を背負うのである。」(Sn.666)】


このように、業報の根本的な定義も見られるが、ほとんどは前節でみたように自らの業によって地獄などの悪趣や天界などの善趣に生まれると具体的に説かれている。業報として悪趣に生まれる用例は、つぎのようなものである。


「嘘を言う人は地獄に堕ちる。また実際にしておきながら「わたしではありませんでした」と言う人もまた同じ。両者ともに行為の卑劣な人々であり、死後にはあの世で同じような運命を受ける(地獄に堕ちる)。」(Sn.661)<中村氏訳>


業報として生まれる世界が、悪趣なのか、善趣なのかという用例数に関しては、悪趣についてのほうが多い。


以上、古代資料における輪廻と業報の用例を眺めてきたが、輪廻に関する表現が多様化し、輪廻の考え方を前提とした上で、そこからの解脱が説かれたりと、輪廻を肯定する例が見られるようになる。

さらには、仏教思想の中に組み込まれるに至った。この展開の背景には、仏教教団も当時のインドの人々が圧倒的に信じていた世界観・人生観の根本である輪廻思想を決して無視することはできず、すしろ教団の発展のためには否応なしに受容しなければならなかったという社会的な背景があったと想像できる。

その結果、教団においては輪廻を受け入れつつ、発展したのであろう。

このように、最古層資料と古層資料との相違は、まったく仏教の最初期の時代における輪廻思想に対する変容の一断面を映し出しているのである。』(P.101〜108)


『歴史上のゴータマ・ブッダは、最古層の資料が伝える時代よりも古いか、あるいはほぼ同時代の人物と設定できよう。

とすれば、ゴータマ・ブッダの輪廻観も、最古層の資料に見られる輪廻観と同じものか、それよりも古いものかのどちらかであると理解してよい。

したがって、より古いものと考えれば、ゴータマ・ブッダの輪廻観は、最古層に説かれた内容から古層へと展開する流れとは逆の、より原初的な内容をもったものと推測できる。同時代の者と考えれば、最古層の資料が伝える輪廻観がゴータマ・ブッダの輪廻観を映し出したものといえる。』(P.108〜109)



 記事『スッタニ・パータ』(4)に続く.....

 前の記事において、『スッタ・ニパータ』は、第四章、第五章(2〜17経)の最古層資料と、それ以降に成立したとされる第一章〜第三章の古層資料を含む文献であるという仏教学者である並川孝儀博士の説を紹介したが、さらに、最古層資料と古層資料においてのゴータマ・ブッダの輪廻観が一体どのようなものであったのか、探ってみたい。

 
この場合、ゴータマ・ブッダの輪廻観のみならず、初期仏教の中に含まれる「三明」(宿命通・天眼通・漏尽通)と「業報」に関する用例を、最古層資料と古層資料との相違を照らし合わせながらも、論究していきたいと思っている。


先ずは、並川孝儀博士の言葉を引用してみることにする。


『この問題(ゴータマ・ブッダの輪廻観)に関する従来の見解は、おおよそ次の二つに収束できよう。


(一)初期経典は「ゴータマ・ブッダの仏教」と理解できる文献であり、そこに輪廻転生に関する資料が多く見受けられるから、輪廻の思想が否定されるはずはない。すなわち、ゴータマ・ブッダは輪廻を認めたという立場。

(二)初期経典には「無我」が説かれているので、バラモン教が唱えるように輪廻をめぐる永遠の存在アートマン(自我、霊魂)を認めれば、無我との間に論理的矛盾が生じてしまうので、輪廻は認められるはずがない。すなわち、ゴータマ・ブッダは輪廻を認めなかったという立場。

この二つの見解に対して、まず指摘しておかなければならない点は、これまで見てきたように、初期経典すべてをゴータマ・ブッダが説いたものと理解すべきではないということである。

初期経典に「ゴータマ・ブッダの仏教」として説かれていたとしても、そのい多くは後の仏弟子が理解した仏教が説かれている。

そう考えると、初期経典に輪廻転生に関する資料がみられるから、ゴータマ・ブッダが輪廻の思想を説いたという(一)の立場は、すぐさま認めるわけにはいかない。

また一方で、輪廻の主体を認めれば、無我との間に論理的矛盾がが生じてしまうので輪廻は認められないという(二)の立場も、そこに説かれる無我が常に輪廻の主体(アートマン)に対する反定立として説かれていたのか、それともそれとは異なった意味で説かれていたのかなど、資料を詳細に検証する必要がある』


『まず、最古層の資料から、輪廻に対する態度を読み取ろう。


≪以下、本書では、並川氏独自の訳で記されているが、敢えて、ここでは、なるべく客観性をもたせるために、馴染みの深い中村元博士の訳で引用することにした。(dhy)≫


「想いを知りつくして、激流を渡れ。聖者は、所有したいという執著に汚されることなく、(煩悩の)矢を抜き去って、つとめ励んで行い、この世をもかの世をも望まない。」(Sn.779)


「かれはここで、両極端に対して、種々の生存に対して、この世についても、来世についても願うことがない。諸々の事物に関して断定を下して得た固執の住居(すまい)は、かれには何も存在しない。」(Sn.801)

「世の中で愛し好むもの及び世の中にはびこる貪りは、欲望にもとづいて起こる。また人が来世に関していだく希望とその常住とは、それにもとづいて起こる。」(Sn.865)


ここでの「この世に対してもかの世に対しても(この世をもかの世をも)」、「この世に対しても、また他の世に対しても(この世についても、来世についても)」、「この世に関して」には、現世と来世という両世界の語が用いられている点から、それらは輪廻という世界観を前提とした表現であるとい解釈できる。しかし、「かの世」への願いも、「来世」にいだく希望と目的も、悟りの妨げであり理想の修行者のあるべき姿でないと説いており、これらはいずれも否定的な文脈で用いられている。

つまり、来世がとかれていても、来世に生まれ変わることをいっているのではなく、そのポイントはあくまでいま存在している者が来世にこだわり執着している在り方に対する否定である。また、


「ピンギャよ、そなたは怠ることなくはげみ、妄執を捨てて、再び迷いの生存にもどらないようにせよ。」(Sn.1123)


に見られる「再び迷いの生存(再生)」という表現は、明らかに輪廻を想定できるが、ここでも妄執を捨てて再生しないようにと戒めた内容である。さらに、再生に類する用例を挙げよう。


「この世において死も生も存在しない者、―かれは何を怖れよう、何を欲しよう。」(Sn.902)
〔⇒並川氏訳「この世において死んで生まれてくることがないとすれば、その人は何を怖れることがあろうか。何を欲することがあろうか。」(Sn.902)〕


この「死んで生まれる」という表現は、「生まれて死ぬ」と語順の相違にすぎず同じ意味であるとも理解できる。

しかし、語の順序に理由があるとすれば、意味的にも違いが認められてよい。つまり、「死んで後に生まれる」ということは、明らかに再生を表し、輪廻を意味する語句である。ここでも、再生がなければ、人は怖れや欲望で苦しむことはないと説いている。


ところで、この「生死」に関連して述べておきたいことがある。最古層の資料には、一般的には、一般に輪廻と同一視される「生死」という表現は見られず、それに代わる類似表現として、「生老」が頻出する(1045、1060,1082、1123など)。この「生まれと老い」という表現を死という概念を入れずに人生を表現したものと考えれば、この語は現世に力点をおくという最古の仏教の姿勢を示したものではないかと推察できる。


つぎに間接的ではあるが、輪廻に対する態度をよく理解できる例を示そう。

「どのような生存状態に生まれかわることを説くのですか」という問いに対して、ブッダは「誤った見解を見て、固執せず、省察しつつ、内なる静寂を見た」(836〜837)と答えるにとどまり、生まれかわりについては答えず、いわば判断停止を表明したかのような例が見られる。これも、積極的にかかわろうとしなかった当時の仏教の輪廻に対する態度を示した資料といえよう。

またつぎに、輪廻を表現していると思われる興味深い用語に注目してみたい。それは、「バヴァアバヴァ」(bhav??bhava)という語である。(―中略―)


実のところ、この用語の訳には、「移りかわる種々なる生存」や「くり返し再生してこのまま生きていく存在」のようにはっきりと輪廻と解したものや、「種々の生存」、「生存と非有」のように必ずしも輪廻と断定できないような解釈も見られる。

この事情は『スッタ・ニパータ』の注釈文献にも現れており、偈によって、「再三の生存」、「繰り返す再生」などと輪廻を意味する場合や、それとは別に欲望にとらわれた生存(欲有)などを意味する場合などと、その注釈は一定していないのである。


そこで、ここではこの用語の意味については保留し、どのような文脈で説かれているのかを確認するにとどめておきたい。

これらの用例に共通しているのは、解脱した人、真理を知った人、確立した人などは「種々の生存」に対する妄想や偏見、執着を捨てた人であるとか、「種々の生存」に妄執を抱けば、死に直面して泣くことになるなど、「種々の生存」に執着しないことが大切であると説いている点である。

この用語が、輪廻を表現したものとすれば、いずれも輪廻する生存に執着することから離れることを教えた偈である。

したがって、これらの用語からも、輪廻の生存にこだわる姿勢に対して否定的とも取れる態度が窺える。


ところで、この用語が輪廻を意味する場合、一つ指摘しておきたいことがある。最古層の資料で直接的に輪廻を表現する語は、この「種々の生存」だけであり、「輪廻(サンサーラ)」やその類語はまったく見られない。

しかし、後述するように、古層資料になると、「輪廻」が頻出し、逆に「種々の生存」という語が見られなくなる。

こういった用語の変化には何らかの理由が考えられよう。

たとえば、その一つの可能性として、当時の仏教が対峙するバラモン教の説く輪廻という表現を直接的に用いたくないために、バラモン教で用いられていた「輪廻」を避け、代わりに「種々の生存」という語でもって表現しようとしたのではないかということが考えられる。(―中略―)


このように、輪廻に関連する語は用いられてはいるが、それへのこだわりが仏教の教えとは相反するものと位置づけられ、すべてそれを否定する文脈で説かれていることが判明した。

このことから、当時の仏教の輪廻に対する態度やかかわり方は決して肯定的ではなく、むしろ否定的に説かれていたことが判る。

それは裏を返せば、今に生きている現世の在り方に教えの力点が置かれていたからだと思われる。

ちなみに、最古層の資料には輪廻と業報を結びつける記述がまったく見られないことも注意すべき点である。


古層の資料になると、輪廻の表現例は最古層とは比較にならないほど多様化し、両者間には断層と言ってよいほどの差異が認められる。

まず指摘しておきたいは、来世や再生や生死の表現が最古層の資料では、まさしくそれを前提としたうえで解脱も説かれるのである。

また、地獄、餓鬼、畜生や天界など死後に世界に関する用例が見られるのも特徴的である。

とくに、地獄については詳細に説かれることになる。

その他にも、前世などを示す表現にもいくつもの用例が見られるが、何よりも指摘しておかなければならない点は古層には見られなかった「輪廻(サンサーラ)」という語が多く用いられることである。


それでは、それらの用例を具体的に眺めてみよう。


「安らぎに帰して、善悪を捨て去り、塵を離れ、この世とかかの世とを知り、生と死とを超越した人、―このような人は<バラモン>と呼ばれる。」(Sn.520)


「あの世」、「来世」は、最古層の資料では望まない否定すべき世界として説かれていたが、ここでは「あの世を知り」というように肯定的否表現が見られる。

とくに道の人(沙門)と称される生死を超越した人が知るべき対象として「あの世」を説いていることは、「あの世」に対する法定的な姿勢の表れであろう。

このような最古層と古層との相違は、明らかに輪廻に対する姿勢いの変化と捉えるべきである。』(P.92〜100)



(『スッタ・ニパータ』(3)に続く....)


*参考文献 (『スッタ・ニパータ』仏教最古の世界・並川孝儀・岩波書店)

 
 上座仏教が伝わるスリランカにおいては、五つのニカーヤというものがある。その「五ニカーヤ」とは、「三蔵」の中の「経蔵」のことを指している。


「五ニカーヤ」(に含まれる経典)とは、すなわち―

『長部経典』(ディーガ・ニカーヤ)
『中部経典』(マッジマ・ニカーヤ)
『相応部経典』(サンユッタ・ニカーヤ)
『増支部経典』(アングッタラ・ニカーヤ)
『小部経典』(クッダカ・ニカーヤ)

である。


そして、今回の記事の主題でもある『スッタ・ニパータ』とは、『小部経典』(クッダカ・ニカーヤ)の中に含まれている。


ちなみに、『小部経典』(クッダカ・ニカーヤ)とは、次の15経を含んでいる。


『小誦経』(クッダカパータ)
『法句経』(ダンマパダ)
『自説経』(ウダーナ)
『如是語経』(イティヴッタカ)
『経集』(スッタニパータ)
『天宮事経』(ヴィマーナヴァッツ)
『餓鬼事経』(ペータヴァッツ)
『長老偈経』(テーラガータ)
『長老尼偈経』(テーリーガータ)
『本生経』(ジャータカ)
『義釈』(ニッデーサ)
『無礙解道』(パティサンビダーマッガ)
『比喩経』(アパダーナ)
『仏種姓経』(ブッダヴァンサ)
『所行蔵経』(チャリヤーピタカ)


(それらの15経の中には、成立の新古があり、比較的新しいのは、『天宮事経』(ヴィマーナヴァッツ)、『餓鬼事経』(ペータヴァッツ)、『義釈』(ニッデーサ)、『無礙解道』(パティサンビダーマッガ)であり、さらにそれ以降に成立したのは『小誦経』(クッダカパータ)、『仏種姓経』(ブッダヴァンサ)、『所行蔵経』(チャリヤーピタカ)であると言われている。)


前置きが長くなったが、本論の核心に入る前に、『スッタ・ニパータ』に関する著名な仏教学者たちによる仏教文献学的な論考を見てみようと思う。


並川孝儀著『スッタ・ニパータ』―仏教最古の世界―には次のように記されている。


【『スッタ・ニパータ』が古い文献であることは、さまざまな学者によって多方面から論じられてきた。とりわけ、第四章「アッタカヴァッガ」と第五章「パーラーヤナヴァッガ」は現存経典の中でまとまったものとしてはもっとも古く、その中には、ゴータマ・ブッダの生存した時代を明らかにする資料も存在すると考えられてきた。


それでは、まず第四章、第五章に限らず、『スッタ・ニパータ』全体の成立が古いとする代表的な見解を紹介してみよう。国内外において成立に関する見解とその論拠は多様である。それらを一々列挙できないので、ここでは前田恵学が整理したものを紹介したい。前田は、『スッタ・ニパータ』が古い作品である理由を、


(一)『スッタ・ニパータ』の個々の経・偈は、五章全体にわたって他の経典中に現れる、

(二)アショーカ王碑文のカルカッタ・バイラート法勅の中には、「聖者の偈」「寂黙行の経」のように『スッタ・ニパータ』中の経典に言及しているものがある、

(三)『スッタ・ニパータ』全体に言いうることであるが、とくに偈部分には仏教特有の表現や語句がほとんどなく、素材的にはほとんど仏教外から取り入れ、内容的にも素朴であって、仏教修行者(比丘)の日常生活が固定する以前のもので、大規模な僧院生活がまだ始まっていなかった頃のものである、


とし、さらに、中でも第四章と第五章がより古いとする根拠として、


(一)言語的に見ると古代ヴェーダ語の語形が現れることが多い、

(二)第四章と第五章は、しばしばその章名によって他の聖典に引用されている。それらの聖典にはいずれも対応する漢訳の部分がある、

(三)部派の中に、第四章と第五章を独自の経として扱っているものがある、

(四)第四章と第五章のヴァッタという韻律(一句が八音節で、異なる形式の二つの句が交互にくりかえさせる)は、その構造上『本生経(ジャータカ)』、『長老偈経(テーラガータ)』、『長老尼偈経(テーリーガータ)』、『如是語経(イティヴッタカ)』、『法句経』(ダンマパダ)などの初期経典の韻律よりも古い、

(五)『スッタ・ニパータ』の古い注釈書『義釈』は『スッタ・ニパータ』全体ではなく第四章と第五章および第一章の第三経に対してのみ注釈している、


との五つを挙げている。



『スッタ・ニパータ』の成立を言語、思想内容、教団生活、経典構成などさまざまな角度から詳細に研究した中村元は、つぎのように論じている。


(一)『スッタ・ニパータ』や『相応部経典』の偈を含んだ教典群である「サガータヴァッガ」(第1編−第11編)はアショーカ王(在位前267−232)以前の資料である、

(二)『スッタ・ニパータ』の第四章「アッタカヴァッガ」と第五章「パーラーヤナヴァッガ」はゴータマ・ブッダに近い時代の思想を伝えている。

(三)原始仏教経典の大部分の詩句(偈)はアーショーカ王以前の資料のようである、

(四)現存しているパーリ語聖典の五ニカーヤ、漢訳四阿含の原本の散文部分は大体アショーカ王以降に作成編纂された、


という見解を示している。


中村は、ここからさらに、古い詩句に説かれている仏教は、それ以降の仏教と大きく異なる点を指摘する。すなわち、そこでは仏教独特の述語はほとんど見られないこと、教義的なものは説かれず、懐疑的な立場が表明されていること、アージヴィカ教やジャイナ教を思わせる文句が少なくないことである。その他では、修行僧はひとり森や洞窟などに住み、共同生活はせず、仙人のような生活をしていたこと、尼僧は存在せず、戒律の箇条の体系も成立していなかったこと、ゴータマ・ブッダはすぐれた人間として仰がれ、神格化が徐々におこりつつあったことなどが、古い詩句に見られる特色であるという結論を導いている。『スッタ・ニパータ』がこの古い詩句の代表的な資料であることはいうまでもない。


最古といわれる第四章と第五章の成立に関しても、宇井伯寿やワーダーのように第五章が最古とする説と、山田龍城や荒牧典敏のように第四章が最古とする説が存在するが、どちらが古いかは未確定である。


成立年代についても諸説あるが、第四章はすでにゴータマ・ブッダ在世中から成っていたとする説や、『スッタ・ニパータ』のほとんどがゴータマ・ブッダの死後、半世紀の間に成立したと見るもの、前400−300年の間と考える説などさまざまである。


ところで、第四章と第五章はともに古いが、ただ、第五章に関してはすべてが古いというわけではない。

第五章の第一経「序」(976〜1031)は、この章の注釈書である『小義釈(チュッラニッデーサ)』にはこの部分だけに語義解釈が見られないことから、後に付加されたものと考えられる。

最後の「十六学生の質問の結語」(第十八経)は、『小義釈』に語義解釈なされていることから、また第十八経中に「パーラーヤナ(彼岸に至る道)」という第五章の章名が見られることや、その音訳である「波羅延」が古くから単経として存在していたことを初期経典などが伝えることからも、「序」よりも古い伝承と言える。しかし、両経は内容的にも用語の上でも、第五章の他の十六経と比べて新古の違いを感じさせ、その成立の遅さを窺わせる。

たとえば、成立の比較的遅いとされる「三十二大人相」という語句や、第四章と第五章の十六経中では一例しか見られない「ブッダ」という語が、両経では多数(ブッダやスンブッダなどの複数形で)見られる点などからも判断できる。】



『スッタ・ニパータ』が仏教最古の世界を伝える文献であり、さらに詳しく言えば、第四章、第五章(第一経「序」976〜1031を除く)最古層、第一章〜第三章が古層といった、異なった時代層に設定できるという検証の結果にもとづき、その時代の違いを軸にしながら『スッタ・ニパータ』に説かれる世界を眺める。これが、ここの記事の中心となるところで、具体的には、輪廻思想に対する対応の変化、無我や現法涅槃など、仏教の主要な思想の原初形態を論究するものである。


(「スッタ・ニパータ(2)」に続く.....)


 *参考文献 (並川孝儀『スッタ・ニパータ』仏教最古の世界・岩波書店)

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