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「仏教と偽教」というものについて、中村元選集を読んでいたら、次のような興味深い個所を見つけたので、その部分を、引用して見ようと思います。(以下、『東洋人の思惟方法1』より引用)
【・・・インドには偽書が多い。このことも多数のインド文献についても見られるいちじるしい特徴である。
偽書は西洋でも製作され、シナにも相当多いが、インドはそれと比較にならぬほど多い。著者名の記載はたいていの場合虚偽であると言ってよいかもしれない。これはおそらく個我滅却、個我無視の思惟方法と関係があるように思われる。
たとえばあの多数の大乗経典は「仏説」すなわち釈尊の説法であることを標榜しているものであるが、その点だけを問題とするならば、明らかに偽書である。
また原始仏教聖典といえども、その大部分の教説は、釈尊の入滅後に後世の人々が作り出して、それを釈尊の説法という体裁をととのえているだけにすぎない。
自らが勝手に作製・編纂した偽作経典を釈尊に帰すことは、現代人の常識からみるならば、明瞭に道徳的に非難されるべき行為である。許すべからざる冒瀆である。ところがインド人が平気でこのようなことを行って、なんら良心の呵責を感じなかったのは何故であろうか?
思うに、後代の仏教徒がいかなる教説をも釈尊に帰してしまったのは、次のような思惟方法にもとづくからであると考えられる。
信徒である以上、釈尊の教説を絶対視するのは当然である。アショーカ王も『どのようなことがあっても、世尊ブッダの説きたもうたことは、すべてみな善く説かれたものである。』という。
ところが後世の仏教徒はさらに進んで、いかなることでも善い教え、正しい説でありさえすれば、それはすべて仏説であると考えるようになった。
『たとえば村邑聚落から遠くないところに穀物の大堆積があり、群衆はここから天秤棒・籠・?・掌で穀物を運ぶ。もし、かの群衆のものに近づいて、このように問う者がいたとしようー、「汝らは何処からこの穀物を運んできたのか。」と。・・・・・「われわれは穀物の大堆積から運んできたのです」と答えたならば、それは正しく答えたのである。このように、もしも、何ごとでも善く説かれたことがあるならば、これはすべて世尊・尊敬すべき人・正等覚者の語である。われらも他人も、これによって説くのである。』(アングッタラ・ニカーヤ ⅠⅤ,p.163f.)
仏が説いたから真理であるのではなく、真理であるから仏が説いたはずであるというのである。
大乗仏教聖典を製作した人々のこのような思惟方法の特徴を、近代日本の批判的な仏教学者・戒定がすでに指摘している。
かれは実際問題としては大乗非仏説論を承認し、しかも『華厳経』が仏説である所以を次のように説明している。
『名づけて「仏説」と為すは、道を覚りしものの説なるを以ての故に「仏説」といふ。悉陀(=釈尊)が口を鼓して人のごとくに説くが故に名づけて「仏の所説」といふには非ず。およそ仏教は道徳経なり。記録指南の道に非ず故に古くは覚者の徒、みな自覚して窮むるところを記して、それを「言」といふ。仏言とは仏意なり。後人が仏意を述ぶるが故に「仏言仏説」といふ。』
すでにしばしば指摘したように、インドでは個体の意義が無視せられ、普遍的な真理のみが問題とされるような傾向があった。
かれらにとっては、著者は誰であろうとも、正しいこと、すなわち真理を語っていさえすればよいのである。
ところで釈尊は真理をことごとく覚った人であるとされていたから、真理そのものを述べている書は、すなわち釈尊の説法であると僣称しても、何らやましいところがない、と考えていたのであろう。
否、それがまた悪いことではないかどうか微かな疑念さえも、起こらなかったのであろうと思われる。】 P126〜127
【のちの仏教徒が新たな教理を説く場合にも、ブッダの権威をかりてきてブッダ(とくに釈尊)の言として記している。
原始仏教聖典のうちに釈尊の説法として伝えられているものも、大部分は後世になってからの仏教徒の創作である。
さらに後世に成立した大乗経典もやはり同様に「仏説」であることを標榜している。】 P173
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