失われた仏教最古の叡智

歴史の中に埋没し、忘れ去られてしまった仏教の最初期の時代に説かれていた「ブッダの究極の理法」の根幹について、その真相を語る。

フロイトの宗教観について

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 先日、心理学者フロイトの著作を読んでいたところ、とても興味深い個所を見つけた。主観が入らないように、その部分を、全くそのまま引用してみようと思う。
 
 ちなみに、これは、私の印象から言って、フロイトの宗教観についての核心に触れる箇所であると見ていいのだろうと思っている。(以下、『人はなぜ戦争をするのかーエロスとタナトス』 フロイト著・中山元訳・光文社の中の論文「戦争と死に関する時評」から引用)
 
 
 『わたしたちは死にたいして、率直な姿勢をとってきたとは言いがたい。わたしたちは尋ねられれば、死はすべての生けるものにとって避けがたい<出口>であること、人間は誰も自然にたいして死という<つけ>を負っていること、そしてこの<つけ>を払う準備をしておくべきであることを認めるだろう。要するに、死は自然なものであり、否定できず、避けがたいものであることを認めるのである。
 
 ところが実際はわたしたちは、まるでそうではないかのようにふるまっている。わたしたちには死は見えないところに隠してしまい、生から死を排除しようとする傾向があることは、疑問の余地のないところである。まるで死を黙殺しようとするかのようであり、これは「それを死のごとく[ないものと]思え」という諺も示していることである。この死とはもちろん自分の死のことである。
 
 自分の死とは思い描くことのできないものであり、死を思い描こうと努力すればするほど、観察者のように自分の死を見守ることしかできないことが分かる。このため精神分析の世界では、だれも自分が死ぬとは信じていないとか、同じことだが、無意識のうちではだれも自分が不死だと確信していると考えられるのである。』 P.71〜72
 
   『原始人が死の謎の探求を求めるきかっけとなったのは、死という知的な謎でも、どうでもよい人の死でもなく、自分が愛していながら、それでいてどこか、見知らぬ人でもあり、憎んでいた人物の死に直面して、感情的な葛藤が起きたことだったに違いない。もはや人は死を自分とは無縁のものとすることはできなくなった。死者への悼みにおいて、死の味を知ったからである。しかし自分が死ぬことは思い描くこともできなかったので、死というものを認めることは好まなかったのである。
 
 こうしたときに人間は妥協するものだ。自分が死ぬことは認めたものの、死が生を否定するものとしての意味をもつことは認めなかったのである(敵は死はそのためのきっかけとはならなかった。)そこで愛する者の屍を前にして、人間は霊魂の存在というものを考えついた。そして悲哀と混じり合った満足からくる罪の意識のために、生まれたばかりの霊魂を悪しき霊と考え、これを恐れるようになったのである。
 
 そして死が(身体に)もたらした変化を目撃することで、人間というものは一つの肉体と一つの(もともとは多数の)霊魂で構成された存在であると考えるようになった。人間の思考過程はこのように、死がもたらした屍の分解のプロセスと並行して進んだのである。そして亡くなった人への思いは尽きないために、死後も別の形で存在しつづけると考えるようになった。こうして死はみかけだけのものであり、死後の世界における生という観念が生まれたのである。
 
この死後の存在はもともとは、死によって終末を迎えた生の<おまけ>のようなものだった。影のようなものであり、中身の空虚なものであり、かなり遅い時期まで軽視されていて、死後の世界についての情報はほとんどなかったのである。』 P.81〜83
 
 『のちにさまざまな宗教が登場して、この死後の生をより価値の高いもの、完全に意味のあるものとする一方で、死によって終わりを告げた現世の生の価値を低めて、死後の世界のための準備にすぎないものとしたのだった。そうなると、生を過去にまで延長して、前世における存在とか、輪廻や再生などを考えだすようになるのは、必然的なことになる。それも死に、生の終焉という意味を与えないようにするための工夫だった。このように死の否定は伝統的で文化的なものと考えられやすいが、ごく早い時期からこうした営みは始まっていたのである。

 愛する者の屍に直面して生まれてきたのは、このような霊魂の論理だけでも、不死にたいする信仰や、人間の罪の意識の深い根だけではない。最初の道徳的な掟もそこで誕生したのである。目覚めた良心の最初の重要な掟は、汝殺すことなかれというものだった。愛する者の死に対する悲哀の念の背後には、憎しみの充足が潜んでいたのであり、この掟はそれに対する反応として定められたものだった。これがやがて愛しているわけでもない見知らぬ他者にまで、そして最後には敵にまで敷衍されていったのである。』 P.84〜85

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