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前の記事「神格化られたブッダ」(1)から続く・・・・・・以下『中村元選集・11巻・インド仏教の諸問題』(春秋社)より引用
【神格化されたブッダは神通の神変を現ずる。覚者は偉大なる力があると考えられ、はじめのうちは「力を得た人」(balappata)と呼ばれていたが、のちには「十の力のある人」(dasabala)と呼ばれるに至った。十力の観念が成立したのである。その力は偉大なものでる。悪魔ラーフ(Rāhu)が月を捉えるために月蝕が起こるのであるから、それをブッダが離させたのであると考えられた。ラーフは『われはブッダの詩に驚いた』という。かれは『わが思いを知り、神通もて意よりなる身体もて(manomayena kāyena)われに近づいて教えを説いた』といって弟子が讃嘆している。かれは偉大な智慧のある人(mahāpañña)として称賛されていた。『これらの十方の世界において、あなたに見られず聞かれず考えられずまた識られない何ものでもありません。』かれは全知者(sabbaññū)であると考えられた。 ブッダの神格化の経過はちょうどジャイナ教の開祖の神格化の経過と平行している。古い聖典ではジャイナ教の開祖は種としてナーヤプッタ(Nāyaputta)と呼ばれている。ところが、遅い聖典(例えば『ウヴァーサガ・ダサーオー』ではナーヤプッタという語は一度も出ず、専らマハーヴィーラと呼ばれている。しかもそれも単独では出て来ないで、他の多くの尊称をともなっている。
そしてブッダの身体は普通人の身体とは異なった生理学的特徴を具えたものであると考えられるようになった。例えば、詩の中ではブッダが金色の衣を着て輝いたと説かれていることでも、それを説明する散文の部分では、ブッダの皮膚が清らかで輝くものであると改められた。そしてついに仏の身体の皮膚は黄金色であるということに定められた。このようにして考えられた幾多の身体的特徴がひとまとめにされて、やがて三十二相ということが説かれるようになったのである。三十二相ということは、仏教では後代に至るまで定型化して伝えられるのであるが、そのうちの若干はヒンドゥー教のヴィシヌ・ナーラーヤナ神のすがたと共通であり、遡れば太陽神の信仰に由来すると考えられる。
神格化の歩みは世俗的な権威とも結びつかなければならない。ナンダ王朝からマウリヤ王朝に至る時期にインドが統一させて、そのため普遍的帝王(輪転聖王)が崇拝されるようになり、その習わしがインド一般に行われるようになると、仏教徒もそれをとり入れ、それに結びつけてブッダは宗教面において輪転聖王に対応するものであると説くに至った。神格化とは偉大性を強調することにほかならなかったのである。】P.512〜513
なお、中村氏は、最古層の仏典においては奇蹟や神通力の信仰は特に強調されておらず(P.496)、聖典は次第にブッダを神格的存在とみなすようになった(P.511)とを言っている。さらに中村氏は言う。
【釈尊が超人的なものであると考えられるとともに、インド人一般の輪廻の観念と結合して、過去世に釈尊は善根を積んだからこの世に仏として現われ出たのだと考えた。そこでゴータマの前世についていろいろな想像がなされる。釈尊は過去世にカッパ(Kappa)といい、バカ(Baka)梵天の弟子であったとか、過去世にカッサパ仏の世にジョーティパーラ(Jotipāla)というものとして陶工の友であったともいう。カッサパ仏と釈尊との関係はジャイナ教からとり入れられたものらしい。ジャイナ教でもカーシャパ(Kāśyapa)はマハーヴィーラにジャイナ教の真理を授けたということになっている。】 P.514
【過去世を説くということは、他の偉大な仏弟子についても行われるようになる。アヌルッダは過去世に帝釈天ともなり、また七度全インド(ジャンブヴィバー)の国王ともなり、その後十四度輪廻したという。またスンダリー(Sundari)尼についても、ジャータカ的な過去世物語が説かれている。
(註)・・・・中村氏によれば、『ブッダチャリタ』は仏教詩人アシヴァゴシャ(馬鳴、西紀二世紀)によって著わされ、また、『ジャータカ』の序文である「因縁譚」は恐らく五世紀のブッダゴーサが自分で書いたものであると考えられる、と言っている。(同書 P.4 参照) 仏は次第に人間から切り離して考えられたのであるが、仏教によれば、ダルマをさとった人がすなわち覚者なのであるから、覚者はいかに超人化・神化して考えられようとも、決して唯だ一人の人格的存在者であるということはできない。ゴータマのほかにもなお覚者が存在し得るはずなのである。そこで過去未来の諸仏と現在における一人の仏を立てて考える。特に過去七仏の観念は古く成立し、その名称はすでにガーターの中に伝えられている。過去七仏とはパーリ語でヴィパッシン(Vipassin)、シキン(Sikhin)、ヴェッサブ(Vessabhu)、カクサンダ(Kakusandha)、コーナーガマナ(Konāgamana)、カッサパ(Kassapa)および第七に釈尊をいう。そうして仏は「第七の仙人」と呼ばれている。過去七仏の観念がもとをたどれば、『リグ・ヴェーダ』に由来することは、すでに指摘したとおりである。
過去七仏はパーリ文『長部』(D.N.)のマハーパダーナ経(Mahāpadānasuttannta)において特に詳しく説かれるようになった。それに対応する修行時期(因位)における仏師はディーパンカラ(Dīpaṃkara 燃燈仏、錠光仏)であるとされるのが通例であるが、この仏の信仰は原始仏教においてはかなり遅く現われたらしい。
仏の神格化に対応して、仏に対する信仰が強調される。『誰でも仏に帰依する人は、悪い境涯に赴くことがない。人間の身体を捨てて、神々の集いをみたすであろう。』このあたりの発展段階はマウヤ王朝時代に対応するらしい。碑文によってみると、アショーカ王時代にすでに過去仏の信仰が行われていた。アショーカ王はコーナーカマナ仏(Budha Konākamana)のストゥーパを建てている。この仏はカナカムニ(Kanakamuni 拘那含牟尼)仏ともいわれ、過去七仏のうちの第五とされている。】 P.515〜516
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