失われた仏教最古の叡智

歴史の中に埋没し、忘れ去られてしまった仏教の最初期の時代に説かれていた「ブッダの究極の理法」の根幹について、その真相を語る。

仏教と読経について

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 釈迦の時代においては、「葬儀の執行」が釈迦によって禁止されていた、ということは(ここでの)過去の記事「仏教と葬儀について」(http://blogs.yahoo.co.jp/dyhkr486/folder/1819614.html)において記したことであるが、「読経によって施しにあずかる」ということも、釈迦の時代において、釈迦の禁じたところのものであった。(中村元選集・第12・『原始仏教の成立 原始仏教2』P.36 参照)
 
 最古の経典と言われている『スッタ・ニパータ』に登場する釈迦は、次のように語っている。
 
 『Sn.81  詩を唱えて〔報酬として〕得たものを、わたくしは食うてはならない。これは正しくバラモンよ、このことは正しく見る人々(目覚めた人々)のならわしではない。詩を唱えて得たものを、目覚めた人々(諸々のブッダ)は斥ける。バラモンよ、定めが存するのであるから、これが(目覚めた人々の)生活法なのである。』  (参照  Sn.480 ; 481)
 
 私は、ここで重要なことは、詩〔ガータ〕を詠むこと(詩を詠うこと、あるいは、読経)それ自体がよろしくないと言っているのではなく(むしろ、釈迦の時代には、詩が詠われていた。厳密にいえば、詩を詠って楽しんでいたとも言われている)、スッタ・ニパータに登場する釈迦は、詩を唱えて〔報酬として〕得たものを食うてはならないと言っている、ということなのである。

 誤解がないように、私は、ここで、「葬儀の執行」や「読経によって施しにあずかる」ということを否定しているのではない。私がここで言っていることは、釈迦の時代においては、そういったものによって飯を食う、ということはあり得ないことであった、ということなのである。少なくとも、我々は、古層の初期仏教聖典の記述によって、そういったことを推測し、知り得ることができるのである。

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