失われた仏教最古の叡智

歴史の中に埋没し、忘れ去られてしまった仏教の最初期の時代に説かれていた「ブッダの究極の理法」の根幹について、その真相を語る。

釈迦は輪廻を信じていたのか?

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ゴータマ・ブッダは、死後の輪廻の思想を如何に捉えていたのか?「死後の輪廻」に関連して、最古層の経典に、とても興味深い文言が存在する。
 
 スッタニパータから、その箇所を引用してみようと思う。
 
 「Sn.801  かれはここで、両極端に対し、種々の生存に対し、この世についても、来世についても、願うことがない。諸々の事物に関して断定を下して得た固執の住居は、かれには何も存在しない。」
 
 ここで注目すべきことは「種々の生存に対し願うことがない」という文言である。
 
 「種々の生存に対し願うことがない」と同じ意味の詩句は、先に引用したアッタカ・ヴァッガのSn.801の箇所以外に、パーラーヤナ・ヴァッガの中に、二箇所存在する。
 
 「種々の生存に対するこの執著を捨て去てて」(Sn.1060)
 
 「移りかわる生存への妄想をいだいてはならない」(Sn.1068)
 
 「種々の生存」とは、「輪廻」を意味する言葉である。
 
 そこで、「種々の生存(輪廻)に対して願うことがない」とは一体、どういう意味なのか?
 
 これらのことを論じる前に、スッタ・ニパータから次の言葉を引用してみようと思う。
 
 『Sn.775 ・・・・・・「ひとの命は短いものだ」と賢者たちは説いているのだ。
 
 Sn.776 この世の人々が、〈諸々の生存に対する妄想〉にとらわれ、ふるえているのを、わたくしは見る。下劣な人々は、種々の生存に対する妄想を離れないで、死に直面して泣く。』
 
 ここには「諸々(種々)の生存に対する妄想」という言葉が明言されている。
 
  「諸々(種々)の生存」とは、先にも述べたように、輪廻を意味する言葉である。

 つまり、その箇所をより分かりやすい言葉で言い直すとするなら、それは、「輪廻に対する妄想から離れよ」ということだと思う。

 そして、そこで言われている「諸々の生存(輪廻転生)に対する妄想」とは、一体、何なのだろうか?
 
 単刀直入に言えば、私は、それは、「人は死後にどうなるのか?」ということであると思う。
 
 より詳しく言えば、仏教最古の経典は、「人は死後にどうなるのか?」という「想い」から離れることを説いているのであろう。
 
 ただ、経典に記されている「種々の生存(輪廻)に対する妄想から離れよ」という言葉は、「種々の生存」(輪廻)それ自体が妄想である、という意味に解釈できないわけでもないが、経典に語られていることの真意とは、おそらくは、先にも述べたように、「私は死後にどうなるのか?」とか「死後に対する願望」について、あれこれ考えてることから離れよ、ということだと思う。

 そして、それと同時に、「諸々(種々)の生存に対する妄想」とは、死後の輪廻(の行方)に対する恐怖を意味する言葉でもあると思う。

 ここで、さらに、最初に引用した経典の言葉に注目してみよう。
 
 (つまり、)それは、Sn.801の「種々の生存に対し願うことがない。」という言葉である。
 
 このことに関連して、パーラーヤナ・ヴァッガの後半部(Sn.1073〜1076)には、バラモンの学生がブッダに、「悟った人は、死後どうなるのか?」ということを質問しているシーンがある。
 
  『Sn.1073 「あまねく見る方よ。もしもかれがそこから退きあともどりしないで多年そこにとどまるならば、かれはそこで解脱して、浄涼となるのでしょうか?またそのような人の識別作用は(あとまで)存在するのでしょうか?」
 
 Sn.1074 師が答えた、「ウパシーヴァよ。たとえば強風に吹き飛ばされた火炎は滅びてしまって(火としては)数えられないように、そのように聖者は名称と身体から解脱して滅びてしまって、(存在する者としては)数えられないのである。」
 
 Sn.1075 「滅びてしまったその人は存在しないのでしょうか?あるいはまた常住であって、そこなわれないのでしょうか?聖者さま。どうかそれをわたくしに説明してください。あなたはこの理法をあるがままに知っておられるからです。」
 
 Sn.1076 師は答えた、「ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。かれを、ああだ、こうだと論ずるよすがが、かれには存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、あらゆる議論の道はすっかり絶えてしまったのである。」』
 
 ここでバラモンの学生ウパシーヴァがブッダに対して質問している内容とは、まさに死後の輪廻についてであり、そこでは、あなたは死んだ後に識別作用(意識)があるのかないのか、あなたは死んだ後に消滅してしまうのか永遠に存在し続けるのか、ということを具体的に聞いているのである。
 
 それに対してブッダは有とも無とも返答はせず、滅びてしまった者には、それを「測る基準がない」と言っている。
 
 そして、それを測る基準がない者には、かれを、ああだ、こうだと論ずるよすがが存在せず、あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、あらゆる議論の道はすっかり絶えてしまったのである、とも答えている。
 
 こういった経典の文言から察すれば、悟った者にとっては、死後の行方に対する「想い」から、より分かりやすく言えば、来世に対する願いや執着(こだわり)そのものから解き放たれている、と捉えるのが、私は、最も自然な見方だと思っている。
 
 そこで語られている最も注目すべき点とは、形而上学的な意味合いでの〈死後の行方〉そのものではなく、修行者においての〈死後の行方に対する「想い」〉なのであろう。
 
 換言すれば、そのことについて、経典は、一般衆生(=人間一般)ではなく、「悟った人(如来)が、死後にどうなるのか、という、悟った人の想い」という形態で語られている、ということである。
 
 つまり、そのことは、すべての人が、死んだ後にどうなるのか、という形而上学的な見解それ自体を問題と(言及)しているのではなく、悟った人は、そういった「想い」そのものから解き放たれている、というのである。

実際に、死後の世界が有るのか無いのか、とか、人の死後には識別作用(意識)が存続するか否かについては、経典には、一切触れられることもなく、問題ともされていないのである。
 
 ブッダの時代には、おそらくは、死後の行方に関する問題は、否応無くアートマンに関する問題に直結するものであり、最古層の経典からも分かるように、このような形而上学的な議論や見解から離れることが、ブッダの悟りへ至る道への必衰条件となっていたに違いない。
 
  *形而上学的な議論や見解から離れる、ということは、より具体的に言えば、先に引用した仏教最古の経典であるパーラーヤナ篇のクライマックスのシーン(Sn.1073〜1076)で具体的に語られているように、涅槃寂静の境地に至っている「沈黙の聖者」たる人は、「常住(永久不変なもの)」や「断滅(虚無、消えて無くなること、消滅してしまうこと)」に対しての潜在的な願望や欲求から解き放たれている、ということである。「ブッダの理法」の核心部とは、「ブッダが説かなかったこと」から離れる(解き放たれる、捨て去る)こと、まさにこれである。
 
 そして、このことは、経典のこれらの最古層の詩句から見ても分かるように、仏教の最初期の思想の根幹を伝える内容であることは、疑いようのない事実であると思う。
 
 さらには、最古層の経典には、戒律にも、伝承の学問にも導かれない、ということが語られている。(Sn.1082、1083 参照)
 
 これは、実に驚くべき内容である。
 
 伝承の学問とは、おそらくは、形而上学的な見解を基盤として構築されている学問のことであろう。

 最初期の仏教においては、戒律ばかりではなく、伝承の学問にさえも導かれない、というのである。

 それと、先の章でも触れたように、ブッダの時代、もしくは、ブッダに限りなく近い時代においては、「信仰さえも捨て去ること」、すなわち「何も信じないこと」が推奨されていたのである。(『中村元選集・第13巻』P.482 本稿 「第4章 釈迦と死後の世界」「第16章 最初期の仏教と信仰について」)
 
 『(師ブッダが現われていった)、「ヴァッカリやバドラーヴダやアータヴィ・ブッダが信仰を捨て去ったように、そのように汝もまた信仰を捨て去れ。そなたは死の領域の彼岸に至るであろう。ビンギャよ。」』(『スッタニパータ』第5章<パーラヤナ篇> Sn.1146  =『ブッダのことば』中村元訳・岩波文庫)

 『見終わってから、<世界の主・梵天>に詩句をもって呼びかけられ
た。
 「耳ある者どもに甘露(不死)の門は開かれた。〔おのが〕信仰を捨てよ。梵天よ。人々を害するであろうかと思って、わたくしはいみじくも絶妙なる真理を人々には説かなかったのだ。」』(『相応部経典』第1集〈サガータ篇〉・第6篇・第1章・第1節 春秋社 P.220=『悪魔との対話』中村元訳・岩波文庫 P.87)
 
 つまり、最終的には、一般的な学識見解からだけではなく、一切の形而上学的見解(アートマンの存在の有無や死後の行方など)からも離れなければ悟れない、ということだと思う。
 
 なぜなら、ブッダの時代に(あるいは、それ以降も)、論争の基(源泉)となっていた議論の大部分は、形而上学的な議論であったからである。(自性やアートマンの存在の有無、あるいは、輪廻の主体に関する後代の仏教のバラモン教やニヤーヤ学派とミーマーンサー学派などに対する議論を見よ)
 
 ただ、重要なことは、最初期の仏教においては、死後の輪廻の行方や、それに対する願望からも離れることが説かれていたのであるが、しかし、そうであるからと言って、ブッダは、アートマンや輪廻の存在それ自体を否定したわけではなかった。
 
 というよりは、むしろ、ブッダは、アートマンの存在を肯定する見解に対して、暗黙のうちに承認さえもしていたのである。
 
 サガータ・ヴァッガに登場するブッダは、次のように言っている。
 
 「なすべきことをなし了え、煩悩の汚れを滅ぼし、今や最後の身体をたもっている真人となった修行僧は、『わたしが語る』と言ってもよいでしょう。また『人々が〔これこれは〕〈わがもの〉である、と語っている』と言ってもよいでしょう。真に力量ある人は、世間における名称を知って、言語表現だけのものとして、〔仮りに〕そのような表現をしてもよいのである。」(『相応部経典』第1集〈サガータ篇〉・第1篇・第3章・第5節=『原始仏典2 相応部経典 第1巻』P.22〜23 春秋社=『神々との対話』サンユッタ・ニカーヤ Ⅰ 中村元訳 岩波文庫 p.40〜41)
 
 そして、その経典には次のようにも語られている。
 
 「慢心を捨て去った人には、もはや結ぶ束縛は存在しない。かれには慢心の束縛がすべて払いのけられてしまった。聡明な叡智ある人は、死の領域を超えていまったので、『わたしが語る』と言ってもよいであろう。また『人々が〔これこれは〕〈わがもの〉であると語っている』と言ってもよいであろう。真に力量ある人は、世間における名称を知って、言語表現だけのものとして、そのような表現をしてもよいのである。」(『相応部経典』第1集〈サガータ篇〉・第1篇・第3章・第5節=『原始仏典2 相応部経典 第1巻 春秋社 P.23 =『神々との対話』サンユッタ・ニカーヤ P.41 中村元訳 岩波文庫)
 
 ちなみに、中村氏のこの部分の註釈には次のように書かれている。
 
 『わたしが語る』と言ってもよい・・・・・これは我(アートマン)が存在すると主張する議論である。『雑阿含経』には「何言説有我」。( 『神々との対話』サンユッタ・ニカーヤ 中村元訳 岩波文庫 P.248)
 
 このサガータ・ヴァッガの中に含まれている古い詩句が語る真意とは、それは、自ら(ブッダ)がアートマンの存在を信じている、ということではないけれども、アートマンの存在を想定し、それを信じる人に対して、アートマンの存在論を暗黙のうちに承認している、つまり、種々の異なった真理の一つ(ここではアートマンが存在するという見解)を、一つの見解として認めている、ということだと思う。
 
 そして、それは、まさに、ブッダの寛容の精神の表われであると思う。

いずれにしても、真理に到達している人(ブッダ)においては、見解や主張が何もないのだから、つまり、想いから解脱しているのだから、アートマンが有るとか無いとか、どうでもいいことである。
 
 それが有る、と主張する人に対しては、それが有る、ということを、それが無い、と主張する人には、それが無い、ということを、真理に熟達した人は、承認しているのである。
 
 そうであるからこそ、経典は、それが有ると主張する者には有ると言い、それが無いと主張する者には無いと言う、そして、修行完成者は、その有と無とから離れている、と語るのである。

 「カッチャーヤナよ、通常、世界は存在(有)と非存在(無)との二つ〔の考え方〕に依拠している。
 
 カッチャーヤナよ、世界の生起をあるがままに正しい智慧によって見ている者には、世界に非存在という性質はない。カッチャーヤナよ、世界の消滅をあるがままに正しい智慧によって見ている者には、世界には存在という性質はない。
 
 カッチャーヤナよ、この世間の人々は多くは〔事物に〕近寄ることとつかみ取ることとに執着することとに縛られている。しかしこ〔の貴い弟子たち〕はその近寄ることとつかみ取ることと心の確信と執着と随眠(潜在的煩悩)とに近寄らず、執取せず、『わたしの我がある』と確信しない。生じつつある苦しみが生じ、消滅しつつある苦〔のみ〕が消滅すると〔考えて〕疑わず、疑念をもたず、他の縁によらず、彼にはこれについての智慧がある。カッチャーヤナよ、これだけで正しい見解である。
 
 カッチャーヤナよ、『すべてのものは存在する』というこれは一つの極端な論である。『すべてのものは存在しない』というこれは一つの極端な論である。カッチャーヤナよ、如来はこれら両方の極端な論に近づかずに、中庸を保って教えを説く。」 (『相応部経典』第2集・第1篇・第2章・第5節 カッチャーヤナの種姓の人=『原始仏典2 相応部経典 第2巻』 P.51 春秋社)

 誤解のないように、想いから解脱した人は、アートマンが有るとか無いとかといった見解や主張を承認しているけれども、そうであるからといって、そういった両極端の片方の見解や主張を密かに打ち立てて、それに立脚しているのではない。
 
 話を戻そう。
 
  「種々の生存に対するこの執著を捨て去てて」(Sn.1060)
 
 「移りかわる生存への妄想をいだいてはならない」(Sn.1068)
 
 「諸々の生存に対する妄想にとらわれるな」(Sn.776 参照)
 
 ここで、経典に記されている「種々の生存(輪廻)に対する妄想から離れよ」という言葉は、先にも述べたように、「種々の生存」(輪廻)それ自体が妄想である、という意味に解釈できないわけでもない。
 
 しかし、その仮説を打ち消す可能性のある文言が、同じ経典の中に存在する。
 
 輪廻に関しては、仏教最古の経典の一つであるパーラーヤナ・ヴァッガに、輪廻転生を前提とするような文言が二箇所記されている。
 
 「再び迷いの生存状態に戻らないようにせよ。」(Sn.1121)

 「再び迷いの生存に戻らないようにせよ。」(Sn.1123)


 もちろん、釈迦が言う「種々の生存」(=輪廻)とは、形而上学的な見解者などに対して配慮された呼称であり、つまり、それは、方便であった可能性もあると思う。

 しかし、その一方において、ブッダは、輪廻を真実として捉えていた可能性も否定できない。

 人間には、輪廻の主体たるアートマン(霊魂)は存在するのか?
 
 古代インドにおいては、様々な古い文献を見ても分かるように、輪廻転生やアートマン(霊魂)の存在は、一部の哲学者や思想家以外は、当然のこととして、常識のように信じられていたであろうということが推察できる。

 おそらくは、ブッダは、それ(アートマン)が無いと言っているわけではなく、そういったことは、生きているうちに、いくら問うても、それらの(有無に対する)解答は見い出すことは難しい、と言っているのだと思う。

 そういった存在の有無を探している間に、短い人生は終わってしまうので、一日も早く自らに刺さった苦の毒矢を抜き取れと、経典は諭しているのである。(「中部経典63」参照)

 その理由として、パーラーヤナ・ヴァッガには、ニルヴァーナは、今ここに体現されるものである、ということが、繰り返し説かれている。(Sn.1050 Sn.1053 Sn.1087 Sn.1095 参照)

 それらの文言(現法涅槃)は、サガータ・ヴァッガの中に含まれている古い詩句の中にも示されている。(なお、「相応部経典」全体にも「現世において涅槃に達した者」というように現法涅槃が繰り返し説かれている。)

  「諸々の修行完成者は、〔智慧の〕力を得て、世間にありながら執著をのり超えている。」(『悪魔との対話』サンユッタ・ニカーヤⅡ 中村元訳 岩波文庫 P.27)

 ところで、最初の話に戻そう。

 釈迦は、輪廻が有る、ということを信じていたのか?

 あるいは、釈迦は、輪廻が無い、ということを信じていたのか?

 それとも、釈迦は、輪廻が有ることも無いことも信じていなかったのか?
 
 正直に言って、それらの厳密な解答は、究極に悟った人か、あるいは、その境地に限りなくに近づいた人にしか分からないだろうと思う。

そういったことを踏まえた上で、ここで私の率直な感想を述べておこう。

私は、成道前の釈迦は、真実としての「輪廻からの解脱」の「輪廻」を信じていた可能性があるけれども、成道後の釈迦は、釈迦が悟っていたとすれば(私は、釈迦が悟っていたことを信じている)、おそらくは、輪廻の有無に対する「想い」から解脱して(解き放たれて)いたのだと思っている。

 なぜなら、想いからの解脱において解脱した人には、〈何らかの特殊な見解に対する「想い」は何もない〉からである。

 最終的には、何も信じないこと、つまり、全ての見解から解き放たれること、さらに言えば、無所有で無一文であること、その体現が、ブッダの究極の境地であるニルヴァーナ(完全なる安らぎ)であったのだと私は理解している。

  何ものかを信ずることなく、作らざるもの(=ニルヴァーナ)を知り、生死の絆を断ち、(善悪をなすに)よしなく、欲求を捨て去った人、ー かれこそ実に最上の人である。」(『ダンマパダ』第7章97)

何かを信じることは、究極の執着であり、その反対説の論者との間に争いや確執をもたらす要因を有するものである。

「ニルヴァーナとは、
一切の束縛から解き放たれることである。」(『悪魔との対話』サンユッタ・ニカーヤⅡ 中村元訳 岩波文庫 P.234)

 「Sn.803 かれらは、妄想分別をなすことなく、(いずれか一つの偏見を)特に重んずるということがない。かれらは、諸々の教義のいずれかも受け入れることもない

 
  『Sn.1086  (ブッダが答えた)、「ヘーマカよ。この世において見たり聞いたり考えたり識別した快美な事物に対する欲望や貪りを除き去ることが、不滅のニルヴァーナの境地である。
 
  Sn.1087 このことをよく知って、よく気をつけ、現世において全く煩いを離れた人々は、常に安らぎに帰している。世間の執著を乗り超えているのである」と。』 

『すべての結縛を捨てるがよい。自分の帰依所をつくるがよい。頭が燃えた者のように行ずるがよい。不死の境地を求めつつ。』 (『相応部経典』第3集・第1篇・第2部・第5章・第3節 =「原始仏典 相応部経典 第3巻 P.261 春秋社)

 しかしながら、おそらくは、ブッダの時代に、衆生(在家者)にはアートマン(霊魂)の存在を前提とした(肯定した)「天生の思想」が説かれていたのであろうから、こういった問題は、かなり慎重になされていたのだと思う。
 
 それは、最古層の経典には、「輪廻転生」とはあからさまに明言することを避けて、「種々の生存」と記されていたことから観ても、われわれは、そういったことに関しての配慮を窺い知ることができるのである。
 
 そこで、ただ、一つだけ確実に言えることは、アートマンの存在や輪廻の存在を否定することは、ブッダの悟りではない、ということだ。
 
 もちろん、究極に言えば、それ(アートマンの存在や輪廻の存在を否定することは、ブッダの悟りではない、ということ)を言うこともまた悟りではない。
 
 しかし、言語表現を用いなければ伝達手法がないゆえに、私は敢えて、このことを語るのである。
 
 ブッダの時代には、アートマンや死後の輪廻の行方の問題は、宗教上の大問題であったに違いない。
 
 そして、人は、往々にして、宗教ばかりではなく、思想や政治などの個人的な見解や信条によって、他者との争いを引き起こすものである。
 
  「Sn.907 (真の)バラモンは、他人に導かれるということがない。また諸々のことがらについて断定して固執することもない。それ故に、諸々の論争を超越している。他の教えを最も勝れたものだとみなすこともないからである。」
 
  「Sn.894 一切の(哲学的)断定を捨てたならば、人は世の中で確執を起すことがない。」
 
 もちろん、ここで説かれる「一切の(哲学的)断定」の中には、形而上学的断定(見解)も含まれている。
 
 つまり、そこまでしなければ(形而上学的な議論から解き放たれなければ)悟れない、ということだと思う。
 
 それは、仮に、アートマンや自性が有る、というところから、あるいは、(龍樹などの後代の仏教が説くように、アートマンが)無い、というところからスタートしたとしても、最後の最後には、そこ(その議論や想い)からも離れなければ悟れない、ということになるのだろう。
 
 なお、修行完成者(ブッダ)は、仮に、死後の輪廻の世界があったとしても、死後に地獄に落ちることはないはずである。
 
 なぜなら、ブッダは、諸悪を斥け、善行を為して(それを推奨して)いるからである。
 
 しかし、当のブッダ自身は、おそらくは、そういった想いからさえも解き放たれていたのであろう。
 
  余談ではあるが、ジャイナ教の古い詩句には、次のように語られている。(以下 中村元氏訳)
 
 「あたかも鶴が卵から生じ、また卵が鶴から生じるように、欲望(渇愛)が迷いのもとであり、また迷いが欲望のもとであると、ひとびとは説く。
貪愛と嫌悪とは業を種子として起ったものであり、また業は迷いから起ったものであると、ひとびとは説く。業は生死の根であり、生死は苦であると、ひとびとは説く。
迷いのなくなった人には苦は消滅している。欲望のなくなった人には、迷いは消滅している。貪りのなくなった人には、欲望が消滅している。何ものも所有しない人には、貪りが消滅している。」(Utt.32,6ff.)
 
 最初期のジャイナ教の詩句と最初期の仏教の詩句とは、あまりにも酷似しているものが多い。
 
 このジャイナ教の聖典の詩句の中で、注目すべきは、次の言葉である。
 
 「迷いのなくなった人には苦は消滅している。欲望のなくなった人には、迷いは消滅している。」
 
 最初期のジャイナ教が、最初期の仏教と同様に、修行者に対して、「来世に対する願望」を捨て去るように説かれていた、ということは、本稿の「第5章  釈迦と死後の世界」の中で、既に述べたとおりであるが、最初期の仏教において、輪廻から解脱するためには、言い換えれば、苦を終滅させるためには、「種々の生存(輪廻)に対する妄想(=願望・欲望・迷い・恐怖・執着)」からも離れなければならない、ということが繰り返して説かれていたのである。
 
 かれはここで、両極端に対して、種々の生存に対して、この世についても、来世についても願うことはない。諸々の事物に関して断定を下して得た固執の住居(すまい)は、かれには何も存在しない。」(Sn.801)
 
 「想いを知りつくして、激流を渡れ。聖者は、所有したいという執著に汚されることなく、(煩悩の)矢を抜き去って、つとめ励んで行ない、この世もかの世も望まない。」(Sn.779)
 
 彼岸(来世)もなく、此岸(現世)もなく、彼岸・此岸なるものもなく、怖れもなく、束縛もない人、―かれをわれはバラモンと呼ぶ。」(Dhp.385)
 
 「現世を望まず、来世をも望まず、欲求がなくて、とらわれの無い人、かれをわれは<バラモン>と呼ぶ。」(Dhp.410)
 
 「かれは、悪を静めて、世界の終極を知り、この世もかの世も望まない。」(『神々との対話』サンユッタ・ニカーヤ 中村元訳 岩波文庫 P.145)
 
 (以下、ジャイナ教の最古の経典『アーヤーランガ』参照)
 
 生を望まず、死も欲せず。」(『アーヤーランガ』Ⅰ,8,8)
 
 「現世をも来世をも願うことがない。」(『アーヤーランガ』Ⅱ,16,7)
 
 
 ジャイナ教においても仏教においても、おらくは、そこまでしなくては、つまり、最終的には「死後に対する迷いや願望」さえも捨て去らなければ、完全には悟れない、と説かれていたのであろう。
 
 なぜなら、「死後に対する迷いや願望」というものは、おそらくは人間においての根源的な執着の一つであるからだと思う。

そして、そういったものは、人間がもっている執着の中でも、最も捨て難い執着なのだろう。

諸々のブッダたちは、死後の輪廻に対する執着(こだわり)は、悟りの妨げとなから、そういったものに対する執着さえも捨て去れ、というのである。

実は、これらのことに関して初期仏教の核心に迫る経典の記述が存在するので、その問題の箇所を引用してみようと思う。
 
 「比丘たちよ、貴い弟子はこの縁起とこれら縁によって生じた事物とを如実に正しい智慧によってよく見ている。それゆえ〔彼には過去・未来・現在の三世についての疑念はない。すなわち世間の人たちはしばしば〕過去世について追想して疑う。『わたしは過去世において存在したのか。わたしは過去世において存在しなかったのか。わたしは過去世において何であったのか。わたしは過去世においてどのような状態であったのか。わたしは過去世で何であって、その後何になったのか』と。
 
 あるいは未来世を予測して疑う。『わたしは未来世において存在するのか。わたしは未来世において存在しないのか。わたしは未来世において何になるのか。わたしは未来世においてどのような状態になるのか。わたしは未来世で何になって、その後何になるのか』と。
 
 あるいは今、彼は現世について内心に疑う。『わたしは存在するのか。わたしは存在しないのか。わたしは何か。わたしはどのような状態か。この生ける者はどこから来たのか。彼はどこに行くのか』と。
 
 〔彼にはこのような疑念は〕ありえない。
 
 それは何故か。比丘たちよ、貴い弟子はこの縁起とこれら縁より生じた事物を如実に正しい智慧によってよく見たからである。」 (『相応部経典』第2集・第1篇・第2章・第10節=『原始仏典2 相応部経典 第2巻』 P.70 春秋社)
 
 そこで、もう一つ興味深い経典の詩句を紹介してみよう。
 
 「Sn.7として

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