失われた仏教最古の叡智

歴史の中に埋没し、忘れ去られてしまった仏教の最初期の時代に説かれていた「ブッダの究極の理法」の根幹について、その真相を語る。

ブッダが説かなかったこと

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  苦を終滅させるために最も重要なことの一つを話しましょう。

 それは、正覚に導くために「ブッダが説いたこと」と「ブッダが説かなかったこと」の違いとその何たるかを明確に知ることです。

 「ブッダが説いたこと」、つまり苦が滅尽した涅槃寂静の境地を今ここに具現させるための方法は、実はアッタカ・ヴァッガとパーラーヤナ・ヴァッガという経典の中にすべて語られています。

 そして、「ブッダが説かなかったこと」が何なのか、ということもまたそれらの経典の中にすべて説かれています。

 アーガマの中にも、多くの真理が説かれています。

 しかし、残念ながら、それと同時に涅槃寂静に至ることを妨げる不純物もたくさん含まれてます。

 ちょっと言いにくいことではありますが、これは誰かがはっきりと言わなければならないことだと思います。

 仏教の真の目標が、苦の終滅であるとすれば、実は、その不純物がブッダの理法の理解を大きく妨げています。

 人間の執著の中で、最も脱し難い執著とは、まさに「ブッダが説かなかったこと」に対する執著だと思います。

 「ブッダが説かなかったこと」に対する執着は、人間の執著の中でも最も脱し難い執著です。

 その内容については、具体的なことは言わないでおきます。

 それを知りたい人は、自分の手で探し、自分の目で見て、直に掴み取ってください。

 その答えは、アッタカ・ヴァッガとパーラーヤナ・ヴァッガという経典の中にあります。

 はっきり言います。

 瞑想だけでは、よほどの天才でない限り、ブッダの理法を目の当たりに体現することは難しいだろうと思います。

 重要なことは、パーラーヤナの真理で語られているように「真理に対する思索」です。

 ブッダの手法とは、他の宗教のそれとはかなり違っています。

 正し道理をもった智慧によって解脱するのです。

 もちろん瞑想は、その段階において不可欠なものだと思います。

 とにかく、「真理に対する思索」を実践してみてください。

 「真理に対する思索」に対する強い欲求は、真理が目の前に現れた時点で消滅するでしょう。

 人は、訪れたことのない国のことは、イメージするしかありませんが、それは、実際に行ってみた人には分かります。

 生きているうちに本気で真理を見たい人は、既存の宗派などから得た先入観を一度完全に捨て去ってみてください。

 これは真実です。

 とにかく「ブッダが説かなかったこと」を捨て去ってください。

 ナーガールジュナやブッダゴーサを乗り越えたところに、ブッダの真理は目の当たりに現われてくるでしょう。

権威やセクトに屈せず、歴史の中に埋れてしまったブッダの理法を白日のもとに曝(さら)すのが私の仕事なのです。

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