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あるとき、わたしはこのように聞いた。
ある日のこと、ゴータマ・ブッダ(釈尊)はサーヴァッティーのジェータ林アナータピンディカ園に滞在されていた。 そこへヴァッカリ・ゴーサラという真理(ダンマ、ダルマ)を探求する一人の男がゴータマ・ブッダの元を尋ねて来た。ヴァッカリ・ゴーサラはどことなく冴えないな顔をしていた。しかし彼は安らぎに満たされたブッダの穏やかな表情を見て非常に驚いた。 ヴァッカリ・ゴーサラはゴータマ・ブッダに言った。 「シャカ族の方よ、あなたは苦しみの輪廻の輪から脱却した偉大なる方です。私はあなたにお会いするために西の国からはるばるやって参りました。」
ヴァッカリ・ゴーサラはブッダに宇宙論を含めた形而上学の核心を質問しようと心に決めていた。ヴァッカリ・ゴーサラはゴータマ・ブッダが全知者(神的存在者)であると思っていたからである。 「ブッダさま。あなた(ブッダ=輪廻から解脱した人)は死んだ後に意識が持続するのですか、しないのですか?そして、あなたは死んだ後に、永久に存在し続けるのですか、あるいは断滅して消えて無になって(完全滅却して)しまうのですか?そして、アートマン(霊魂)は存在するのでしょうか、存在しないのでしょうか?全て理法を知り尽された偉大なる竜よ。どうかブッダの理法の究極を私に全く容赦せずにお説きください。」
師は答えた。 「想いからの解脱において解脱してしまった者には、死後に意識が持続するか否か、とか、永久不滅か断滅か、永久不滅なるアートマン(霊魂)が存在するかしないか、などといったものを測る基準そのものがない。滅びてしまった(想いからの解脱において解脱してしまった)者を、ああだ、こうだと論ずるよすがは、もはやそこには存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、あらゆる議論の道はすっかり絶えてしまったのである。根こそぎ伐られてしまったターラ樹の株のように。」
ヴァッカリ・ゴーサラは、ゴータマ・ブッダが語った言葉を聞いて驚愕した。彼の願望と期待とは全く違った答えが返って来たからだ。ヴァッカリ・ゴーサラは困惑した。ゴータマ・ブッダはヴァッカリ・ゴーサラの困惑した表情を見てすぐにそのことを察したのであるが、ブッダの理法(ダンマ)の核心部について話そうと思われた。ブッダはヴァッカリ・ゴーサラがブッダの理法を理解できる人であることを直感したからである。そしてヴァッカリ・ゴーサラはブッダに次のように言った。 「ブッダさま。輪廻から解脱している人は、実は死んだ後にどうなるとかああなる、などといった想いから解き放たれている、いうなれば、見解と想いとを超越しているのでしょうか。根こそぎにされてしまったターラ樹のように。ブッダさま、何も隠すことなく、どうかこの質問にお答えください。ブッダさま、お願いします。」 師は答えた。 「ヴァッカリ・ゴーサラよ。汝がもしニルヴァーナを理想とし一途にそれを目指すものであるのなら、真理(ダンマ)の核心を隠すことなくそなたに授けよう。もしそれを望まないなら、無理強いしてそれを説くことを私はしない。真理(ダンマ)を闇雲に広めようという想いは私にはないのだから。」
ヴァッカリ・ゴーサラの目は大きく開いた。 「ブッダさま。ブッダの理法の核心をどうかお説きください。あまねく見る方よ。」
ヴァッカリ・ゴーサラは心からブッダに懇願した。目の表情でブッダはヴァッカリ・ゴーサラの内心を伺い知った。少しの沈黙のあと、師は答えた。 「ヴァッカリ・ゴーサラよ。この世と来世に抱く願望だけではなく、移りゆくさまざまな生存に対してあらかじめ抱いた偏見(見解と思想)と願望(願い)からも脱却せよ。そして、何も信じることがなく、信仰を捨て去れ。諸々の事物に関して断定を下して得たものは、生と老衰とから脱却した人には何も存在しない。」
ヴァッカリ・ゴーサラはブッダに尋ねた。 「ブッダさま。ブッダの理法を一言で言い表わすとするなら、それは一体何なのでしょうか?」
師は答えた。 「真理とは、第一にすべての哲学的宗教的見解を捨て去ること、第二に名称と形態とから脱却すること、そして第三に貪りと執着の対象とから離れること、これが安らぎ(ニルヴァーナ)に至る教えである。一切のしがらみと束縛とから解放され、これのみが絶対に正しいというような見解や、我こそが絶対に正しいという(何らかのものに固着する)想いから離れよ。賢者はこれを知って、現世においてニルヴァーナ(究極の安らぎ)を昼夜に観ぜよ。」
*「ニルヴァーナを昼夜に観ぜよ」・・・仏教の最初期に説かれていたニルヴァーナとは、一定しているものではなく、動くものである。
ヴァッカリ・ゴーサラはその瞬間に閃(ひらめ)いた。 「ブッダさま。自分の価値観が絶対に正しいと想うこともなく、固着する思想や信仰(何らかのものを信じるということ)が何もない、思想や宗教などの特殊な見解や想いを持たない人は、誰とも争うことがない。そうであるからこそ、ブッダさま、あなたは思想や信仰(何らかのものを信じるということ)さえも捨て去れと説かれるのですね。」
師は答えた。 「ヴァッカリ・ゴーサラよ、全くそういうことだ。だが、ヴァッカリ・ゴーサラよ。これらの教えは、誰かによって刷り込まれた俗世の思考に耽溺する人々に説くことはときとしては有害になる場合がある。多くの人間は、特殊な存在や見解に執著しそれにしがみついているから、それが無くなることに恐怖と不安を抱いている。そうであるからこそ、ヴァッカリ・ゴーサラよ、特定の思想や信仰を信じる人に対して、この究極の教えを説くことに慎重であれ。」
ヴァッカリ・ゴーサラは言った。 「ブッダさま。真理が少しずつ明らかになってきました。そこでブッダさま。どうしても聞きたい質問が一つあります。すべての物質的諸現象には実体があるのでしょうか、実体が無いのでしょうか。」
師は答えた。 「わたくしは、すべての物質的諸現象に実体があるとは説かない。さりとて、すべての物質的諸現象に実体が無いともと説かない。すべての見解と名称と形態とを捨て去って、自らの欲望に振り回されずにおれ。」
ヴァッカリ・ゴーサラは瞬時にブッダの究極の理法の根幹を理解し、表象されているものすべてがたちどころに光出した。 ヴァッカリ・ゴーサラは言った。 「ブッダさま。私は、人間の心臓に突き刺ささっている毒矢が一体何なのか、今ここではっきりと分かりました。」
師は答えた。 「ヴァッカリ・ゴーサラよ。世界を空なりと観ぜよ。そして、心臓に突き刺さっている毒矢を抜き去れ。そうするなら、そなたは二度と苦しみの生存に舞い戻ることはあるまい。」
次の瞬時、ヴァッカリ・ゴーサラの視界が全面に開けてきた。 ヴァッカリ・ゴーサラは、最も重要なことは単純なる道理であるということをそのときに知った。そこには難しい哲理など何もなく、奇跡や啓示さえもない。その理法を真に知ったその時点でー ブッダの理法とは苦を滅尽させるための手法なのであるがー 、ヴァッカリ・ゴーサラは、自らがすでにニルヴァーナの只中にあるということを体感していた。 ゴータマ・ブッダは、ヴァッカリ・ゴーサラの穏やかな顔を見てニッコリ微笑んだ。 ブッダは、「よし」と言った。 ヴァッカリ・ゴーサラとゴータマ・ブッダが着ていたボロ切れの服がそよ風に揺れていた。 |

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