ここから本文です

書庫西ポーランド

ポーランドで買ってきたガイドブックをいろいろ読んでいて、ある国境の町が目に留まりました。
 
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/79/Lage_kostrzyn.PNGコスチシン・ナド・オドロン、歴史から消えた町。
 この名称にはオドラ河畔のコスチシンという意味がありKostrzyn nad Odraと書きます。
13世紀から歴史がある都市でしたが、大戦中に現在ポーランド領にある都市のなかでももっとも大きな破壊を受けた場所といわれてます。
1945年1月31日にソ連軍がやって来たと同時に住民のほとんどがドイツに避難し、コスチシンの市街地はベルリン攻防のための前哨線として独ソ両軍の激戦が3月まで続きました。


その間に建物の約95%が破壊され、現在も再建されないまま今まで残っています。

かつてこの町は16世紀に建造された堅固な要塞と堡塁に守られた難攻不落な都市として知られていました。その要塞はナポレオンが現れるまで一度も落とされたことがないというものだったとか。1990年になってやっと雑草を刈り取って現在の廃墟が「見える」ようになったそうです。

 
イメージ 1
写真右上のマップはかつての町の姿

コスチシンの市街地のバーチャルツアーはこちらから 


(2013年1月16日情報追加)
 

  • どの辺りにあるのかしら。街に入口にホテルはあるみたいなのでどうにかすれば行ってみたりできるのでしょうか。

    コニー

    2012/1/13(金) 午後 1:01

  • この町はワルシャワからベルリンに抜ける道路E30でドイツ国境まで行き、国境沿いに北に30KMほど行ったところにあります。もし当局のポーランド観光マップをお持ちでしたら、ドイツのDのマークの右横にあります。この町は真ん中を流れていた川で2つに分断された町で、今住んでいるのは戦後に東部ポーランド(現在のウクライナ)から移住してきた人たちだそうです。

    ポーランド政府観光局

    2012/1/13(金) 午後 3:22

  • 列車と自転車でどうにかなる場所でしょうか・・ ^ ^ ;;(←アクセルが踏めない人で・・)

    コニー

    2012/1/13(金) 午後 8:24

  • こんばんは。
    ドイツ人にとってはこの町は悲劇の町です。
    このキュストゥリン(ドイツ名)と言う町は本当に歴史に翻弄された町だと言えるでしょうね。
    今から20年ほど前にこの国境を通ってみようとワルシャワからベルリンに変える途中、わざわざ遠回りをしたことがあります。
    国境付近は全く荒れ果てていて、とても寂しいところでした。
    今は変わっているのでしょうけど・・・

    ゴロー・O

    2012/1/13(金) 午後 11:48

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
ポーランド政府観光局
ポーランド政府観光局
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン

みんなの更新記事