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皆さんはご存知でしょうか?実は、このマルボルク城はヨーロッパ最大のゴシック城郭建築なのです。 この城の原形となる部分が築かれたのは13世紀のことでした。14世紀には大食堂Wielki Refektarzと総長の館Palac Wielkiego Mistrzaが増築されました。その後、難攻不落として世に知られるようになったマルボルク城は強大なドイツ騎士団修道会の本拠地として修道会国家の首都となったのでした。 ところでマルボルクにいたドイツ騎士団とはどんな団体だったのでしょうか? ここの騎士団は、12世紀にパレスチナを巡礼する信徒を守るために組織されたカトリックの修道会でした。何度も本拠地を失いながら、13世紀前半にポーランド王からの要請を受けてバルト海沿岸地域の守備を行うようになりました。武力によるキリスト教化を教皇に認められた騎士団は半世紀以上をかけて原住民のカトリック化政策を行い、領土を広げていきました。 マルボルクを首都とした騎士団国家はハンザ同盟都市と深く結びついて14世紀に最盛期を迎えましたが、次第に主要都市の反感を買うようになり、1410年にポーランド・リトアニア連合軍との大合戦「グルンバルト(タンネンベルク)の戦い」に敗れた騎士団は衰退の一途をたどってゆき、やがてポーランド王国の支配下に入りました。 第二次世界大戦中、マルボルク城にはドイツ軍が立てこもり、ソ連軍との戦闘中に城郭の大半が破壊されました。戦後になって再建築された城は昔と同じ赤レンガで造られた中城Zamek Sredniと高城Zamek Wysokiの城壁、やぐらや門が連なる防壁から構成されています。城内には中世の時代には革新的な技術であったと思われる仕組みがいろいろあり、当時のセントラル・ヒーティング設備などにはみなさんもきっと驚かれることでしょう。 床下暖房の装置 歴代の総長の像 この要塞の大きさを把握できるのはノガト川側から眺めた時かもしれません。ノガト川から見たマルボルクの城の荘厳な美しさと規模には圧倒されます。城内には城塞博物館 Muzeum Zamkoweがあり、かつての騎士たちの武具、琥珀、磁器 |
北東ポーランド








初めまして!ポーランドの歴史、あまり知られていないので、
興味津々です。ポーランドの中世、特にモンゴル帝国との関係
に関心あります。リーグニッツ(ワールシュタット)の戦いの
リーグニッツで催される、この当時を再現したお祭りが
あるとか?時期は何時でしょうか?
また、モンゴル帝国侵攻当時の記念教会が保存されているとか?
インターネットにもあまり掲載されていません。
何か情報があったら教えて頂けないでしょうか?
[ ousyuehon ]
2013/8/22(木) 午前 9:15
レグニツァの戦いは2年前に770周年記念ということで、戦いのシーンを再現してイベントが開催されたようですが、毎年恒例のイベントかどうかは確認ができませんでした。2年前の様子はこちらに動画がありますのでご覧いただけます。http://youtu.be/AKFy5_J8dqQ
2013/8/22(木) 午後 6:29
ポラねこさん、有り難うございました。絵本を携えて
欧州を放浪する読み聞かせ吟遊詩人のオオカミさんより。
[ ousyuehon ]
2013/8/22(木) 午後 8:00