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書庫グダンスク・トルンと近郊

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1825年8月、ショパンは友人宅のあったシャファルニア滞在中に当時「外国」だったトルンにも足をのばしています。
ポーランドの生んだ大天文学者ニコラウス・コペルニクス(1473−1543)の生家もドイツ人が住んでいるということを知り、国を愛する血気さかんな少年は複雑な気持ちを味わったのでした。トルンの歴史は1233年までさかのぼり、ポーランド国内でもとびきり美しい街並みと建築を誇り、現在では中世都市トルンとして世界遺産に登録されています。
 町を歩くと、レンガの赤色がひと際目立つチュートン騎士団の城址がみえてきます。かつてこのドイツの騎士団はポーランドの北部を制覇した一大勢力として、この地域の利権を握っていました。しかし、1454年それに不満をつのらせたトルン市民は蜂起し、騎士団の城を破壊したのです。そうやって騎士団は敗退を続け、ポーランド王国へ帰属したトルンは、その後いっそう繁栄したのでした。黄金時代に建てられた建造物は現在もよい状態で保存されていて、世界のゴシック建築指折りの傑作に数えられています。
 フェンゲル宮殿に滞在してフレデリックが歩いてまわったトルンの光景も、今とほぼ変わらなかったことでしょう。けれど、トルンでフレデリックが一番惹かれたのは、トルン銘菓ピェルニクだったようです。ピェルニクは頑固に中世の伝統的な製法で作られるナツメグやシナモンなどが織り込まれたハチミツ入りの焼き菓子です。

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