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                                                    地底湖

世界最古の岩塩坑ヴィエリチカの歴史は13世紀にまでさかのぼります。ここで産出される岩塩は白い金といわれて、何百年ものあいだポーランドに富をもたらしてきました。岩塩は貨幣と同じ価値をもっていたのです。

このヴィエリチカの岩塩坑はポーランドではもっとも人気のある観光地のひとつになっています。700年以上にわたる岩塩の採掘の結果、ヴィエリチカ岩塩坑の深さは地下327メートル、全長は300キロ以上にもおよび、採鉱の結果できた空空間はじつに2000以上もあります。

 観光客が入ることができる場所は限られていますが、20以上の部屋や礼拝堂をめぐる3.5キロメートルの見学ルートがあります。見事な装飾をほどこされた礼拝堂、うっとりするような地底湖、残されている採鉱作業場は、数百年にわたる塩鉱での仕事がどういうものであったのかを垣間見せてくれます。
 鉱夫たちは仕事の合間に安全を願い、岩塩に様々な彫刻を刻んできました。まるで専門の彫刻家の作品のように見える美しい彫像やきらめくシャンデリアなど数々の作品を残してきました。
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  見学のハイライトは聖キンガ聖堂

 このヴィエリチカの地下では、会議、パーティー、結婚式や大晦日に開催される舞踏会、スポーツ大会などのほか、音楽会も開催されています。また、喘息など呼吸器の疾患やアレルギー症状に悩む方のための世界初の地下サナトリウムも岩塩坑の奥深くにあり、専門医や専任インストラクターがついて症状緩和のためのプログラムが実施されています。これには日本からも申し込みをすることができます。

 岩塩のお土産なら岩塩坑の見学の最後にショップがあり、食塩からバスソルトまでヴィエリチカグッズをお求めいただけます。
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        坑内の塩分を多く含む空気の中でフィットネス

クラクフの中心からわずか30分ほどでアクセスもかんたん。快適な列車やバスで気軽に足をのばせる世界遺産としておすすめします。

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グダンスクは、ヴィスワ川がバルト海にそそぐ河口のデルタ地帯に発達したグダンスク湾を望む都市です。13〜14世紀には、バルト海沿岸地域の貿易を牛耳ってヨーロッパ北部経済圏を支配したハンザ同盟の一員として繁栄を誇り、現在もポーランド北部の顔といえる歴史・文化・観光の拠点都市です。
このグダンスクとリゾート地のソポト、そしてポーランド最大の港湾都市グディニアはまるで三つ子のように仲良く寄り添い、三都市で1つの港町文化をかたちづくっています。
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         中世の港町を彷彿させるモトワヴァ運河

グダンスクの歴史はその地理的要衝、経済的繁栄ゆえに政治的な争乱にいやおうなく巻き込まれた側面を持ち、その名もドイツ語化されて「ダンツィヒ」と呼ばれていたことがあります。
1939年9月1日、グダンスク港にある岬のヴェステルプラッテにナチス・ドイツが進行し、第二次世界大戦が勃発したことはとても有名です。毒素の激戦地となったグダンスクの歴史地区は80%が破壊されましたが、戦後になり「もう一度美しさを誇ったグダンスクの町を我々の手で」という市民の強い意志と努力によって、ハンザ都市グダンスクはがれきの山から美麗な中世の姿と誇りを取り戻したのです。
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           ドゥーガ通りのネプチューン像

運命に翻弄されながら、グダンスクの人々にはそれに屈せず、自由を求めて闘ってきた伝統があります。社会主義体制を終結させたポーランドン民主化運動の中心であった自主管理労働組合「連帯」がこの町で生まれたのは決して偶然ではなかったのです。
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ヴェステルプラッテの記念碑

「王の道としても知られているドゥーガ通りは長さ約500メートル、ポーランドでは珍しい街路型の広場。ここが旧市街地区のメインストリートで、かつての貴族たちの館や貴重な建造物が連なっています。国王のための外線パレード、犯罪者の刑罰執行、また市民の集会やデモなど多くの歴史的な出来事の舞台となった場所です。現在は名産の琥珀を売る露店やカフェ、レストラン、土産物店などでにぎわい、あっと驚くストリートパフォーマンスも楽しめます。

ワルシャワからは快適な特急列車で2時間半ほどでアクセスできる北の都。今年は758年目になる聖ドミニコ市(Jarmark Dominikanski)は7月28日から8月19日まで開催されます。

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織物会館

南ポーランドの主要都市クラクフは、ポーランドが世界に誇る「古都」であり、クラクフの町そのもの、その空気までも含めて、有形無形の文化財の宝庫といえばす。事実、ポーランドにおける最初のユネスコ世界遺産として町全体そのものが遺産に指定されました。
はるかな歴史、古い街並み、数多くの博物館を持つこの年はポーランド歴代国王の住まいであり、ポーランド文化の発信地でした。かつての国王の居城で戴冠式の場でもあったヴァヴェル城、ヴィト・ストフォシュ作の祭壇を備えた聖マリア教会、ヨーロッパ最大の中欧広場、かつて独特な雰囲気のあるユダヤ人街だったカジミェシュ地区、さらに有名なコレギウム・マイウスを持つポーランド最古のヤギェウォ大学があります。
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コレギウム・マイウス

 クラクフ旧市街には、中世の都市計画による建物配置がそのまま残っています。ユニークな形の公園プランティがある場所には、ぐるりと市街地を囲む防壁がありました。かつての堡塁のうち、フロリアンスカ門、数基のやぐら、突き出たバルバカンをもつわずかな断片が残っています。クラクフきっての交流の場になっているのは、4ヘクタールもある中央広場です。この周りに織物会館、聖マリア教会、聖ヴォイチェフ教会、旧市庁舎があり、さらにこれらを囲むのは、ほぼ中世そのままの姿を保っている石造りの中層住宅群です。

広場をかこむ小路には、市街の価値や雰囲気をつくるほとんどすべてのものがそろっています。まず何よりも、教会、修道院、宮殿、堅牢な住宅群、大学の建物といった貴重な史跡があります。また、芸術的価値の高い作品を集めた様々な博物館もあり、クラクフの36の博物館にはなんとポーランド全土の博物館の所蔵品の1/4を超える、200万点以上が保管されているのです。
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聖マリア教会と中央広場

ヴァヴェル城はポーランドにとって特別な場所であり、歴史の中の栄光と旧共和国の力を象徴するものといえます。趣のある王宮は16世紀初頭にルネサンス様式で建てられました。数多くの所蔵品で最も貴重なのは、ルネサンス期のブリュッセルの織物工房で製造されたタペストリーのコレクション。これは見逃せません。
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クラクフの語り尽くせない魅力は、ここにいる旅人の瞳を見れば明らかです。だれもがこの町の文化を、歴史を、味覚やアトラクションを心まで満喫し、去りがたい思いを抱えて帰ってゆきます。ひとたびクラクフに足を踏み入れ、その旅の途中に「ふたたびクラクフを訪れたい」と思い始めたら、もうあなたもすれ違う旅行者と同じ瞳の光を放っていることでしょう。
毎年開催されるベートーヴェン音楽祭、ユダヤ文化フェスティバル、短編映画祭、国際大道芸フェスティバル、そして古きよき時代へのノスタルジアにあふれるクラクフ音楽祭は、「クラクフ系」と呼びたくなるほどクラクフらしく、国際的にも評価の高いイベントです。

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世界最大のユダヤ文化フェスティバル

では「クラクフ系」とはどういったものでしょう?たとえば、カロル・フリチのデザインによる1911年完成の歴史的カフェ、ヤマ・ミハリカに一歩足を踏み入れれば、その答えはのずとわかってくるはず。アール・ヌーヴォーの内装はまるで世紀末のパリのムード、でもウィーン風の朝食を食べながら交わされるのは「クラクフ系」・・・・つまり、芸術、文学、そして恋についての話題は尽きることがないのです。
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1825年8月、ショパンは友人宅のあったシャファルニア滞在中に当時「外国」だったトルンにも足をのばしています。
ポーランドの生んだ大天文学者ニコラウス・コペルニクス(1473−1543)の生家もドイツ人が住んでいるということを知り、国を愛する血気さかんな少年は複雑な気持ちを味わったのでした。トルンの歴史は1233年までさかのぼり、ポーランド国内でもとびきり美しい街並みと建築を誇り、現在では中世都市トルンとして世界遺産に登録されています。
 町を歩くと、レンガの赤色がひと際目立つチュートン騎士団の城址がみえてきます。かつてこのドイツの騎士団はポーランドの北部を制覇した一大勢力として、この地域の利権を握っていました。しかし、1454年それに不満をつのらせたトルン市民は蜂起し、騎士団の城を破壊したのです。そうやって騎士団は敗退を続け、ポーランド王国へ帰属したトルンは、その後いっそう繁栄したのでした。黄金時代に建てられた建造物は現在もよい状態で保存されていて、世界のゴシック建築指折りの傑作に数えられています。
 フェンゲル宮殿に滞在してフレデリックが歩いてまわったトルンの光景も、今とほぼ変わらなかったことでしょう。けれど、トルンでフレデリックが一番惹かれたのは、トルン銘菓ピェルニクだったようです。ピェルニクは頑固に中世の伝統的な製法で作られるナツメグやシナモンなどが織り込まれたハチミツ入りの焼き菓子です。

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2005年に始まった「ショパンのふるさと」音楽祭Festiwal Muzyczny "W Krainie Chopina"はワルシャワに隣接するカンピノス国立公園周辺の20町村が舞台となって、6月半ばから約3か月間開催されます。いたずら好きな要請がひそんでいそうなカンピノスの自然のなかで生の音楽を楽しめる企画で、コンサートの入場は無料です。プログラムはピアノだけではなく、パイプオルガン演奏会、室内楽、ジャズ、音楽講習会なさまざまです。作曲家ショパンに創造の霊感を与え続けたマゾフシェの自然のなかでの音体験で、ショパンが生涯この地方を思い続けた理由がわかるかもしれません。

第14回「ショパンのふるさと」音楽祭
期間: 2018年6月22日〜10月7日の毎日曜日


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