ここから本文です

書庫東ポーランド

記事検索
検索

全1ページ

[1]

ルブリン(Lublin)城

ルブリン城の歴史は12世紀にさかのぼり、建築様式も工事の時代に応じて様々なものが混在しています。中世の騎士の時代から、現代までドラマチックな歴史の舞台となったルブリン城は歴史に関心がある方にはとても興味深い場所となるでしょう。

ルブリンについての情報は→ http://bit.ly/1KQBbO6 (当局公式サイト記事へ)

Bialowieza primeval forest part 1

ビャウォヴィエジャの原生林は、今からおよそ千年前に今野ポーランドとヨーロッパの低地の大部分を占めていた巨大な原生林の最後の一部分と言ってもよいでしょう。森林構成は2/3が広葉樹、針葉樹は1/3という割合で、今のヨーロッパの森林とはかなり異なっています。
ここに来るとポーランドの自然の豊かさという言葉がよくわかると思います。ユネスコはこの土地の価値を評価してビャウォヴィエジャの原生林を世界自然文化遺産リストと世界生物圏保護区リストに登録しました。
ベラルーシの〈ビェラヴィエシュスカヤ原生林〉国立公園とともに、世界に8つ、ヨーロッパに4つある、国境をまたいだ世界自然・文化遺産(World Heritage)の一つを形成しています。
イメージ 1


人間の手が入っていないマツやオークの森、湿原林、そして朽ちかけたハンノキやトネリコの森がそのまま残されています。木々のなかには今では希少になってしまった種も多数あります。ビャウォヴィエジャの原生林は「自然」という意味で最も価値のある全体の半分にあたるエリアが国立公園として保護の区域に入れられており厳重に保護されています。
その自然のままの森には1000種以上の維管束植物、200種の蘚苔類、ほぼ300種の地衣類と8500種の昆虫、250種の鳥類、300種の哺乳類が存在します。
特に注目したいのはヨーロッパ最大の哺乳類のジュブル(ヨーロ

園内には宮殿公園、自然森林博物館Muzeum Przyrodniczo-Leśne、希少動物の飼育センターもあります。この飼育センターでは放し飼いにされてたジュブルを見学することができるので、ビャウォヴィエジャに来たらぜひ立ち寄ってみたい場所です。
ッパバイソン)。ポーランドの人々の努力によって、絶滅寸前であったジュブルは20年以上の繁殖飼育の後、1952年に一頭目が森に戻って行きました。
自然環境保護の理由から、保護区では立ち入り制限があり、定められた道をハイキングするか観光ルートを馬車で行くことしかできません。 

ルネサンスの真珠
 ザモシチ旧市街 Stare Miasto w Zamosciu 1992年世界遺産登録

イメージ 1
                                               ザモシチのシンボルである優美な市庁舎


イタリア・ルネサンス薫るザモシチ―この美しい計画都市はヤン・ザモイスキJan Zamoyskiという一人の大貴族の理想から生まれました。イタリアに留学をしたザモイスキは、祖国にイタリアのパドヴァの街を模した都市を造ろうと考えたのでした。 
イメージ 4イメージ 5











     彩豊かな建物が続くザモシチ旧市街広場                                    大広場の周りを囲むアーケード

王都クラクフを脅かす存在になるはずのザモシチの建設にはわずか20年(1580〜1600年)しかかかりませんでした。設計者はイタリア人建築家ベルナルド・モランドBernardo Morando。モランドが宮殿、武器庫、聖堂参事会教会、市庁舎、広場に並ぶ石造の集合住宅などの主要な建物のすべてを設計し、ザモイスキの夢は実現したのです。
イメージ 2
ザモシチは、世界的にも類を見ない、都市計画と建築の集合体で、「理想都市」の考えに近いものです。よく「ルネサンスの真珠」といわれるのは、語りつくせぬ美しさと高い歴史的価値をそなえた作品とも言える建物群があるからです。そのような史跡は市内に数多くあり、すらりと塔がそびえる美しい旧市庁舎、広場は1階がアーケードのようになった石造りの建物に囲まれています。そしてその中にひときわ鮮やかな色と飾りが施されたアルメニア商人の住宅は目を引きます。広場に面したすべての建物は同じ高さとデザインにそろえられています。
(←アルメニア商人の家)

旧市街はその機能に応じて二つに分けられました。
東側は商業エリア、西側は文教エリアでした。商業エリアには外国の商人なども住み、エキゾチックな雰囲気をかもし出していました。文教地区には、高等教育機関が築かれ文化の香りが漂う街づくりが行われました。
イメージ 6イメージ 7
  ヤン・ザモイスキ像              ザモシチ旧市街の模型

旧市街にある司教座大聖堂の内部には、価値の高い芸術品が含まれています。ザモイスキ宮殿Pa?ac Zamoyskichとザモシチ・アカデミーAkademia Zamojskaは、建設当時のすばらしさがあせてしまいましたが、市内にある巨大な堡塁は圧巻です。所によっては7メートルの厚さがあることで知られています。その防壁は世界遺産に登録されたこの旧市街全体を取り囲んでいるのです。
イメージ 11
(←ザモイスキ宮殿)

落ち着いたたたずまいを見せるザモシチの町。瀟洒なホテルに滞在し、美しい史跡やアートギャラリーを巡ったり、観光イベントに参加したりといった十人十色の楽しみ方がある都市です。ポーランド東部に位置し、主要なルートからは少しそれていますが、だからこそ本当のヴァカンスが楽しめるのかもしれません。ザモシチの隣には、「自然の真珠」といわれるロストチェRoztoczeの景勝地帯があり、貴重な史跡群で知られるルブリンLublinも遠くありません。
イメージ 8イメージ 9イメージ 10
    ロストチェの麦畑                   クラスノブルトの修道院           ズヴィエジニェツの聖ヨハネ教会

【アクセス】
ワルシャワからバスで4時間半〜5時間半、1日4〜5便 電車で5時間15分、1日直通2便
クラクフからバスで6〜7時間 1日4〜5便、電車で7時間半、1日直通2便 ルブリンからバスで2時間、1、2時間に1便、電車で2時間20分、1日2便

ツーリストインフォメーション
 Zamosc Tourist Information Center Rynek Wielki 13 (市庁舎) tel.0-84/639-22-92, 
Email: zoit@zamosc.um.gov.pl
営業時間 5〜9月 平日8〜20時、土日10〜17時、10〜4月平日8〜16時、土日休 

みどころ

旧市街周囲の堡塁 ザモシチの周りを取り囲む堡塁は、この街がどのような要塞都市であったかを教えてくれるでしょう。堡塁が造られた当初は町の周囲には堀がめぐらされ、その堀を造る際に出た余分な土を積み上げて壁が築かれました。3ヶ所に簡単な出入り口が設けられ、都市の内側には広場が設置されました。その後、出入り口は堅固な門に立て替えられました。1866年にほとんどの壁が壊されましたが、2つのバスチオン(稜塁)やモランドが設計した旧ルブリン門Stara Brama Lubelskaは当時のままの姿をとどめています。

大広場Rynek Wielki

1辺が100mある正方形の広場には、広場を取り囲むアーケードや均整の取れた建物群が見事にマッチしています。広場の北には、ルネサンス様式、バロック様式の市庁舎がそびえており、その横にはザモシチ博物館があります。

兵器庫博物館Muzeum Arsenal

昔の兵器庫を利用した博物館で、17世紀の大砲類、銃器、剣、甲冑などが展示されている。月曜日、祝日の翌日を除く9:00 - 16:00
所在地ul. Zamkowa 2
イメージ 3
ザモシチ博物館Muzeum Zamojskie
大広場のそばにある、ルネサンスからバロック期にかけて作られた建物の中にあります。アルメニアの家と呼ばれるひときわ目立つ建物が博物館です。この建物は「北のパドヴァ」、あるいは「ポーランド・ルネサンスの真珠」と呼ばれた16、17世紀ザモシチを今に伝える代表的な建物です。
  月、祝の翌日を除く9:00 - 16:00   所在地 ul. Ormianska 30 

ロトゥンダRotunda
旧市街から500m。直径約50メートルの円形の建物で、壁の高さは約10m、厚さ7m。外敵の攻撃に備えて放射状に窓がついています。両大戦間期は弾薬庫として利用されましたが、第二次大戦中はナチスの監獄となり、非常に多くの犠牲者が出ました。内部は戦争の悲劇を伝える博物館となっています。博物館内には1939年から44年までのナチス占領時代の写真や資料が常設展示されており、周りにはここで非業の死を遂げた8千もの犠牲者を出したこの場所の周りは、犠牲者の墓地となっており無数の十字架が並んでいます。
イメージ 12イメージ 13

今日は、ポーランド南東部にある小都市ザモシチをご紹介します。

*ザモシチ旧市街 Stare Miasto w Zamościu

 この可憐な町は、中世の大貴族ヤン・ザモイスキJan Zamoyskiのアイデアから生まれました。
 宰相であり王国総司令官だった彼は、自らの地位にふさわしい居城をほしいと考えました。こうして築かれたザモシチの町は、ザモイスキが苦々しく思っていた王都クラクフを脅かす存在になるはずでした。町と同時進行して作られた巨大な砦はわずか20年(1580〜1600年)で完成したのです。全般を設計したのは、イタリア人建築家ベルナルド・モランドBernardo Morandoで、彼は宮殿、武器庫、聖堂参事会教会、市庁舎、広場に並ぶ石造の集合住宅などの重要な建物すべてを創りました。
 ザモシチは、世界的にも類を見ない、都市計画と建築の集合体で、「理想都市」の考えに近いものです。「ルネサンスの真珠」ともしばしば評されますが、それはこの都市に、ただならぬ美しさと高い歴史的価値をそなえた作品群があるからです。そのような史跡はザモシチに数多くあり、すらりと塔がそびえる美しい旧市庁舎、一階のアーケードのような回廊が広場を囲む石造の住宅、そして、その中に混じって鮮やかに飾られているアルメニア商人の住宅などが目を惹きます。司教座聖堂では、価値のある芸術作品を見ることができます。現代の役割に順応したザモイスキ宮殿Pałac Zamoyskichとザモシチ・アカデミーAkademia Zamojskaは、かつての素晴らしさを失ってしまいましたが、町を取り囲む最大で7メートルの厚さがある巨大な防壁は圧巻です。
 落ち着いたたたずまいを見せるザモシチの町。瀟洒なホテルに滞在し、美しい史跡やアートギャラリーを巡ったり、観光イベントに参加したりといった十人十色の楽しみ方ができるザモシチ。ポーランド東部に位置し、ワルシャワ―クラクフといった主要なルートからは少しそれていますが、観光客でごったがえしていないからこそ、落ち着いて本当のヴァカンスが楽しめる町なのです。ザモシチの隣には、「自然の真珠」といわれるロストチェRoztoczeの景勝地帯があり、貴重な史跡群で知られるルブリンLublinも遠くありません。

 ザモシチへの鉄道でのアクセスは残念ながらあまりよくありません。
ワルシャワ中央駅17時15分発、ザモシチ着22時30分
クラクフからだと10時30分発17時48分着、または16時30分発、23時15分着
約6時間強かかります。
ポーランド国鉄のタイムテーブルはこちらでトーマスクックよりずっと詳しいものが検索できます。
→ http://rozklad.pkp.pl/bin/query.exe/en

全1ページ

[1]

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
ポーランド政府観光局
ポーランド政府観光局
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事