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オレはその男のビデオを三度見たことがあった ひとつは1985年 ひとつは1994年そしてもうひとつは1996年
この男の変貌たるや・・・
ファッションに敏感?それとも気まぐれ? あとは女が変わった?
その日オレはいつものようにルアーを操ってた その男は500メートル先からオレの視野に入っていた 男は何の変哲もない都会の人工の砂浜でしきりにカメラのシャッターを押し続けていた
男が撮っていたもの 流木 サギ 韓国製のオイルタンク 嫌な臭いのする打ち上げられた海草 誰かが投げ捨てたコンビニのカラの弁当
男はオレの3メートル先に来た時カメラのレンズに蓋をした
「なんか当たります?」
オレがルアー巻上げ他のにチェンジしようとした時話しかけてきた
“一魚一会”のパープルのTシャツを着ていた
『こいつバサー?』
男は海を覗き込み言った
「けっこうニゴリありますね?シーバスですか?」
オレはライフベストのポケットから“KEITH”を取り出し火をつけながら答えた
「えぇ!」
午前8時半 近所の年寄り達が幾人か朝のジョギングをしていた 曇り 9月
「ベイトはいるみたいだけど緊張感がないですね こりゃシーバスいないみたいですよ」
オレは男の話を無視してメタルジグに変えた ピンク シングルフック
オレがメタルジグを投げ着底させようとロッドを立ててるとき男は話し始めた
「オレ9年間分裂したまま生きていたんですよ 精神疾患なんです」
メタルジグが着底した ラインがたわむ 音が聞こえた “コンッ”
「最初の兆候は幻聴だった オレはその頃CD店にいた ある商業施設の専門店街 古い建物のせいか天井は低く空調設備も不調 どんよりした空気がいつも立ち込めていた 回りには小さな店が軒を連ね その各店からはBGMが大きな音を立て鳴り響いていた
最初の幻聴はオレに喝采を浴びせた
『カッコイイ』『ステキ』『世界一』
それをいちいち確かめるわけにはいかなかった 何処で誰が言っているのかわからなかった 狭い通路を迂回して到達する音 人々のざわめき ビルシステムの低周波 あっちからもこっちからもあふれ出す音の洪水
CD店にはアーティストのポスターが所狭しと貼ってあった それを見た奴等がそう言ってるのかもしれなかった それなのに何故オレはそれをオレの事だと思ったのか?自意識過剰?
オレはバンドをやっていた 十代の終わりから20年近く その頃はまだ教則本などは少なく上手くなるにはレコードを耳コピーするしかなかった 音の悪いスピーカーから流れるお気に入りの曲のフレーズを必死になって追った そうやってるうち無い音までもが聞こえてくるような気がした アーティストがわざと抜いた音 意識的に作り出された間
そこにさえオレは音を聞いた気がした
そんなことに気づくようになると音に意味を見出すようになる
『このチョーキングはギターリストの魂がクラッシュする寸前の叫びだ』とか
『この裏の スネアーにはドラマーの言いえぬ怒りがある』とか
ある音に勝手に意味づけしていた
オレ達のバンドは 譜面を一切使わなかった どこかで誰かが間違おうとそのまま曲を続けた ライヴに即した練習法だった そして即興 だから誰かの出した音に敏感に反応することを目指した
「音のキャッチボール」年上のヤツはそう言ってた
その影響があったのかもしれないオレが幻聴を聞き出したわけには・・・
TO BE CONTINUED
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