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鐵の道を阻む者は滅すべし。

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 はぅ〜扶桑座です。なんだかんだで三段滝までの往復4時間、耐えてきました。徹夜&運転疲れが無ければこの程度でへばりはしなかったでしょうに・・・しかし、この日の夜に泊まるのは島根県浜田市(旧金城町)の美又温泉で、少なくとも1時間以上はかかるものですから、“苦行”から開放されたわけではありません。

 三段峡から芸北までの途中には、ホ○イトバレーティンマニなるスキー場がありましたし、ティンマニという集落もありました(嘘です)。しかし、芸北から金城方面に向かう国道186号は急カーブが連続しており、何回か線をはみ出しました。たまたま対向車がいなかったのが幸いでしたが、一歩間違えば、わしだけ天国に行き、他の奴らは地獄に堕ちていたに違いありません。

 さて、旧金城町役場が見えた辺りから向きを変え、今福という地区に行きました。まだチェックイン予定時刻まで間がありましたので、ここで今福線工事跡を見ることにしました。今福線とは、かつて浜田からこの今福地区までを結ぼうと計画された国鉄線で、ゆくゆくは三段峡まで延びていた可部線と接続し、広島と浜田を直結する長大路線となるはずでしたが、国鉄の赤字がどうしようもなくなった皇紀2640年(昭和55年)に建設がストップとなり、以後建設が進む事は無く、挙句の果てに可部線可部〜三段峡が廃線となってしまったので、広島〜浜田を直結する鉄道は完全に瓦解してしまいました。

 見ることが出来たのは、今福地区に残っていたトンネルと線路敷を利用した農道、それに今福橋梁の跡ぐらいで、浜田方面への建設跡は残念ながら見ておりません。もっとも、浜田方面では後述するであろう広浜鉄道建設跡を少し見ることも出来ました。なお、今福線跡と広浜鉄道跡が交差するのがこの近くにありましたが、農家のおじさんに気をとられ、交差跡と今福橋梁の跡は撮影していないのが悔やまれます。

 それでは、一度も列車が通る事無く無用の長物となってしまった今福線トンネル跡の画像をどうぞ。それではごきげんよう。

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    今福と三段峡の間にも今福線の痕跡があります。浜田市旭町丸原のトンネル2本と橋梁3本、安芸太田町松原の三段峡トンネル試掘抗1箇所、安芸太田町川手の三段峡トンネル試掘抗1箇所、北広島町川小田の買収済み用地が主なものです。安芸太田町川手の試掘抗は現在こんな感じになってます。→http://www.chugoku-jozo.co.jp/shohin/togo.htm 削除

    [ 牡丹鍋 ]

    2006/10/9(月) 午前 8:32

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    >牡丹鍋様、今福線についての詳細な御教授を大変ありがとうございます。わしは聞きかじり程度しか知らなかったもので、一部は思い違いもあったようでして、ご迷惑をおかけしました。三段峡と今福の間にも未成線の跡があるとのことで、見に行く前にもっといろいろ調べておけばよかったなと思っております。改めていろいろとありがとうございます。

    扶桑座

    2006/10/9(月) 午後 1:47

    返信する

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