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第30回NAHAマラソンの詳細その5です。
奥武山公園、沖縄セルラースタジアムが見えてきました。
ここまで来れば陸上競技場のフィニッシュ地点はもう少し。
ところで、僕はサブ4を狙う本命レースを2015年3月に控えており、
この2014年12月のNAHAマラソンはまだトレーニングの時期でした。
しかしこの足が出来あがっていない時期にもかかわらず
調子に乗って、ついうっかりレース後半にペースアップ…。
しかも、NAHAマラソンは激しいアップダウン続き。
気付かぬうちにヒザにかなりの負荷がかかっていました。
写真の辺りを走っている頃には
かなりヒザが痛かったハズ…。
レース前半はのんびり写真撮ってファンランしていたんだから
後半どれだけ頑張ったところで記録が伸びるワケじゃありません。
そんなことは分かっているのに…。
でも、頭がとにかく前へ前へ、と気持ち入ってしまってて。
純粋にこのレースをただ走りたい!…そんな心境。
もうフィニッシュすることしか考えていませんでした。
最後は両手を上げて笑顔でフィニッシュ!!
写真はフィニッシュゲートを通過してから撮影しました。
後に大会サイトに記録されている
通過地点ごとの順位を確認したところ…
スタートから25kmまで写真撮りながら
ゆっくりファンランしていたので
さほど順位に変動はありませんでした。
どれだけ走っても走っても、結局、写真撮影に止まるもんだから
少し前に追い抜いたハズのジョガーにまた追いつかれる始末。
その後も何度同じジョガーと抜きつ抜かれつを繰り返したことか(笑)。
ところがデジカメをポケットにしまって
走るモードに切り替えてからというもの
周りのジョガーを片っ端からごぼう抜き。
なんと25km以降、フィニッシュまでに順位が5000位も上がっていました。
3万人規模の大会で後半だけで一気に5000人抜くって我ながらビックリ。 ただし、調子に乗って走った代償(ヒザ関節痛)は高くつきましたが…(苦笑)。
でも、念願だったNAHAマラソンに参加しフィニッシュしたことには満足。
フィニッシュ後、その場ですぐに発行して頂ける完走証。
NAHAマラソンの完走証は沖縄伝統の紅型デザイン。
とてもセンスの良く、ぜひ欲しかったものです。
嬉しいなぁ。
そしてこれは沖縄の大会ならではの
サービス(有料ですが)かも知れませんが
その場で完走証のラミネートもしてくれます。
せっかくなのでラミネートもお願いしました。
印字された記録はベストに程遠いものですが
この完走証は宝物になりそうです。 琉球ガラス製、NAHAマラソンの完走メダル。
これも完走証同様、いやそれ以上に欲しかったもの。
しかもデザインが第30回記念大会仕様です。
この完走メダルが欲しくてNAHAマラソンに
参加したと言っても過言ではありません。
ボランティアさんに首から下げて頂きました。
憧れのNAHAマラソンの完走メダル、ついにゲット!
これも宝物の仲間入り。
大会はたくさんのボランティア、応援の方々に支えられています。
奥武山公園に入ってから陸上競技場のフィニッシュまでの最後の道のりは
たくさんの学生のボランティアがずら〜っと並んで精一杯応援してくれていました。
何度も言っていますがこの時はアドレナリン出まくりで
走ることに精一杯のため写真こそ撮っていませんが、
本当にこのラストのボランティアさんの応援は嬉しかったです。
ヤバかった…ホント感動で込み上げてくるものがありましたよ…。
本当にありがとうございました!!
皆さんの応援、力になりました!招待選手として参加していた埼玉県庁の星・川内優輝選手。 僕がフィニッシュして完走証・完走メダルを頂き、
預けていた荷物を受け取ったちょうどその時に
運良く川内選手のインタビューが始まりました。
すると一気にギャラリーが集まること(笑)。
僕もすぐにそばまで行って一番前で川内選手の話を聞くことができました。
写真もたくさん撮らせて頂きました。
NAHAマラソンのキャッチコピーは「太陽と海とジョガーの祭典」。 でも川内選手に関して言えば「ジョガー」ではなく
「ランナー」という言葉がピッタリですね。
* * * 「ジョガー」、「ランナー」という呼び方だけでもニュアンスが変わってくるように
マラソンへの取り組み方、楽しみ方は本当に人それぞれですよね。
今回、僕は当初「ジョガー」としてファンランするつもりが
うっかり「ランナー」の血が騒いでしまいました(遅いなりにw)。
結果、ヒザ関節を痛めると言う事態を招いてしまいましたが…。
おかげで2015年3月予定の本命レース出走が怪しいですが、後悔はありません。
本命レースに参加できなくても、しっかりヒザを治せばまた記録には挑めます。
むしろ場所柄、簡単に参加は難しいNAHAマラソン。
このレースでの出走は数年越しの夢でした。
もともと記録は二の次でしたからフィニッシュしただけで満足です。
うちなーんちゅ自慢のお祭りレース、肌で感じることが出来ました!
* * * とは言っても、やっぱり怪我はしないに越したことはありません。
ベストを狙うにしても、のんびりファンランするにしても、
しっかりコンディショニングしてレースを楽しみたいところです。
素人ランナー小助、春にはマラソン5年生になりますが
奥の深いマラソン、まだまだ学ぶところが多いです。
何はともあれNAHAマラソン、本当に最高でした!
機会があればぜひまた参加したいです!
ただし大会前日の…いや大会当日の朝2時半まで飲んでから
42.195kmに挑むのはもう止めておこうかな(笑)。
RICOH CX5 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
- run -
1/20tue. - 1/25sun. 休息。
本日ハーフマラソン大会のボランティアとして参加してきました。
詳細は後日。
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第30回NAHAマラソンの詳細その4です。
ひめゆりの塔ちかくで振る舞われる沖縄そば。
有名なNAHAマラソン名物の私設エイドです。
食べやすく紙カップサイズで提供してくれます。
絶対に食べようと決めていた念願の沖縄そば!
美味しかった!ありがとうございます!!
…ただし、もうお腹がタプンタプン…(苦笑)。
沖縄そばの私設エイドすぐとなり、「ひめゆりの塔」。
沖縄戦で亡くなったひめゆり学徒・教師の鎮魂のための慰霊碑です。 戦争で沖縄では県民の4人に1人が犠牲になったそうです。
当時、看護婦として働いていた女子学生たちが多数亡くなったとのこと。
ここではたくさんのジョガーがコースを外れて
献花台まで手を合わせにいらっしゃっていました。
僕も少しの間ではありますが、手を合わせてきました。
決して忘れちゃいけませんね。
宮古島には「宮古まもる君」と呼ばれる警察官型人形があります。
宮古島警察署管内にあたる宮古列島の道路などに設置されているそうです。
2011年現在19基が設置されており、全員が兄弟と言う設定。
「宮古まもる君のうた」なるCDも発売、宮古島市より特別住民票も交付(笑)。
今では観光客にも人気で撮影スポットにもなっているとか。 で、上の写真。
おそらく「宮古まもる君」を模して造られたものでしょうね。
知らなければちょっと奇妙にしか見えない人形…。
ちなみに本物の「宮古まもる君」はもっとリアルでキモイです(笑)。
良かったら検索してみて下さい。 写真は30km地点。
実は25kmあたりを過ぎた頃から景色も単調で
撮りたいモノもなくデジカメも一旦ポケットに。
ところがデジカメをしまったことで、今度は走ることに集中してしまい
ランナーズハイとまでは言わないけれどスイスイと気持ち良くラン。特別速いワケでもなく、6分/km切る程度のペース。 しかし、これが結果的にいけなかった…。
足がまだまだ仕上がっていない状態で挑んだ42.195km。
だからこそデジカメ持って7分/kmペースでファンランだったハズなのに…。
フルマラソン後半を6分/kmペースは走れなくはないが
練習不足の僕の足にはかなりの負荷となってしまった…
…と、言うコトを当時の僕は知る由もない…。
ゆいレール「赤嶺駅」。 フィニッシュまで約3km程度。
レースも終盤。
ここで最後の長い長い上りがジョガーを苦しめます。
42.195km通してアップダウン激しいコースのNAHAマラソン。
20km地点の上りと、この最後の上りは確かにキツかった…。
しかも当初の予定通りゆっくりファンランで走っていれば良いものの
練習不足なのに調子に乗って実力以上に走ったために
この頃にはヒザがちょっとヤバい…ってコトに気付き始めた。
でも先の25km付近からアドレナリンが出ちゃってて止まれなかった…(苦笑)。
続きます。
RICOH CX5 |
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第30回NAHAマラソンの詳細その3です。
今回のNAHAマラソン、僕は大会前日に沖縄入り。
その大会前日の夜、うちなーんちゅの友人と集まって
気がつけば大会当日の朝2時半まで飲んでました(笑)。
睡眠もたった30分のみで、レースが少々不安でしたが
走り始めると意外にそんな不安も吹っ飛ぶものです。
まさに
なんくるないさ〜(笑)。
さて、 「YMCA」ゾーンのあるバイパスから南下。
写真は津嘉山あたりだと思われます。
およそ8、9kmといったところでしょうか。
コースを埋め尽くすジョガーの波。
これでは記録を狙うのは難しいかも。
およそ15km。 八重瀬町富盛。
完全に街中から外れ、さとうきび畑がアチコチに。
昨夜…いや、今朝まで一緒に飲んだ
うちなーんちゅの友人が沿道で応援しているとのコトで
ケータイのアプリで連絡しながら走っていたのですが、
細かい場所まで分からず知らない間に通り過ぎちゃったようです。
残念…。
507号線を終点まで南下し、331号線へ。 屋根の上からは沖縄の守り神シーサーが
ジョガーを見守ってくれています。
以前、沖縄に住んでいた小助。 当時、沖縄県の中部が活動拠点だったので
そんな僕にとって南部はほとんど見知らぬ土地。
前回の記事で紹介した所までは思い出の場所もありましたが
今回紹介している場所、風景は新鮮なところだらけです。
スタート当初、晴れていた天候は
この頃には曇りになっていました。
約20kmあたりかな。 写真撮りながらのファンランなので
さほどアップダウンは気になりませんでしたが、
19km付近の上りに関してはそこそこタフでした。
ここまで来ると今度は下りがメイン。
一度ここで止まってストレッチを挟みます。
上りより足へのダメージが蓄積されやすい下り。
NAHAマラソンはファンランで挑むとは言ったものの
過去に下りで痛い目にあっているのでこのあたり慎重です。
ハーフ(21.0975km)地点を越えた先にある 平和祈念公園の中間制限地点(21.3km)。 ここをスタートから3時間15分以内に通過しなければ
足切りとなりレースを続けることが出来ません。
ここは沿道の応援の方がよりたくさんでとても賑やか。
エイド(給水・給食)もたくさんあったようですが、
この先にあると言うNAHAマラソン名物「私設エイドの沖縄そば」が楽しみで
ここはあえて見向きもせずスルーしました。
* * * ところで先ほど残念ながら会えなかった友人と同じく
今朝まで飲んだもう一人のうちなーんちゅの友人とも約束をしていました。
22km過ぎあたりで友人のダンナさんとお母さんがジョガーを応援しているそうで、
友人から「そこで二人が応援してるハズだから必ず声かけてやって。」との指令。
いや会ったこともない方を見つけて声をかけろと言われても…しかもレース中やし(苦笑)。
お二人の特徴をざっくりと聞いていたので、なんとかお会いすることが出来ました。
(「背が高い」とかホントにざっくり・笑)
ここでお二人からおにぎりとスポーツドリンクの差し入れ。
早速、その場でおにぎりを美味しく頂きました。
そして何を思ったか手に持って走れば良いのに
ここでスポーツドリンク(300g)まで一気飲み(笑)。
ヤバい…お腹がタプンタプンに…(汗)。
お二人にお礼を言って再スタート。
しまった…沖縄そばのためのお腹の余裕が…。
いや、それ以前に走れるか?(笑)
続きます。
RICOH CX5 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
- run -
12/19fri. - 12/22mon. ほか、休息。
12/18thu. 4km time 0:27:16
12/23tue. 8km time 0:58:09 右ヒザの状態を確かめるように恐る恐るラン。
…ダメです…。やっぱり重症…。結局、走ったり歩いたり。
これ以上はヤバい!って足が悲鳴を上げ始めているのが自分で分かります。
…はぁ…悔しい…あれほど怪我はしないように気を使っていたのに。1月のハーフはDNS(出走棄権)かな。
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第30回NAHAマラソンの詳細その2です。
NAHAマラソンの出走者は2万6905人。
スタートの鐘が鳴ってからGブロックの僕が
スタートラインを越えるまでに11分要しました。
万国津梁之鐘のそばにはスターターを務めた
プロボクシング元世界王者の具志堅用高さん。
前を通るジョガーみんなを笑顔にする人気者。
大会直前まで誰がスターターを務めるのか未発表でしたが、
第30回大会に相応しいゲストでした。
本人いわく、「みんな優勝目指して頑張って!」だそうです(笑)。
国道58号線、通称ゴッパチをジョガーが埋め尽くす。
沖縄の大動脈のど真ん中を走れるって良い気分です。
大阪マラソンで言えば、御堂筋を走るようなものでしょうか。
大阪マラソン落選ばかりで出たこと無いけど…。
神戸マラソンなら国道2号線ってところかな。
10年以上も前、沖縄に住んでいた小助。
毎日のようにゴッパチを車で走ったものです。
国際通りに入ります。
戦後の焼け野原から目覚しい発展を遂げたこと、
長さがほぼ1マイルであることから「奇跡の1マイル」と呼ばれます。
いつも車で大渋滞の国際通り。 今日だけはジョガーで大渋滞。
ここもずいぶん変わりました。
ヤシの木が植えられ、明るい御土産屋が増え、
通り全体がすごく華やかになった気がします。
僕がいた時はまだ国際通りに映画館(国映館?)があった頃。
国際通りの入口にベスト電器、沖映通りにダイエー。
当時、仕事でこのダイエーで働いたこともありました。
あ。ちなみに平和通りで働いたこともあります。
ほんの数日、しかも数時間だけですけどね。
今となっては貴重な経験をしていました。
国際通りからひめゆり通りを経由し、国道507号線へ。
以前はこの道も国道329号線(通称サンニーキュー)でしたが、
いつからか古波蔵〜上間交差点が507号線に変わったようです。
このサンニーキューも毎日のように車で通った道。
もうさすがに年月が経っているので懐かしさも薄れてますが。
このサンニーキュー、那覇市から南風原、与那原、西原、中城村、沖縄市まで
当時、目をつぶっても走れるくらいの庭みたいな道路でした。
思い出いっぱい詰まった道です。
ちょっと感慨深くなってみたり…。
あぁ、昔そこでパトカーに止められたぁ…(笑)。
約7km地点。
NAHAマラソン名物、有名な「YMCA」ゾーン。 大音量の歌(Village People)に合わせ、
ジョガーみんなで「YMCA」を踊ります。
またMCが盛り上げ上手なこと。
「無駄な体力ありがと〜!」
「あとたったの35kmで〜す!」
ジョガーから笑いと拍手が起こっていました。
いかにもお祭り。
この雰囲気良いなぁ。
続きます。
RICOH CX5 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
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12/16tue. - 12/17wed. 休息。
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2014年12月7日(日)、NAHAマラソン当日の朝。
国道58号線。
通称「ゴッパチ」。
多くのジョガーが会場となる奥武山公園へ向かいます。
宿泊ホテルから徒歩圏内なので、僕も歩いて会場へ。
ゴッパチのスタート地点には「万国津梁之鐘」が。
万国津梁とは「世界の架け橋」という意味だそうです。
NAHAマラソンのスタートはピストルの号砲ではなく
この万国津梁之鐘の音が合図となります。
奥武山公園に着きました。 スタートを待つ整列地点にはジョガーがチラホラ並び始めています。
スタートの整列順は予想フィニッシュタイムの自己申告によります。
写真は最前列の「A」ゼッケンのジョガー整列地点。
中央のボランティアさんが持つプラカードを見ると
Aブロックに並ぶジョガーの人数はたった999人。
とんでもない走力の持ち主の方々なんでしょうね。
荷物を預けるためにサブグラウンドへ。
会場内はすでにお祭りの様相。
なんだかワクワクします。
荷物を預け、あとは整列地点へ向かうだけですが、
ちょっと寄り道して沖縄のラン友・らんふぉさんにご挨拶。
お互いの健闘を祈って、さぁ!整列です!
フィニッシュタイム約5時間で申告した僕のゼッケンは「G」でした。
結構、整列時間ギリギリにここへ来たので少し焦りました。
もうあと数分で入口を封鎖され最後尾に回されるところでした。
まぁ、今日はファンランなので最悪最後尾からのスタートでも良かったのですが、
いざ入口が封鎖されるギリギリだと知ると意外に気持ちが焦ってしまう(笑)。
ウワサには聞いていましたが、ここは「G」ブロックにも関わらず
確かにもっと後方に並ぶべきはずの「G」でないジョガーがチラホラ…。
またアジアの某国の団体さんが入口を封鎖されたにも関わらず
平気な顔で柵を乗り越え何人も列に割り込んでいました。
アジアの隣国にはいくつか日本と関係がよろしくない国もありますが、
この方々は日本と友好な国のジョガーのみなさん。
外国まで来てるのにマナーくらい守りましょうね。
せっかくのイメージが悪くなりますよ。
* * *
それでもボランティアさんはかなり頑張ってくれていて
こういった所の制限を例年以上に厳しく取り締まっていたそうです。
本来、うちなーんちゅだけのお祭りだったNAHAマラソン。
良くも悪くも、てーげー(適当)なユルイ大会だったそうです。
それが近年のマラソン人気に伴い内地のジョガーも多数参加するようになり、
どうしても内地のような大会同様に厳しい措置にせざるを得なくなってしまった。
内地の人間にとっては当たり前の措置もうちなーんちゅにとっては窮屈なものに…。
しかも今回、エントリーが大会初の抽選方式に。
本来出たかったハズのうちなーんちゅが多数涙を飲むことに。
せっかく当選したNAHAマラソン。
感謝して走らなきゃいけませんよね!
さぁ、いよいよ沖縄での42.195kmスタートです!
続きます。 OLYMPUS E-5 ZUIKO DIGITAL 14-54mm F2.8-3.5 Ⅱ
RICOH CX5
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- run -
12/13sat. - 12/14sun. 休息。
12/15mon. 4km time 0:22:49
今日も右ヒザの様子を確認するため軽くラン。 3kmを過ぎたあたりから違和感が出始めました。
先日は1kmを過ぎたあたりから違和感が出たことを思えば、ややマシになっているのでしょうか…。
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