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カネミ

カネミ事件風化させない 北九州市 市民ら座り込み40年

2010年8月28日 13:45 カテゴリー:社会 九州 > 福岡
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/fukuoka/20100828/201008280020_000.jpg
カネミ倉庫前の座り込みに参加する犬養光博さん(中央)ら参加者たち=28日午前8時半すぎ、北九州市小倉北区東港1丁目
 1968年に起きた国内最大の食品公害「カネミ油症」事件で、事件を問い直しながら企業責任を追及する市民団体「カネミ油症を告発する会」が、カネミ倉庫(北九州市小倉北区東港1丁目)前で毎月続けてきた抗議の座り込みが28日、丸40年を迎えた。この日も早朝から5人が姿を見せ、「事件には人間の本質的な問題が含まれる。風化させない」と誓った。
 座り込みは、ある油症被害者の死亡への抗議から70年8月に始まった。告発する会のメンバーで牧師の犬養光博さん(71)=福岡県福智町=たちが毎月第4土曜日の午前7時に集まり、12時間、座り続ける。
 カネミ倉庫は物流地区にあるため、冬は寒風が吹きすさび、異臭が漂う日も。それでも犬養さんたちが座り込みを続ける理由は、油症被害者の先頭に立って全国訴訟の原告となった紙野柳蔵さん(故人)の「無関心こそ公害殺人の加担者だ」との言葉があるからだ。
 

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カネミ油症問題における貴重な証言「テントの中から第2集」(紙野柳蔵発言集)という文書。433頁という大きく、重い文書である。
紙野さんのご家族が「得体の知れぬ奇病」にかかったのは、1963年3月であると言われている。その頃、家族全員(4名)と近所に嫁入り先の長女の家族全員(4名)に発症した。
近くの病院という病院で診てもらったが病名が分からぬまま数ヶ月が過ぎた。その年の10月10日の朝日新聞夕刊に「西日本一帯に奇病現れる」という見出しで、油症が報道された。
原因となったのはカネミ倉庫株式会社製の食用油であった。勿論、相当長い間会社側はそれを否定し続けてきた。その5年後(1968年)の、カネミ製油会社の社長は、自社の製品が原因であったこと認め


それ以後、長い長い闘争が続いている。この発言集は、この闘争の先頭に立ち続けている紙野さんの発言をまとめたものである。最初の文書は、1969年2月ごろに出版されたパンフ「私達は何故カネミライスオイルの為に苦しまなければならないか」に掲載された『油症患者は救われるのでしょうか』という短い論文である。

2018/10/28(日) 午後 5:55 [ 環境汚染・違法行為情報交換会 ]

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