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「取佩ける 太刀の光は もののふの 常にみれども いやめずらしき」 |
詩歌
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「取佩ける 太刀の光は もののふの 常にみれども いやめずらしき」 |
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長州藩における尊皇攘夷派の中心人物。松下村塾に学び、高杉晋作、吉田稔麿と共に村塾の三秀といわれた。安政5年(1858年)、京都・江戸に遊学し、安政の大獄によって松陰が刑死した後、尊攘運動の先頭に立つようになる。
元治元年(1864年)6月5日に起こった池田屋事変で多くの志士を失った長州藩は翌月挙兵、京都御所へ進軍して大坂到着後、天王山に陣を張る。久坂玄瑞は進軍に反対であったが、元治元年7月18日幕府軍と死闘を繰り広げる(禁門の変)。しかし久坂玄瑞率いる長州藩はこの戦いに敗れ、追いつめられ、鷹司邸の中に立てこもった久坂玄瑞は、翌19日に自刃する。鷹司邸内で火炎の中、愛刀の刃を自らの首筋にむけて掻き下ろした。享年25。
刀と言えば、世界に誇る美術的な価値の高い名刀と呼ばれるものを思い浮かべてしまいますが、現代に残されている幕末の武士の刀の多くは、痛みが激しいものが多いそうで、それらの刀が放つにぶい光には、幕末に短い命を散らした若者達の無念の思いが込められいるのではないでしょうか。
2008/2/4(月) 午前 0:31 [ e_dream21 ]