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芝居に、プロもアマもない
♯ ひっそりと復帰です
もう半年以上、ブログから離れていました。仕事の
環境が変わり、戸惑う日々が続いています。
あいかわらず、芝居は観ています。年間50〜60本の
ペースです。ブログの劇評を復活したかったのですが、
きっかけがつかめませんでした。
昨年の『歌わせたい男たち』のように書かずにはいられない
芝居にあえたら・・・。やはり、永井愛かな・・・。『やわらかい
服を着て』…『書く女』…。2本、新作を観たのですが、動け
ませんでした。
と、先々週の土曜日、14日。目眩をおぼえました。タイトルは
『DINIG』,アマチュアの芝居です。場所は、船橋市の宮本公民館。
1週間、頭の中でコロガシました。
♯ それは、コメディーで始まった
『DINIG』
屋代秀樹 作
キャスト 男1(父)
男2(娘の友人)
女1(母)
女2(娘) ※ 注( )の中は、筆者の補筆
ベルが鳴り、溶暗。闇の中で留守電、
――(女の声)ただいま留守に・・・ピーっと鳴ったら・・・
――(男の声)父です。夕がた帰ります。
幕が上がる。
中央にテーブル、椅子が3脚。やや下手に食器棚。隣には
緑色の物置、上に載った写真立てには家族3人が。
奥の部屋から出てきたのは、娘とボーイフレンド。
会話から、母と娘の2人暮らしなのが分かる。
台所から、物音、母の悲鳴。様子を見に行く、娘。
ひとり残された友人は、家族の写真を手にとる。
♯ もしかして、お父さん?
現れたのは、一人の男。リュックを背負い、手にも
荷物を持っている。
――ただいま。久しぶりだなぁ・・・
それは、声をかけた娘の友人の一言で、はじまる。
――もしかして、お父さん?
10年ぶりの、子どもとの再会!
――もしかして、マリ。女。
――性転換。……父さん、マリの気持ちを尊重する・・・
友人が何を言っても、<子ども>しか見えていない。
名前を告げても、
――安藤ヒサミツ?
おまえは、今日から父さんの息子だ。
菊池安藤ヒサミツだ!
マリが、現れる。
――ヒサミツ君のお父さん、新潟じゃあ・・・
――けさ、新潟から来ました。その前は、10年ほどロシアに・・・
また加わる、誤解。
♯ 理想の父
マリは、目を輝かせて語る。パイロットとして、
世界中を飛び回った父。何でもできて、正義のために
死んだ父。・・・・・・・・・。
父は、マリの心の中で生きる。残されたアルバムと、
母の思い出話の中で、「理想の父」として。
マリが見せる写真は、すべてアイコラ。その父の顔は
「松方弘樹」!
♯ あの娘に言ってること、みんな嘘なんです
母の口から、語られる事実。事業に失敗した、父。
借金を残して、逃げた父。
帰るという留守電。許すまいとする、母。手にするのは、
新婚時代の思い出の真珠。夫がいなくなってからも、ずっと
持ち続けてきた。
それを、見ず知らずのマスクの男に(実は父)あげてしまう。
それは、ともに暮らした生活を捨て、夫を捨てることだ。
――もう、ここは、あの人の家じゃあないから
娘と生きてきた、現実と虚構。いま、夫とのすべてを捨てた。
引きずってきた時間を、吹っ切って。この言葉は、深く、重い。
♯ おかえりなさい
すべてを知った、父。
――遭いましょうよ…お父さんは…あなだ1人なんです…世界中で…
この友人の言葉も、届かない。ひとり、失意のうちに去る父。
友人も、父の持っていた写真をマリに渡して、去る。
写真を見て、驚くマリ。
息を切らして、跳び込んでくる、父。
母と娘、2人の視線が、痛い。
――しゃ…写真を取りに…来ただけ‥なんだ…
やっと、切り出した言葉。
無表情の母。無関係な、物を見るような視線。父は、耐える。
耐える、耐える・・・いたたまれない。
マリが、呆然と立ち上がり、口をきる
――お父さん?
マリを見る。母を見る。やっと、絞り出した言葉
――ただいま
縋るように見つめる、父。母の表情は、変わらない。
張り詰めた沈黙…。…沈黙…。
母は、父から視線をそらせる。ゆっくりと正面を
向き、虚空を見つめ、つぶやく
――おかえりなさい
機械的な、感情のこもらない言葉。物を見るように、虚空を
見つめ続ける。
♯ 笑いの向こう側の≪毒≫
場内は、笑いが絶えない。勘違い・誤解から生じる、おかしさ。
意表をつく、展開。よく練られた、みごとなコメディーだ。
笑いは、最後まで仕組まれる。
娘の友人が、父を説得する、胸に迫るような場面でも
――マリちゃん、お父さんの話をする時、あんなに嬉しそうなんですよ…
――あれ、オレじゃないじゃん。松方弘樹じゃん…
この日、観客の多くは笑いに流された(ように見えた)。この芝居が
持つ本当の凄さ=≪毒≫に、気づいていない。
(注…毒は、ラディカルとも・現実への刃とも言い換えられる
かもしれない。
この日の観客は、それに理会するには≪若すぎ≫た。
あるいは≪幸せ≫すぎた。)
この芝居は、「父親とはなにか」「家族とはなにか」。現代の状況を
鋭くエグリ出す。父として、母として生きるとは…、そして子供は…。
♯ 「現代日本の父たち」!?
仕事に失敗し、借金を重ね、逃げ出した父。
これは、現代日本で「特殊な状況」ではない。企業のリストラ、
多重債務、離婚…。メディアには、これらに端を発する事件が
連日のように流されている。
この父は、普遍性を持った「現代日本の父」なのだ。
親子の関係は、どうだ。子育ては母親任せ、自身は仕事々々の
「働きバチ」。その結果、子供のことを、ほとんど知らない。
これも、よく見る光景だ。
父と娘の場合は、もっと深刻だ。思春期にさしかかった娘との
関係は、むずかしい。まともに話をできない父親もいる。
(注 これは、わたしには痛いほど解る。
とても、他人事ではない−苦笑―)
10年ほっといたら、娘が(性転換して)息子になっていた。
こんなバカな事を、大まじめに考える父。
戯画化されてはいるが、現代の父娘がここにいる。
♯ 家族の光景
長くなりすぎた。ラスト・シーンを、見よう。
ただいまと言った、父。父に背を向け、おかえりなさいと言った、母。
座ったまま、虚空(正面)を見つめる瞳。気怠く(けだるく)、
虚ろ(うつろ)だ。
父は緊張に堪えきれず、2人に背を向けて座る。落ち着かないまま、
シチューの皿に手をのばす。
娘は、2人の間に呆然と立ち尽くす。
母の語る<物語>と、アルバム。今まで、ずっと
バーチャルな世界(仮想現実)で生きてきた。
注(現代のメディアの浸透の中では、
こんな子供も、たくさんいる)
いま、初めて目の当たりにする現実。
たしかに、家族で同じ食卓を囲んでいる。父と母は異なる
方向を向き、交わることがない。
それを見つめる、娘。3人は、ここで生きていくしかない!
なんという、ラストシーンだ。日本の(多くの)≪家族≫を、
その現実を、鮮やかに切り取っている。
♯ 芝居に、プロもアマもない!
この芝居を演ったのは、高校生だ。もちろん、この芝居の
持つ≪毒≫、人物の心の闇を自覚的に演じている(ように
見える)。
快哉! 震えた。芝居にプロもアマもない。いいものは、いい。
そこには、≪芝居≫という表現があるだけ。
この芝居を演ったのは、船橋豊富高校。
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復活して嬉しいです!ずーっと待ってました。お芝居は観られてたんですねぇ〜。良かったー、なんかホッとしました。なかなか舞台を観に行けないので、またここで観た気分にさせてもらいますねぇ〜♪
2006/10/26(木) 午後 9:20
祝☆復活。懐かしいです、この独特の書き方。。そしてそう来たか〜と思いました。また気が向いたときにUPしてくださいネ。
2006/10/26(木) 午後 10:18 [ - ]
ご無沙汰しています!無事に復帰され、うれしいっす♪他のところのアマチュア演劇もがんばってるなぁ〜。私も頑張らないと!
2006/10/26(木) 午後 10:32
ロンロンさん、お久しぶりです。待っていてもらえたなんて、うれしいです。ちょとしたウラシマ・タロー状態です。お芝居、書き留めていきます。
2006/10/28(土) 午前 6:19 [ e_y*s*da55 ]
chobiさん、ありがとう。この芝居、どう思います。見た芝居はたまっていますが、無理をしないで書いていこうと思います。
2006/10/28(土) 午前 6:23 [ e_y*s*da55 ]
hozzyandnancyさん、ありがとう。この芝居、わたしの中では「今年のベスト○」に入る芝居です。
2006/10/28(土) 午前 6:27 [ e_y*s*da55 ]
はじめまして。ご訪問&コメありがとうございました!ホント独特の文調ですね、面白い♪言われること、よくわかります!私も随分前ですがBSで高校の演劇コンクールが中継されてた時があってそれを観た時、ある作品でかなりの衝撃と感動を覚え、忘れられないことがありました。いくら有名な演出家、役者が出てても素晴らしいとは限らない。ダメな時はダメとブログにも書いちゃってます(遠慮がちに…)。またちょくちょく寄らせて貰います!ぜひ続けて書いて下さい♪
2006/10/28(土) 午後 0:00
よく錬られたコメディってことで脚本が面白そうだなーと思いました。私は大劇場以外で見た初めてのお芝居が「12人の怒れる男」の高校演劇、素人なのにすごい入り込んでしまったのを思い出しましたわ。ウラシマ様、ドラマや映画でも下北ブームがありましたが、何か当たりはありましたか?
2006/10/28(土) 午後 3:02 [ - ]
ご復活おめでとうございます^^うれしいです!いつのまにか引きずられるように読んでしまいました。高校生がこういう演劇をするんですね。世の中捨てたもんじゃないなぁ、と思いました。
2006/10/29(日) 午前 8:29
になさん、コメントありがとうございます。芝居って、人によって違うから面白いんですよね。高校演劇でも、レベルの高いものもあります。同じ演目でも、プロよりいいなと思うのに会ったことがあります。60分という時間が、凝縮された緊迫感を生むのではないかと思います。
2006/10/30(月) 午前 5:16 [ e_y*s*da55 ]
chobiさん、それは演技力もあったのではないですか。12人は、オリジナルではなく、お手本があるからな。これはオリジナルで、演技も見事でした。・・・ハハ、下北ですか。そこではないのですが、今年の発見は青木豪さんでした。信濃町で「エスペラント」、また青木さんの作品を見たいと思いました。
2006/10/30(月) 午前 5:25 [ e_y*s*da55 ]
あんごさん、ありがとう。高校生で、ここまで深いのは、あまりないですね。力のある脚本と、深いところまで追求した演技。去っていく父が背中で演技していたのには、感服しました。1回こっきり、誰も見られないのが残念。あつ、あんごさん見たいですか、録画を持ってますよ。
2006/10/30(月) 午前 5:43 [ e_y*s*da55 ]
コメントありがとうございました。読んでるだけでまるで自分が見てるように想像できる記事ですね。また遊びにきます!
2006/11/1(水) 午前 10:21
そう言ってもらえると、嬉しいです。見たことがない人にも楽しめるように、表現しようとしています。いろいろ覗いてください。
2006/11/1(水) 午後 5:51 [ e_y*s*da55 ]
復活おめでとうございます。私がブログを始めたばかりのとき、ゲストブックに応援のメッセージを載せてくださり、とてもうれしかったです。実はその直後、私も仕事が変わり、ブログどころではなかった時期が1年以上続いていたのですが、なんとか落ち着いてきて、ブログも復活しました(笑)。私は年30〜40本(歌舞伎も合わせてですが)くらい観てます。またちょくちょく覗かせてもらいますね。
2006/11/6(月) 午後 1:07
やっと見られました^^ また連絡します
2006/11/11(土) 午前 0:58 [ 5の明かり屋 ]
復活してうれしいです。これからも楽しみにしています。
高校生とは思えないシナリオですね。自分が高校生の頃、上演していた台本はここまで練れていなかった。
でも、この舞台観が、今を取り巻く高校生のほんの当たり前の出来事で、ごく自然の流れで完成されたものだとしたら、私には見えない悲しい現実がたくさんあると言う事なんですね。
プロの台本より勉強させられます。
2007/6/1(金) 午後 8:47