「風呂上りの木工道」

北の国、岩手のカントリー工房から、手ぬぐい肩に夜空を仰ぐ、業界のあのカリスマ店長がお届けします。

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お金を出せば何不自由なく欲しいものを手に入れることが出来る時代にあって、今ことさら「手作り」が注目されています。供給過剰な時代背景だからこその現象でしょう。

つまり、お金を出して手に入れられる「物」は、それらがいずれも「商品」であり、「カネ」対「物」の取引結果であるという「つまらなさ」に気付き始めた所以と思います。

「自分で作り出す」ことは、いわば人間本来の営みであって、さらに「木工」には、自然回帰という壮大な意味が込められています。「手作り」の価値とは、単に「物を手に入れる」という物欲に止まらず、「作り出す感動」を付加します。

しかるに、商品である「物」に対し、「込められた愛情」の有無が絶対的に違います。「木工」は決して難しいものではありません。いかに「職人」や「工作機械」が、抜群の精度と技術と経験により生産した立派な「物」であっても、それを使用するのは私たち自身です。

せっかく傍らにあって、永く生活を共にする「物」であるなら、そこに「愛情と感動」が込められたものであった方が、より贅沢と言えるのではないでしょうか。「自分のために自分で作る」というこの贅沢は、味わったものでなければ解らない醍醐味です。限りある人生、本当の贅沢を味わいましょう。

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■総集編「情報」

手作り木工そのものが、いかに不変的なものと言えども、使用する道具類や金物類の開発進歩、流行情報、またこれから木工を始めたいという人々のためにも、常に新しい情報の入手は必要です。

いつの時代に編集されたか分からないようなお堅い解説本なら、探せばいくらでも出版されていますが、それがいかに難解で、しかも初心者をあざ笑うかの如き「おたく書」であるかはご想像の通りです。

カントリー系の木工関連誌では、ほとんどと言って良いほど「はじめての」とか「初心者のための」とか「簡単」というタイトルが付されています。それほどに、「木工」というジャンルは、いかに「専門的で難しいもの」という固定観念が強いかということが解ります。

「木工とは素人に手だし出来ない玄人の世界」として威張り腐る連中は抜きにして、そもそも小学校の授業から、こうした手作り木工の楽しさと必要性は、教育的観点からも取り入れられているのが事実で、それを職人気取りの一部連中のみの世界に閉じ込めてしまうのは、あまりにももったいないと思います。

そうした悪い傾向の原因には、仕上がりに完璧を求める志向と、安全性を含めた専門工具類の取り扱い知識、作業工程全般での制作知識や技術の不足に対する恐れに起因しています。

つまり、木工の醍醐味とは、自由な創作意欲を阻害せずに、その仕上がり具合よりも自身で作る工程自体に楽しさを覚えることが大切で、そのための知識や技術を解りやすく解説した情報を見つけることが必要です。そうした情報元となる愛読書を見つけることが、より木工を身近にするポイントとなります。

■総集編「手工具」

一言に手工具といっても様々あります。

代表的なところでは「ノコギリ」「カナヅチ」「サシガネ」「ドライバー」「カンナ」「ノミ」「ナイフ」「ペンチ」「研磨ブロック」等々ありますが、作品によっては、それ以外にも多数の手工具が必要となります。

比較的にカントリー系作品では、そうした必要とされる道具類は少ないのが特徴です。誤った道具の使用は厳禁ですが、必要以上に物が溢れている状況は、こうした道具類にも言えることで、必ずしも市販されているすべての道具が必要な訳でないことは、言うまでもありません。

少なくとも「あれば便利」という程度の道具は、言いかえれば「なくても影響なし」ということです。技術が上達するにつれて必要がなくなるような道具は、出来れば最初からないほうが良いと思います。

つまり道具とは、あくまで「それがなければ出来ない作業」だからこそ必要なのであって、「あれば効率的」な道具の使用は、「なくても出来る人」に向いているものです。そうした意味、その道具が有効的か否かの判断は、初心者には出来ないということです。

「中身」より「形」から入る傾向の強い昨今ですが、大人の商魂に踊らされて、中身の衰退著しい現代の子供たちを見れば解るとおり、つまらぬ道具によって振りまわされないためにも、正しい道具の選択と、その使用法、そして技術を身に付け知ることが、木工を長く楽しむために必要となります。

■総集編「電動工具」

カントリー木工誌上でも幾度か解説してきましたように、手作り木工での基本電動工具は、「ドリルドライバー」「糸ノコ盤」「ジグソー」「トリマー」の4機種です。

カントリー家具では、曲線ラインが多用されるため、その切断工具の充実が不可欠となる訳ですが、人には得手不得手がある通り、この「糸ノコ盤」対「ジグソー」の好き嫌いも、悲しいほど歴然としています。

つまり、「糸ノコ盤は得意だけれど、ジグソーはちょっと」とか、「ジグソーは好きだけど、糸ノコは苦手」というすみ分けがはっきりしています。

ともに、その人の技術がはっきりと表れる工具ですので、えり好みも否めませんが、やはり道具の基本は「適材適所」であることを認識しなければなりません。

果物ナイフで魚をおろす人や、出刃包丁でリンゴの皮をむく人の姿を想像すれば、出来あがる結果には関係なく、それがいかに「こっけい」であるかがお分かりと思います。某木工関連誌に「糸ノコ盤でもここまで出来る!音が気になる人にはお勧め」と題して、果物ナイフでも大魚をさばけるような、ふざけた特集を掲載していました。その担当エディターが、糸ノコさえ怖がって使えないことは、長年の付き合いから良く知っていましたので、きつく「カツ!」を入れておきましたが。

そうした間違った制作作業が、それのみに止まらず「錯誤の応用」として、工具を凶器に変え、また相対的技術も上達しないということを知っておかなければなりません。

道具は、己が指先の延長であり、同時に意思を持たない機械でもあります。目的に合った正しい選択と使い方によってのみ、その性能を発揮するものです。それは道具へのいたわりともなります。

木工作品においては、「ボルト・ナット」等、その規格によって影響されるような金物はあまり使用する機会がありませんが、テーブル制作時での「ハンガーボルト」や、貫通取付式のツマミや取手などでは、こうした「規格」に注意が必要です。

現在、国際標準化機構によるネジの規格は、「ISOネジ」として一般化してきましたが、それでも旧来の「インチネジ」(職人用語では分ネジと言う)や、「旧JISネジ」など、「旧来品のメンテ」を理由として販売されていますし、一部輸入商品などにも存在しています。

木ネジなどと違い、ネジ山が対となって使用されるため、そのどちらかのみを交換する際には、それが同一規格であるかどうかの確認が必要となります。「なぜ規格が統一化されないんだ」という声もありますが、国際標準化に強制力はなく、仮に統一化により旧規格品が入手出来なくなると、「対」になって使用する以上、旧来品であるその片方がなくなれば、双方が使用不可能になるわけで、やはり消費者利益を考えれば、現状のような入り混じった規格存在となるのは致し方ないといえるでしょう。

余談ですが、「インチネジ」と「ISOネジ」の規格の違いは、前者が「規定間隔の間に、ネジ山が何山あれば良い」とするのに対し、後者は「ネジ山の間隔自体を指定」しています。それだけ後者のほうが、よりシビアな規格と言えます。

なお、前者は、主に土木・建築業界に古くから普及しており、所轄官庁の指導力がいまいち発揮されない理由もご想像に違いません。

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