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最近、「通り過ぎた風景」(≒何も心に「引っ掛からなかった」風景)も撮ろうとしています。 構図や画角も気にせず、なんとなく視界に入って来た風景。。。 そうやって意図や意思を排除しようとしても、撮った写真には、やはり意図・意思が残る(写る/映る)。 こういうことを徹底して行くと、オートマティズムになるのかも知れませんが、 たとえば、「絵を描く」という営為は、いつの場合も(画家が意識しているか否かに関わらず)、オートマティズム的な「決定」の連続だと、私は思います。あるいは、人の人生そのものが然り?・・・と、こう書いただけでは、ちゃんと言い得ていないので、またいつか改めて。 |

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