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昨日の内容に関連して・・・ 「私達はどこから来たのか、私達は何者か、私達はどこに行くのか」というのは、ポール・ゴーギャンのこの絵のタイトル(原題は仏語)でもありますね。 根元的な「問い」の一つだと思いますが、 私は時々、何者か(... 神様とかとはちょっと違います)に「生かされている」と感じ、そのことに感謝にも似た気持ちを抱くと同時に、「なぜ生きて(生かされて)いるのか」という素朴な(?)疑問も抱きます。 もう少し書くと、 「私達は(我々は)」という主語の立て方(〜問いの立て方)に、私は違和感を感じます。 それは、そこに、疑問(発問)に対する「普遍性」のようなものが前提されてしまっているように感じるからなんですが。。。 |

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