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役目を終えて錆びる ( 枯れる ) に任せられているようなものを見ると身につまされて・・・な〜んてことは、まだないですが ( 〜ないと思いますが ) 、すでに子どもの頃から、そういうものに惹かれる傾向がありました。 ピッカピカのものにも惹かれました。 たとえば、パイライト ( 黄鉄鉱 ) を見て「All that glitters is gold」的なワクワクを感じたものでした。( … 子どもは英語じゃ考えんだろ ) あ〜ぁ、金持ちになりたい... と ( 今さら?) ベタに思う一方で、清貧に憧れる (「清貧」という言葉のストイックな感じに憧れているだけ、かも ) ような向きもあり、そして、「お金=貨幣」などというものは世の中から消えればいい... と子どもじみた(?)ことを時々マジで考えたり、世の中にある「富」といったものを「なべて ( 全ての人に平等に ) 」再分配したら、みんな極貧状態になる ≒「二、三畳の小屋に起臥して、裏の畠から摘んだ蔬菜の一皿で満足する」みたいなことになるのかな... と想像してみたりするのでした。 つまり、もし「平等」とか「平和」といったことを標榜するのであれば、そういう極貧状態を甘んじて受ける覚悟 ( ≒ みなが「我慢する」ということ ) が必要なんじゃないか、と。 ( 尤も、たとえば「南」の人の中には現状より雲泥的によくなる人もいる、ということですが。) ・・・お〜い、オマエはどこに向かってるんだぁ? という内なる声を聞きつつ、なおも書けば・・・ 何かを変える ( 〜 何かが変わる ) としたら、多分「欲望とは他人の欲望である」という認識こそが、否、そう認識してそれを アウフヘーベンすることこそが「道」------- the Passage ( 径路 )、the Way ( 行路 )、the Absolute ( 絶対 )、the Law ( 法則 )、Nature ( 自然 )、Supreme Reason ( 至理 )、the Mode ( 方式 ) ------- なんじゃないか、と。。。 一体、何の話?(..;)
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