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858_直截面

http://www.geocities.jp/earth_index/_gl_images_/858_halation.jpg
右の写真とは全然関係ない話ですが、
「イラストと絵の違い」とか「デザインとアートの違い」とか・・・そういうことはまた別な神話 ( 物語 ) を再生産するように機能するので、素通りするか「デザインとアートに境界はない」と言い切ってしまったほうが無害な気がします。
あるいは、「芸術家よ、創れ。しゃべるな」( by ゲーテ ) と。
ま、ゲーテの言葉は主旨が違いますが、「いつの場合も『発言』は注意を要する」というニュアンスも含まれているわけで、
たとえば、
誰が言ったのだったか忘れましたが、「科学者に哲学を喋らせると、最悪な哲学を生む場合がある」ということは確かにあるように思います。

で、ここからが本題ですが、
私は「デザインとアートには決定的な違いがある」と確信していますが、そういうことを敢えて発言しようとは思いません。
通じないか、誤解を生むだけなので。( …と、発言してるじゃないか!)
その「違い」というのは「『機能』が要請されるか否か」とか「オーダーが起点か否か」といったことに因るのではなく、
それに触れた者に何を喚起するか、という点に因る…唯一その点のみに因ると、私は思っています。
誤解されることを恐れずに言えば、
どんなに素晴らしいデザイン物でも畢竟「人工物」であるのに対し、素晴らしい作品は ( 絵でも音楽でも ) ほとんど「自然物」と同じもののように私には思えるのです。
それに触れて、何かが鮮やかに ( 直截に ) 蘇る・・・「生きている」ことの「直截面」が忽然と立ち現れる、そういうことこそが芸術と言われるものの真骨頂だと私は思っているのです。
「芸術とは、自然が人間に映ったものです。大事なことは、鏡をみがくことです」( by ロダン ) という言葉は、そうした「直截面」のことを語っているように私には思えます。
あるいは、「芸術に独創はいらない。生命が要る」( 同 ) と言うときの「生命」ということも、そうした事情に近いことのように私には思えます。
「芸術とは鑑賞するものではない。共に生き、共に語らう人生の友である」( by 小林秀雄 ) という言葉には ( その1行では ) 大事なことが欠けている気がします。と言うか「そういう表現でいいのか?」と思ってしまいます。

もう1つ、常々思っていることを書くと、
「直截に蘇る」と上記しましたが、そういうことを「直截に表現することはできない ( ≒ 直截に形にしようとしても残滓しか残らない ) 」といったこと。
分かり易く言えば、たとえば、ある風景に触れて感動し、その感動を伝えようと「見えたまま、忠実に」絵として再現しようとしても、その感動は伝わらない、といったこと。
それは、「『写真』と『写実』の違い」といったこととはまた別な話で ( … 否、同じ話かな?)、「写実」の「実」とは一体何か?という話なのですが、私の場合、「リアル」とは、上記した「直截面」とほとんど同義なのです。

…と長々書いて ( & 事ある毎に繰り返し書いてきて )、「その通り!」と共感してもらえる人が、一体何人いるんでしょうか。。。
あるいは、「いや、違う。そうじゃなくて…」と教え諭してくれる人が。

それとも、私は、ごくごく凡庸な話をしているだけなのでしょうか。。。

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