SimpleLifeDiary
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「誕生日、おめでとう!」朝、起きると、ポールが言った。
「ありがとう!」そう、今日は、12月3日。私の誕生日。パソコンを開けると、フェイスブックのタイムラインにたくさん、お祝いのメッセージが届いていた。 「わあ、お祝いのメッセージが、こんなに来てる。全部、返信するのに、何日か、かかりそう」私が言うと、「時間をかけて、返事すればいいんじゃない?」とポールは、笑った。そうだった。急いで何かをしなくてはいけないということは、ないのだ。 天気が良いので、朝食の後は、庭に出て、草を刈った。このところ、ずっと晴れて、暑い日が続いたので、あっという間に草が伸びて、ルバーブを植えた所が、すっかり、草に覆われてしまっていた。 外は、静かだった。鳥が一匹、近くの木に止まって、美しい歌を奏でていた。聞こえるのは、「ザク、ザク、ザク」と、カマで草を刈る音だけ。草を刈っているうちに、心が静まっていった。草がどんどん刈られて、辺りがきれいになって行き、草の山が高く積まれていくのが、嬉しかった。 ルバーブの周りの草刈りが終わると、その周りに、草マルチを積んだ。今年の夏は、暑く、乾燥しそうなので、水を節約するために、今のうちにマルチを積んで、土が乾かないようにし、土の表面の温度が上がりすぎないようにする必要があった。 それが終わると、ブロッコリー、カリフラワー、キャベツなどが植わっている畑に移った。畑の周りに生えた草を刈って、同じように、ブロッコリーなどの根元に分厚く草のマルチを積んでいった。すると、すぐ近くの木から、鳥の歌声が聞こえてきた。先ほどと同じ鳥が、すぐそばの木に移動してきたようだった。どんな鳥なのか、見てみたいと思って、しばらく、観察していたけれど、生い茂った木の葉の陰に隠れて、姿を見ることができなかった。草を刈る手を止め、背中を伸ばし、あたりを見渡した。滔々と流れる川と広大な森が美しかった。私は、深く、静けさの中に沈んでいった。 ここに住んでから、静寂が自分にとって、どんなに大切で、どんなに貴重なものなのか、ということに気づくようになった。日常の中で、ふと、静寂に包まれている瞬間に気づくたび、何か、特別なものを見つけたように嬉しくなるのだ。日ごろ、当たり前に受信している音たちが突然、消えると、耳が休まり、心が静まる。深く静寂を吸収し、静けさで自分を満たす。そこには、何とも言えない、歓びがある。 草を刈り終わり、マルチを積み終わると、キッチンに戻って、ランチを作った。ちょうど、ランチを食べ終わった時、「ハロー!」という声が聞こえた。 外へ出てみると、友達のベロニカが、娘のパウリーナとエリナと一緒に立っていた。ベロニカは、隣りの村、プユアピで、羊毛から美しい手織りのカーペットを作る小さな工場を経営しており、ベロニカの旦那さんは、地ビールの醸造所を持っていて、森から流れる滝の水を使って、3種類のビールを作っている。 「これ、ポールにプレゼント」ベロニカは、地ビールが入った箱を差し出し、「ポールが撮ってくれたビールとカーペット工場の写真がとても気に入ったので、お礼に持ってきたの」と言った。 ポールは、去年、出版された「パタゴニアのご馳走」という本のために、地元の特産物やレストラン、有機農園、地ビールの醸造所などの写真を撮った。その時、ベロニカのカーペット工場にもお邪魔して、手織りのカーペットが出来上がる工程を撮影させてもらった。ベロニカの旦那さんの地ビールも、その時に撮影したのだった。 「こんな形で報酬をもらえるなんて、嬉しいなあ」ポールは、予期せぬプレゼントに、大喜びだった。 「実は、今日、来たのは、いろいろ聞きたいことがあって。新しく野菜畑を始めるので、アドバイスが欲しいの」とベロニカは、言った。なるべく、自然農法に近い方法で野菜を育てたいので、雑草マルチについて、いろいろ知りたいとのことだった。私たちは、畑を見て回りながら、雑草マルチの説明をした。ベロニカの家の裏庭には、旦那さんがビールを作るために使った麦芽の残りかすを長年、捨ててある場所があって、そこは、肥沃になっているはずだから、そこにまず、畑を作るとのことだった。 ベロニカは、種も有機のものを蒔きたいので、うちの畑から取れた種を買って帰りたいと言い、20種類以上の野菜の種とハーブの苗をいくつか、分けてあげた。 「チロエ・ガーリックは、いつ、蒔くの?帰る間際に、ベロニカは尋ねた。 「4月だよ」 「OK。じゃあ、4月にガーリックを買いに来るわね」 ベロニカとパウリーナ、エリナは、笑顔で手を振りながら、帰って行った。 私たちは、丘の上のデッキに座り、ポールが池で冷やしておいたビールのボトルを開けた。 「楽しかったね!思いがけなく、誕生日を祝うためのビールもいただいたし」と、ポールが言った。 「誕生日、おめでとう!乾杯!」 「ありがとう」 アルコールは、あまり飲めないのだけれど、ベロニカの旦那さんが作った黒ビールは、味が濃くて、美味しかった。 太陽が西に傾き始め、ツバメたちがあたりを飛び回り始めた。若いツバメらしく、追いかけっこをして遊んでいる。すると、一匹のツバメがデッキの屋根に止まって、可愛らしい声でさえずり始めた。私たちは、ツバメの歌声に耳を傾け、沈んでいく夕日を眺めた。 「そういえば、僕らは、お互いの誕生日に、特別にお祝いしたり、プレゼントを買ったりしたことないよね」ポールが言った。 「ある意味、僕らにとっては、毎日が楽しいし、毎日が誕生日みたいなものだもんね。だから、特に、年に一日だけ、お祝いしなくちゃいけないっていう気がしないのかもしれないね」 「うん、そうだね。私も、今、同じこと考えてた」 私たちは、誕生日も結婚記念日も、特に何も特別なことはしないで、いつもと同じように過ごす。結婚してから、離れて過ごしたことは、ほとんどなくて、毎日、24時間、一緒に過ごしているし、お互い、一緒にいることを楽しんでいる。毎日、違うことが起こるし、毎日が特別。だから、特に、誕生日や結婚記念日が特別だと感じないのかもしれない。 そんなことを考えているうちに、空の色が青からピンク、紫へと、変って行った。刻々と色が変っている様子は、まるで、ショーを見ているようだった。空全体がすっかり、濃い藍色に染まり、一番星が輝き始めるまで、私たちは西の空を見つめていた。 太陽が沈むと、急に肌寒くなった。家に戻り、キドニービーンズのスープを作り、夕食を食べ、映画を見た。それから、ポールが水を汲むために、外へ出て行った。出がけに、何を思ったか、ホウキをまたいで、空を飛んでいるかのような仕草をし、ポールは言った。 「魔女の男版!」 思わず、吹き出した。ポールは、ホウキにまたがって、部屋の中を何度か飛び回った後、外へ出て行った。すると、外から、ポールの声が聞こえた。 「木乃実!」 「何?」 「外に出ておいでよ。プレゼントがあるよ!」 プレゼント?何だろう?不思議に思いながら、外へ出ると、ポールが夜空を指差した。そこには、大きな月が輝いていた。スーパームーンだ! 「わあ、きれい」 「よく見て。スマイリー・ムーンだよ!」 スマイリー・ムーン?何のことだろうと思いながら、もう一度、月を良く見てみた。私は、自分の見ているものが信じられなかった。金色に輝く満月の表面に、丸い、灰色のスポットが2つ見え、その下に、灰色の線が弧を描いていて、本当にスマイリーの顔のように見えたのだ! 「わあ!スマイリーだ!信じられない!」 「だろう?君だけに贈るバースデイ・ギフトだよ!」 私は、スマイリー・ムーンをじっと見つめた。大きな月は、夜空に輝き、楽しそうに笑っていた。 |
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今日は、雨が降っている。昨日、たまっていた洗濯物を手洗いしたら、4時間かかってしまった。そのせいで、腰が痛むので、ゆっくりするには、ちょうどいい。外に干した洗濯物は、雨が濯いでくれている。
肌寒いので、今朝は、ポールが蒔ストーブに火をつけた。私は、昨夜一晩、発酵させておいたチアバタ・パンの種を二次発酵させるために、焼き型に移した。パンの準備が出来たところで、次は、ココナツ・クッキーを作ることにした。「ココナッツ・クッキーを作る」と言うと、「おお、ファンタスティック!」と、ポールは、大喜びだった。 ココナッツ・クッキーは、砂糖を使わないので、甘過ぎないし、とても、簡単に作れる。材料は、ココナッツ・フレーク、ココナッツ・オイル、熟したバナナ、オートミール、砕いたアーモンド、レーズン、ココア、乾燥ラズベリー(これは、うちの庭から採れたものを使った)。これらを混ぜ、スプーンで掬って丸め、オイルを薄くしいた焼き型に載せて、焼くだけなのだ。 そうこうしているうちに、ストーブの薪の火が弱まったので、まずは、チアバタを入れた。ストーブは、オーブンではないので、温度計や火の調節機能はない。火の加減を目で見て、手を入れて、温度を確認するというアナログ式。もちろん、火傷をしないように、さっと手を入れて、さっと出す。パンを焼くのには、少し高めの温度。クッキーやケーキを焼くには、低めの温度。これも、試行錯誤しながら、何度もパンを焦がして、感覚的に習得した。チアバタは、やや高温で30分。その後、低温になったところで、ココナッツ・クッキーをストーブに入れ、20分で焼き上がった。 考えてみれば、子供の頃から、お菓子を焼くのが好きだった(食べるのは、もっと好きだったけれど)。15歳の誕生日には、父にねだって、電気オーブンを買ってもらった。私には、妹たちとお菓子やケーキを分け合って食べるのではなく、全部、独り占めにしたいという夢があった。そこで、私は、自分でお菓子を焼くことにしたのである。 電気オーブンを買ってもらってからは、チーズケーキ、クッキー、アップルパイ、シュークリーム、イチゴケーキなど、夢中になってお菓子を焼いた。ノートにレシピを書き込んで、自分専用のレシピ本も作った。でも、大学に入ってからは、お菓子作りのことは忘れてしまった。それが、今、この歳になって、また、お菓子を焼く喜びを味わっているのだから、嬉しい。 「うーーん」ポールも私も、ココナッツ・クッキーを頬張った。外はサクサク、中は、しっとり。バナナとココナッツ、ラズベリーとココアの味と香りが広がった。 「さて、次は何をしよう?」 雨は止みそうもないので、次は、苗ポットを作ることにした。今年は、30種類以上のハーブや花の種を買った。その中には、アニス、キャラウェイ、フェヌグリークなど、「生成分解する苗ポット」に植えなければならないハーブがいくつかあった。でも、「生成分解する苗ポット」など、ラフンタには売っていない。ならば、作るしかないのである。 そこで、段ボール箱を探し、ハサミと紙の粘着テープを使って、苗ポットを6個作った。そこに、コンポストと土を入れ、アニス、キャラウェイ、フェヌグリークの種を蒔いた。これもまた、子供に戻ったようで楽しかった。子供の頃、大好きだった図工の時間を思い出した。 そう言えば、6歳か7歳の時に、みかん箱を使って、リカちゃんマンションを作ったことがある。買ってほしいと、父にねだったのだが、「そんなもの買う余裕はない」という一言で却下されたので、自分で作ることにしたのだった。ドアや窓を切り抜き、テーブル、椅子、ベッドなども、ダンボール紙で作った。なかなか、立派な出来だったけれど、本物のリカちゃんマンションを持っている友達のことが、うらやましく、自分で作ったリカちゃんマンションは、恥ずかしくて、見せることが出来なかった。 当時は、欲しい物が買ってもらえず、地団駄を踏んで大鳴きしたりしたけれど、子供の頃、何でも買ってもらえる環境でなかったことは、良かったと今では思う。必要に迫られて、私の中にある創造性が発揮され、物づくりの喜びを味わうことを覚えたのだから、父に感謝しなければならない。 物づくりの喜びは、パタゴニアに住んでから再発見したことの一つである。畑で野菜を育てるのだって、物づくり。そこには、創造性が必要とされる。学びの連続。試行錯誤。うまくいった時には、喜びと達成感があり、自信につながる。 私たちの家も、創造性の賜物だ。家を設計したことも、建てたこともないポールが、世界に一つしかないユニークな家をデザインし、建築することができたのは、彼が創造性を発揮したからだし、その上、家具まで全部作ってしまったのだから、それには、彼自身も驚いていた。(家具は、ラフンタに売っていないし、売っていたとしても、市販の家具は買いたくないというのが理由だった) ポールが、最初に作った家具は、食料が収納できるベンチである。6年間、ほとんど、毎日座っているし、この日記も、ベンチに座って書いている。家具の出来栄えは、職人並みで、ポールは、隠れた才能を発見したことにとても喜んでいた。若い頃、ヨットで働いていていて、ヨットの本体をやすりがけし、ペンキ塗り、ニス塗りなどをした経験も役立ったらしい。 造園デザインが大好きだということも、ポールは、ここで発見した。もともと、牧草地でたった2本しか木が生えていなかった土地に、木を植え、森を作り、遊歩道を作り、池や段々畑、ハーブガーデン、花壇を作った。今、この土地にある全てのものは、彼の想像力(イマジネーション)と創造力)クリエーション)から作られた。 そう考えると、ラフンタに私たちが落ち着いたのも、偶然とは思えない。ここは、開拓者の村、自由な精神(フリースピリット)の溢れる村。何かが足りなかったり、壊れたりすると、「工夫しよう!」というのが、みんなの口癖だ。何かが壊れると、ほとんどの場合、針金とタイヤのチューブと、その辺にあるものを使って使って直してしまう。 農場では、男の人が、家を建てたり、フェンスを作ったり、家畜の世話をしたり、馬の蹄鉄をつけたり、家具を作る。女の人は、パンを焼き、ジャムを作り、野菜を育て、羊の毛を刈って、それを毛糸にし、木の皮や木の実で染めて、セーター、ポンチョ、靴下、ベレー帽などを編む。蜂を飼って蜂蜜を採り、、蜜蝋でロウソクを作り、草でバスケットを編み、牛の乳を搾って、ヨーグルトやバター、チーズを作る。パタゴニアに住み始めた当時、何でも買うことに慣れてしまっていた私は、「こんなにたくさんの物を手作りできるんだ」と心底、驚いた。 「もしも、世界が終わることがあっても、ラフンタの人たちは生き延びられるよね」と、よく、私たちは話す。ラフンタの村に、道路が来て、電気や自動車がやって来たのは、つい最近で、村から離れた農場では、まだ、道路がなく、電気がない場所がたくさんある。だから、彼らは、自給自足の生活をまだ忘れていないし、生活に必要な物を手作りしながら、自然と共に豊かに生きる暮らしをしている。それは、失ってはいけない大切なことだと思う。 東京でOLをしていた頃は、創造性を発揮する余地はとても限られていた。仕事は楽しかったし、達成感もあったけれど、心から満たされるということはなかったように思う。いつも、何かが欠けていた。もっと、評価してもらえるように、常に、もっと頑張らなければいけないと自分にプレッシャーをかけていた。息切れして、生きる力が尽きていくような気がして、充実感とは、程遠かった。 今は、仕事をしているという感じは、しない。毎日、楽しんで生きている。喜んで、創造している。どんなにシンプルな物でも、創造すると嬉しくて、また、創造したくなる。 私は、物を作るのが、本当に好き。書くことも含めて、何かを創造している時、心から自分が喜んでいることがわかる。そして、そこから、生きるエネルギーが湧いてくる。
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