かいさんのサイクリング紀行・日記

KSC熊本サイクリングクラブでサイクリングを楽しんでいます♪

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

平成24年6月2日(曇)
「ハンセン病問題啓発講習会」に出席した。

合志市の広報誌等でも紹介があり、会場となったヴィーブルはほぼ満席状態となり、熱心に講話に聞き入りました。

合志市では毎年「ハンセン病問題啓発事業講習会」は開催されていて、何時も心打たれる話を聞けて感動します。
個人的にも日々継続した心の鍛錬の大切さを痛感しました!
イメージ 1
平成24年6月1日(金)曇晴

玉東町観光ガイドの会の会長さんをはじめ、、正念寺住職さん、田原坂資料館の皆さんの名ガイドでこれまでとは違った「玉東町西南の役戦跡跡等」貴重な史跡等を滞りなく研修を終了することが出来ました。
 計画当初は隣町の研修で良く知られた戦跡地でもあり参加者が集まってくれるか心配していましたが、西支部40名、東支部5名の総計45名の参加を得て、実施することが出来安堵した(^u^)

研修コースは
野々島公民館集合発⇒“捷盪垣鐇弩園⇒吉次峠公園⇒薩軍三勇士の墓⇒す盞邊鰻格菽連有ネ栖川宮督戦の地公園(昼食休憩)⇒正念寺⇒田原坂資料舘⇒合志市着
の順に廻り、,任篭姪貭観光ガイドの会会長様と待ち合わせ、半高山公園まで小型バスは上ることが出来るとのことで、会員の中には長い上り坂の歩行には苦手の方もおられるのでホッとした。
吉次峠までは度々訪れてはいるのだが、半高山へは今回がはじめてであり、道路もカラー舗装の区間もあるなど良く整備されていました。
ここでは「西南の役激戦が行われた場所」が手に取るように分かり、ガイドの熱心な分かり易い解説等もあり、当時をしのびながら、話に聞き入りました。
山頂には展望台も設けられていまいましたが、桜の大木で一部の視界がお望めなかったのは残念でした。当時のカメラマン「上野彦馬」の撮った写真には松林が多く残っていたようですが、地形など面残っているのには驚きます。
薩軍三勇士の墓ネ栖川宮督戦の地公園など初めての戦跡地もあり、興味深く研修を受けることが出来ました。

半高山公園にて
イメージ 1

吉次峠にて
イメージ 2

薩軍三勇士の墓では
イメージ 3

墓標に「16歳」との銘記されている。当時はこのような少年が戦場で生死を分けた戦場にいたことに戦慄を覚える。
イメージ 4

薩軍三勇士の墓の近くには、古い墓地があり、地元の方々のご先祖の墓が一部崩壊しているがしっかりと立っているものもある。
イメージ 5

ネ栖川宮督戦の地公園では立派の大きな碑が建っていて、綺麗に整備されていました。
イメージ 6

写真を撮った後昼食弁当を頂く。
イメージ 7

食事は地元の弁当「薩軍めし」を注文していましたので、配達をお願いし、それぞれのグループに分かれての楽しい昼食!事前学習で「官軍めし」「薩軍めし」の紹介もあり、「官軍めし」が豪華に見え、「薩軍めし」は低価格で見劣りもするので、余り期待せぬようにと予防線を張っていましたが、食べた後の皆さんの反応は「非常に美味しかった(^O^)/」と予想以上の好評で安心しました。
昼食後、「正念寺」へ。住職からの話を聞く!頂いた資料は正念寺作成の「玉東町と博愛社」と言う立派な資料を中心に説明があり、山門に残る弾痕は柱に食い込んだ鉛の弾が生々しい!
イメージ 8

明治10年当時の「正念寺とその周辺」周辺は稲の刈り取り跡と思っていたが、「桑を刈り取った後」とのこでした。
イメージ 9

「博愛社発祥縁起の地」
イメージ 10

田原坂公園にて、ユーモアたっぷりと話されるのでついつい聞き入って時間を忘れるところであったので、4時頃までに案内を終わらせて頂くようにお願する
イメージ 11

三の坂付近を見降ろし、当時の鉄砲の命中精度は3,40m位といわれ、薩軍官軍が戦闘した場所の一つ
イメージ 12

研修はここで終了し、午後4時50分頃自宅に着いて、入浴で疲れを癒した。

全1ページ

[1]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事