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『白夜行』を読んで ケータイ投稿記事

大きな志を持って書かれた実験的な小説である。同時にまだ「こっち側」という印象もある。20年近くを経た壮大な物語における、2人の主人公の書かれ方はほぼ完璧だったと言える。読者にはわかるように、登場人物たちにはわからないように書かれた。反語で言えば、読者には論証的にはわからないように、登場人物には論証的にはわかるように書かれた。

こっち側というのは、2人が共謀を図った動機や結末が書かれたことである。そこは要らなくないか? ある種の未解決事件として終わらせた方が、言い訳がましくなくて良い気もする。なんとなく作者の達成感から、結末が緩んでしまった印象を受ける。ここまでチャレンジしておいて、最後は置きにいったか…という感じだ。

もちろん傑作には違いない。今回読んでいて思ったのは宮部みゆきの『火車』に似ているな、ということだ。もちろんこれも傑作である。読者に渡す情報の選択が大きな志に基づいており、練りに練られたというインパクトを持った。ただラストで言えば『火車』に軍配があがる。

反対に『白夜行』の終わり方では、なんでわざわざそんな書き方をしたのかが問われて来るのではないか。その結末だったら、そんなに大きな志はこの作品じゃなくても良かったはずである。そういう意味でも実験性の高い小説だ。とりあえずこの小説で試したのだろう。完成度より志にプライオリティを置いたのだ。

昨日、浦沢直樹も語っていたが「人間の闇を表現する」という言葉に違和感を感じる。今回でも共謀の動機が書かれた時点で、その動機じゃ弱いと思うだろう。正確には「闇のある人間の闇を表現する」のはずである。心の闇という文学的な文脈なら桐原も雪穂もやっぱり切り捨てて良かったはずだ。それこそ『MONSTER』のヨハンくらいに。

前に読んだ『容疑者xの献身』もそうだったけど、東野圭吾は「愛」の解釈がデカい。たぶんわざとやってるんだろうけど、「極論、愛していたから」では「愛ゆえの犯罪への行動力促進」は書けても、やっぱり程度問題になるし、いやいや愛でそこまでは…という読了感は出てくるはずだ。

わざとというのは「人を本気で愛せば、これくらいは…」という啓蒙も入っているという意味だ。まさに人間の闇である。そこに魅せられる程、俺は若くないのかもしれない。きっと『白夜行』が好きな人はミスチルがなんだかんだ好きだ!

たとえリアリティはないのかもしれないけど、やはり俺にはボリスが間宮中尉に銃を撃たせるシーンの方がリアルだ。愛や環境に動機を持たせる必要はない。文学的な文脈においてリアリティは訴追されない。「想像しないことだ」とボリスは言った。そうだと思う。


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