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中国「旅博」出展取りやめ 強まる日本旅行自粛

秦始皇帝陵及び兵馬俑(しんしこうていりょう および へいばよう)は中国陝西省西安北東30キロメートルの驪山北側(臨潼区)にある秦始皇帝の陵(墓)とその周辺にある兵馬俑坑のユネスコの世界遺産(文化遺産)としての総称である。

兵馬俑を見たくて10月の旅行として予約を済ませていました。ところが尖閣問題で日中間がギクシャクしこの旅行が中止となり、止む無く代替地として他国を(写真10)選びました。
写真は江戸東京博物館(墨田区)に於ける兵馬俑展で。

反日デモ暴徒に出頭要求=中国・西安

中国陝西省西安市公安局は18日、日本政府の尖閣諸島国有化に抗議する反日デモが市内で起きた15日に日本車を破壊したり、飲食店のガラスを割ったりするなど一部が暴徒化した事件に関し、ミニブログ「微博」で暴力に関与した容疑者に出頭するよう求めた。
 市民からの情報提供などで暴徒の一部については既に立件したという。同公安局は「破壊などの違法行為があった」として、16日に市中心部広場などでのデモ禁止を通達。18日にもデモは行われなかったとみられる。時事通信 9月19日(水)。 

反日デモ過熱、迫る恐怖 在留邦人「日本語で話すな」息潜め…

 中国の少なくとも125都市以上で反日デモが行われた18日、上海などの日本人社会の緊張感はピークに達した。「日本語を話さないように」。ビジネスマンらは日本人と分からないように息を潜め、日本人学校は臨時休校に。尖閣諸島周辺では、中国漁船1千隻襲来の情報に海上保安庁が警戒を強める中、中国海洋監視船が日本の領海を侵犯した。地元漁業者にも不安が広がった。

◆行事予定は公表せず

 長期滞在者が約5万6千人と中国最大の日本人社会を抱える上海。連日の反日デモに、約1500人の児童が通う上海日本人学校虹橋(にじはし)校では18、19日の2日間、臨時休校の措置を取った。デモの標的にされる恐れがあり、運動会などの行事予定を公表できない事態に追い込まれている。

 平原信男教頭(52)は「子供たちには現地の人たちとの交流を勧めてきた。それが今回、日本人であることを隠さなければならなくなり、とても残念でならない」と声を落とす。

 妻と小学1年の長男、2歳の長女を連れて上海へ赴任しているスポーツ用品大手、ミズノ社員、湯朝啓之(ゆあさ・たかゆき)さん(43)は18日、家族へ外出しないように念を押して出社した。「家族には外出先で大声で日本語で話さないことと、一人で出歩かないようにと言っている。不買運動など日本のブランドへの影響は深刻」と不安げに語った。

 日系スーパーや百貨店は休業が多いが、南京の百貨店、伊勢丹では通常通り営業。同店によると、富裕層が住む地区にあるため警察官が多数配置され、安全が保たれているという。

 同店には7人の日本人が働いており、営業部長の美川(みかわ)龍二さん(49)は「お客さまが安心して買い物できない事態は異常。従業員も不安がっている」と話した。

 重慶で中国と日本の企業を結ぶコンサルタント業を営む吉川孝子さん(50)は「こつこつ築き上げてきたビジネスが後ろ向きになってしまうのが心配」と話す。13年間滞在する吉川さんもこうした状況は初めてで、「外交のトップ同士でなんとかしてもらいたい」と語気を強めた。

◆仕事中もスーツ避け

成田空港では、中国から帰国した人たちが反日デモの異様さを語った。

 北京と上海に出張し帰国した東京都板橋区の大手電機メーカー社員、稲永昭郎さん(50)は「暴動の標的になるのを避けるため、日本料理店が入り口に中国国旗を目立つように掲げていた」と語った。「北京よりも上海の方が異様な雰囲気。上海では若者が日本人観光客をにらみつけて『小日本人』と侮辱していた」という。

 江蘇省蘇州への出張で、予定を切り上げて帰国したという茨城県取手市の大手電機メーカー社員の男性(29)によると、「蘇州のデモはやじ馬も多く、どこまでがデモ隊なのか分からない状況」という。このため現地では「日本人だと思われないように仕事中もスーツは避けて、私服で行動していた」という。

 北京便で帰国した長野市の会社員男性(55)も「天安門広場などは危険なのでキャンセルとなり、万里の長城くらいしか行けなかった」と話した。産経新聞 9月19日(水)

柳条湖事件の18日、20都市超でデモ呼びかけ「破壊せよ」 日系は休業、休校

 【上海=河崎真澄】満州事変の発端となった1931年の柳条湖事件から81年となる18日、中国の北京や上海など20都市以上で反日デモ実施が呼びかけられており、約13万人の在留邦人社会に再び緊張が走っている。中国版ツイッター「微博」には「日本人学校を破壊せよ」との不穏な発言も表れ、上海市など各地の日本人学校では18日、児童や生徒らの安全を図るため臨時休校する。

 また、北京市朝陽区の当局が、反日デモが予告されている18日は臨時休業するよう、区内の日系企業に勧告したことが17日、分かった。中国各地の日系企業の拠点では、相次いで自主的な臨時休業や駐在員の自宅待機措置を決めている。

 日本政府による沖縄県・尖閣諸島国有化に抗議する反日デモは17日も、北京の日本大使館前などで行われた。北京のデモは11日の国有化以降7日連続。参加者は約200人と15、16両日に比べて激減した。ワシントンの日本大使館前やニューヨークの日本総領事館前でも16日、在米中国人らによる反日デモが行われた。

 一方、広東省広州の日本総領事館は17日、同省東莞市で今月14日、妻と買い物をしていた日本人男性が中国人の男に突然、背後から暴行を受けて負傷するなど、同省内で日本人への暴行事件が数件起きていることを明らかにした。

 18日には、柳条湖事件が起きた遼寧省瀋陽など各地でデモに参加するよう、インターネット上で呼びかけられている。

 3千人以上の児童と生徒が通学する上海日本人学校は18、19日の休校を決めた。19日の運動会も中止する。また北京や山東省青島に加え、江蘇省蘇州、浙江省杭州各市の日本人学校が17日から2日間の臨時休校に入った。

 上海市内の日系衣料品店などでは、中国の国旗とともに「釣魚島は中国のものだ」と大書きした紙を張り出す店舗が増えている。日本語の看板をすべて覆い隠して臨時休業する日本料理店も相次いでおり、デモ隊の破壊行為からいかに逃れるか、日本製品ボイコットをどう避けるかなどの対応を急いでいる。産経新聞 9月18日(火)

中国、デモ容認の構え…主要紙は「理性的に」

 【北京=大木聖馬、広州=吉田健一】日本政府の尖閣諸島国有化に反対する抗議デモが中国全土に拡大し、一部で日系企業への放火や略奪が起きるなど過激化している事態を受け、共産党機関紙・人民日報など中国主要紙は17日、「理性的な行動」を一斉に呼びかけ、公安当局も暴徒の摘発に乗り出した。

 満州事変につながった柳条湖事件から81年となる18日も大規模デモが計画されており、胡錦濤(フージンタオ)政権はデモが制御不能となる事態は避けたい考えだ。

 中国外務省の洪磊(ホンレイ)副報道局長は17日、反日デモの暴徒化で日系企業に大きな被害が出たことについて、「その責任は日本が負うべきだ」と述べ、「(今後)事態が深刻化するかどうかは日本の対応にかかっている」と強調した。

 胡政権は18日の反日デモも、一部を除き基本的に容認する構えで、全国民が日本への反発で団結する姿を突きつけ、対日圧力とする思惑とみられる。

 一方、タカ派の論調で知られる国際問題専門紙「環球時報」は17日、「一切の街頭での暴力に断固反対すべきだ」とする社説を掲げ、「この数日発生した破壊行為は、当面の対日闘争を弱めるだけで、中国の一つの汚点だ」と批判した。「新京報」も「愛国の熱情、抗議は日本政府の違法行為に向けるべきで、国内や中国に滞在する日本人、企業に矛先を向けるものではない」と自制を呼びかけた。
読売新聞 9月18日(火)

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ノートルダム大聖堂の見学を終わり表に出ると、大聖堂脇に井戸が有ります。
この井戸飾りのてっぺんにはローマの甲冑をまとった英雄ブラボーが立ちます。この井戸の傍らで、パトラッシュは毎日ネロを待っていました。

『フランダースの犬』は、イギリスの作家ウィーダの書いた児童文学作品である。
『フランダースの犬』の舞台は19世紀のベルギー北部のフラーンデーレン(フランドル)地方。現在ではアントウェルペンに隣接するホーボーケン (Hoboken) が舞台となった村のモデルと考えられている。ウィーダはこの作品を執筆する前年にアントウェルペンを旅行で訪れてホーボーケンにもやって来ており、当時のこの村にまだ領主の風車小屋が存在していた事から物語に登場する風車小屋はこれをもとに描写されたものと見られている。さらに物語に登場するアロアのモデルと思しき12歳の領主の娘がいた事も確認されている。また、お爺さんが半世紀以上昔のナポレオン戦争で兵士として戦い片足に障碍を得ていたり、金の巻き毛に血色の良い黒目がちなアロアの容姿にスペイン統治時代の混血の面影があったりと、当地の複雑な歴史的社会背景を根底に忍ばせている。

原作が書かれたのは1872年。英国の "Lippincot's Magazine" に発表され、後に "A Dog of Flanders and Other Stories" の一冊にまとめられたものが初出とされる。日本語版は1908年(明治41年)に初めて『フランダースの犬』(日高善一 訳)として内外出版協会から出版された。西洋風の固有名詞が受容されにくいと考えられた為か、ネロは清(きよし)、パトラッシュは斑(ぶち)、アロアは綾子(あやこ)、ステファン・キースリンガーは木蔦捨次郎(きつた・すてじろう)などと訳された。さらに昭和初期には、1929年(昭和4年)の『黒馬物語・フランダースの犬』(興文社、菊池寛 訳)、1931年(昭和6年)の『フランダースの犬』(玉川学園出版部、関猛 訳)など他の訳者によって出版された。これら旧訳はパブリックドメインとしてウェブ上で読む事ができる(→フランダースの犬#外部リンク)。

1950年(昭和25年)以降は、童話文庫・児童向け世界名作集の作品として多くの出版社から出版されている。

活字以外にも1975年(昭和50年)に日本でテレビアニメシリーズが製作された。

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大聖堂とはキリスト教の宗教建築の種別のひとつ。
語義には教派によって差がある。日本のカトリック教会では「カテドラル」との片仮名表記も頻繁に用いられるが、日本の他教派ではこれはあまり用いられない。

西方教会
カトリック教会

カトリック教会におけるカテドラルとは、司教が長を務める聖堂(教会堂)のことで、内陣中央に設けられる司教が座るための椅子すなわち司教座(ラテン語で cathedra)に由来している。ヨーロッパなどでは古来、市役所などと共に都市の中心にある広場に面して建てられるのが慣例であった。

カトリック教会における特別に重要な教会堂としては、カテドラルの他にバシリカと呼ばれる種別がある。カテドラルでありつつバシリカでもある教会堂も存在する。そういった教会堂は日本語では概ね大聖堂と訳されるが、現地語ではカテドラルではなくバシリカと名乗っている例もある(例:ブダペストの聖イシュトヴァーン大聖堂 Szent Istvan-bazilika)。他にドイツ語でドム (Dom) あるいはミュンスター (munster) 、イタリア語ではカッテドラーレ (Cattedrale) あるいはドゥオーモ (Duomo) とも呼ばれる。

日本語の文脈では「大聖堂」という語を単に「大きい教会堂」を意味する語として使用し、大きなアビー(僧院)やパリッシュ・チャーチ(小教区)を「大聖堂」と紹介することがしばしばあるが、アビーは教区や教会区といった担当地域を持たない宗教施設(修道院)、パリッシュ・チャーチは司教座聖堂の下位の教会で司教ではない聖職者が担当する教会区(小教区)の教会のことであり、「カテドラル」ではない。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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アントワープノートルダム大聖堂113聖母被昇天

図像学的には、聖母の被昇天がマリアを成人の姿で描くのに対し、生神女就寝は、現世での生を終え眠りについたマリヤの亡骸の傍にキリストが立ち、幼子の形をしたマリヤの魂を抱き取っている姿で描かれる。ただし、就寝の三日後とされる、マリヤが使徒たちに天の栄光において現れた場面では、東方教会においてもマリヤは成人の姿で表される。

西方での最初の記録はトゥールのグレゴリウスによる(P.L.71.coll.708)。このころは1月18日に祝われていた。その後皇帝マウリキウスの時代に、現在の8月15日と定められた。中世から聖母の被昇天はスペイン・イタリア・ドイツ等で崇敬されていたが、とくにバロック期以降盛んに信じられるようになり、教義とされるに到った。

カトリックではイエス・キリスト同様マリアもアダムの罪(原罪)から保護されたと伝統的に信じられてきた。これを祝うのが12月8日の無原罪の御宿りの祝日であり、1854年に定められた。南ヨーロッパや中南米などカトリック教徒の多い国では、8月15日が祝日となっている。日本では、この日が多くの地域でお盆にあたり、終戦記念日でもあることからマスコミではほとんど扱われない。

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聖母被昇天。

聖母の被昇天とはカトリック用語で、聖母マリアがその人生の終わりに、肉体と霊魂を伴って天国にあげられたという信仰、あるいはその出来事を記念する祝い日(8月15日)のこと。1950年、当時のローマ教皇ピウス12世によって正式に教義として宣言された。

元来は正教会の生神女就寝が6世紀ごろに西方に伝わったものだが、信仰の内容はその後西方独自の発展を遂げた。正教会では8月15日(ユリウス暦の場合はグレゴリオ暦の8月28日に相当)に生神女就寝祭を祝う。これは「聖母の被昇天」とは違い、マリヤの死を「就寝」「眠りにつく」とし、原世の肉体でそのまま天にあげられたとはみなさず、むしろ魂のみが天にあげられ、来世の栄光の体を与えられたとする。またマリヤ信心は信仰のうちにおのずとくだされる私的啓示として理解されるものであり、教義として理屈抜きで信じるべき内容ではないと考える。

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