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ドッグラン

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平泉世界遺産巡り「鶴巣PS・長者原SAのドッグラン」

ドッグランとは、犬の飼い主が管理の上、隔離されたスペースの中で引き綱をはずし自由に運動させることができる場所や施設である。全国に有料、無料の施設が設置されている。

設備概要

設備として、逸走防止のための二重ゲートや給水設備などを有する。他には、飼い主が憩うためのベンチや、暑い季節に犬と飼い主の双方に日陰を提供する立木などがある。地面は草地、厚く敷いたウッドチップ、タイル舗装や剥き出しの地面のままなどさまざまである。

また、犬の体格の大小で犬をクラス分けするための仕切りをもつところも多い。

NEXCO東日本東北支社(仙台市青葉区)では、平成22年4月28日に東北自動車道長者原サービスエリア(SA)に新たに開設するドッグランがオープン。

ドッグランは、近年愛犬とともにご旅行される利用者が増えていることから、ドライブ途中でも安心して愛犬と楽しみながら休息出来るように整備を進めているもので、全社的に8箇所で設置されており、本件で9箇所目となりますが、東北地方では初めての開設です。

また、ドッグランのオープンに合わせ長者原SA(下り線)のショッピングコーナーで、愛犬用弁当「どら弁当ポチ」の販売も開始。

ドッグランの概要

1.名称「わんわん広場」

2.場所東北自動車道 長者原SA(下り線)南側園地

3.施設小型犬専用 面積309平方メートル

小型〜大型犬用 面積309平方メートル


高速道路のサービスエリア・パーキングエリアへの設置

設備概要

設備として、逸走防止のための二重ゲートや給水設備などを有する。他には、飼い主が憩うためのベンチや、暑い季節に犬と飼い主の双方に日陰を提供する立木などがある。地面は草地、厚く敷いたウッドチップ、タイル舗装や剥き出しの地面のままなどさまざまである。

また、犬の体格の大小で犬をクラス分けするための仕切りをもつところも多い。

高速道路のサービスエリア・パーキングエリアへの設置

旅行などで同伴する犬のために、高速道路のサービスエリア(SA)・パーキングエリア(PA)にも無料のドッグランが整備されている。

長者原サービスエリアは、宮城県大崎市古川北部の東北自動車道上にあるスマートIC併設のサービスエリアである。

ラムサール条約登録湿地である化女沼(けじょぬま)に隣接しており、エリア内には化女沼を眺める広場がある。

ドッグラン設置エリアの一覧

道央自動車道有珠山SA(上下線)
札樽自動車道金山PA(下り線)
道東自動車道十勝平原SA(上下線)
東北自動車道佐野SA(上下線)
那須高原SA(下り線)
関越自動車道高坂SA(上下線)
上信越自動車道佐久平PA(ハイウェイオアシス)
常磐自動車道守谷SA(下り線)
館山自動車道市原SA(上下線)
東名高速道路鮎沢PA(上り線)
足柄SA(上下線)
牧之原SA(上り線)
上郷SA(上り線)
新東名高速道路駿河湾沼津SA(上下線)
静岡SA(上下線)
浜松SA(上下線)
中央自動車道談合坂SA(上下線)
境川PA(下り線)
双葉SA(上り線)
駒ヶ岳SA(上下線)
長野自動車道梓川SA(下り線)
名神高速道路尾張一宮PA(下り線)
多賀SA(上り線)
黒丸PA(上り線)
菩提寺PA(下り線)
伊勢自動車道安濃SA(下り線)
北陸自動車道徳光PA(上り線)
南条SA(上下線)
神田PA(上り線)
東海北陸自動車道関SA(上り線)
長良川SA(下り線)
阪和自動車道紀ノ川SA(下り線)
舞鶴若狭自動車道西紀SA(上下線)
中国自動車道加西SA(上り線)
社PA(下り線)
勝央SA(上り線)
七塚原SA(下り線)
鹿野SA(上り線)
山陽自動車道三木SA(上下線)
福山SA(上り線)
小谷SA(下り線)
徳島自動車道上板SA(下り線)
松山自動車道石鎚山SA(上り線)
高知自動車道南国SA(下り線)
九州自動車道古賀SA(下り線)
広川SA(上り線)
桜島SA(上り線)
大分自動車道別府湾SA(上下線)
長崎自動車道金立SA(下り線)
大村湾PA(下り線)


鶴巣パーキングエリアは、宮城県黒川郡大和町の東北自動車道上にあるパーキングエリアである。

施設規模は、ガソリンスタンドを併設しているのため、サービスエリア並みである。
レストランの設備はないが、上り線に鶴巣ベーカリー、下り線に吉野家が出店している(ただし24時間営業ではない)。似たような設備のPAとして千葉県の東関東自動車道の酒々井PAがある。

下り線(青森方面)
駐車場 大型 56台
小型 116台

トイレ 男性 大6(和式4・洋式2)・小20
女性 28(和式22・洋式6) 同伴の男児用 2

車椅子用 1

ガソリンスタンド(エクソンモービル(宝フリート)24時間/セルフ式) NEXCO東日本管内初のセルフ式ガソリンスタンドである。

スナック(7:00-20:00)
吉野家(7:00-20:00)
ショッピング(7:00-20:00)
自動販売機
宝くじコーナー(9:00-17:00)
郵便ポスト(鶴巣郵便局)

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仙台市の「仙台七夕まつり」(8月6〜8日)を彩る七夕飾りの製作が急ピッチで進められている。今年の祭りのテーマである「復興と鎮魂」の思いを込め、連日作業が続く。

宮城県利府町の「鳴海屋紙商事」の作業場では、3月から作業を始める予定だったが、震災の影響で5月下旬から開始。パートの女性たちが、故人の霊を慰める意味合いもあるという「くす玉」を丁寧に仕上げていた。

いとこが行方不明の松野美也子さん(71)は「今年は、みんながそれぞれの願いを込める特別な七夕になると思います。大勢の人たちに来てほしい」と話した。

毎日新聞 6月15日(水)から。

仙台七夕は、旧仙台藩内各地で五節句の1つ「七夕」に因んで毎年行われている年中行事および祭である。地元では「たなばたさん」とも呼ばれる。宮城県仙台市で開催されている仙台七夕まつりが特に著名。

仙台七夕まつりは例年7月7日の月遅れである8月7日を中日として、8月6日から8日の3日間にわたって行われる。大規模な飾り付けがされるのは一番町や中央通りなどのアーケード街、仙台駅周辺などであるが、それ以外の商店街組織ごとの飾り付けや店舗や家庭など個別の飾り付けなど市内各地至るところに小から大まで合計3000本と言われる飾り付けがなされ[2]、街中が七夕一色になる。東北三大祭りの1つに数えられ、例年200万人以上の人が訪れる。

仙台市周辺の自治体各地の商店街などでも同時に大小さまざまな七夕飾りがなされるため、市境を越えて広がりを持つ。また、国内各地の七夕まつりに影響を与えてきたこともあって首都圏などの企業や駅や空港の七夕飾りを作成する業者も存在しており、その豪華な飾り付けが各地に移出され続けている。

歴史江戸時代初期、仙台藩祖の伊達政宗が婦女に対する文化向上の目的で七夕を奨励したため当地で盛んな年中行事の1つになったともされるが、詳細は不明のままである。年中行事としての七夕は江戸時代中期頃から全国各地で行われている。1783年(天明3年)には、天明の大飢饉発生による荒廃した世俗の世直しを目的に藩内で盛大に行われた。1873年(明治6年)の新暦採用を境にして年々七夕の風習は廃れ始め、第一次世界大戦後の不景気以降はそれに拍車がかかった。

1927年(昭和2年)、この状況を憂えた商店街の有志らによって大規模に七夕飾りが飾られた。すると、大勢の見物客で商店街は賑わった。翌1928年(昭和3年)には旧暦開催を新暦日付の月遅れ(8月6日・7日・8日)に開催することとし、東北産業博覧会と関連して「飾りつけコンクール」も行われ以降、華麗な飾りつけが発達するようになった。このようにして、「七夕」という庶民の風習は「七夕祭り」という昼間の商店街で行われるイベントへ転換した。しかし、第二次世界大戦の戦局の悪化とともに規模は縮小された。

戦後の1946年(昭和21年)、仙台空襲で焼け野原となった街に52本の竹飾りで仙台七夕は復活した。翌1947年(昭和22年)の昭和天皇巡幸の際、沿道に5000本の竹飾りを並べて大規模な飾りつけの「七夕祭り」が復活した。1949年(昭和24年)には七夕協賛会が発足した。高度経済成長以降は、「東北三大祭り」の1つに数えられたことで日本各地から団体旅行客が集まる祭りへと変化した。1970年(昭和45年)からは「動く七夕パレード」(現「星の宵まつり」)と「仙台七夕花火祭」が始まり、夜のイベントが加わった。1983年(昭和58年)からは「夕涼みコンサート」が始まり、無料の屋外音楽イベントの面も持ち合わせるようになった。

七夕飾り仙台七夕では、7種類の七夕飾りが飾れる。それぞれの飾りに意味がある。

短冊…学問や書の上達を願う。
紙衣…病や災いの身代わり、または、裁縫の上達を願う。
折鶴…長寿を願う。
巾着…富貴と貯蓄、商売繁盛を願う。
投網…豊漁を願う。
くずかご…飾り付けを作るとき出た裁ち屑・紙屑を入れる。清潔と倹約を願う。
吹き流し…織姫の織り糸を象徴する。
この内、吹き流しが現在の飾りつけの中心となっているが他の6種類の飾りも諸所に見られる。吹き流しにはくす玉が付く例が多い。

その他に特徴的な飾りとして、「からくり七夕」がある。これは数体の糸操り人形がのった小型舞台で、一定の動きが自動で繰り返される。また、仙台七夕まつりの初日である8月6日が原爆の日であることから「平和七夕」が行われている。これは全国から寄せられる100万羽もの折鶴から18万羽を5本の吹流しにして飾られるもので、その他の折鶴は花輪状にして観光客に平和のメッセージとともに贈られる。

飾りの設置は、まず商店街内に店舗を構える各事業所が滑車をつけた10m以上の竹を道に埋め込んである専用の差し入れ口に差し込んで立てる。次に滑車に通した紐に吹流しなどの飾り付けをつけ、紐を引っ張って飾り付けを引き上げる。最後に紐を固定する。この方法により、道の中央にアーケードのない一番町四丁目商店街では急に雨が降ってきた場合に吹流しを降ろしてビニールを被せることが出来るようになり、適宜天候に合わせた展示が出来るようになった。また他の全天候型アーケードのある商店街も含め、夜になると一度飾り付けを降ろして折り畳むかビニール袋などに包んで小さくし通行人が触れられないほど高くに引き上げている。これによって、深夜・早朝において飾り付けの破壊行為をされるのを防いでいる。

写真は 仙台七夕会館にて撮影。

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日本三景の宮城県・松島で29日、東日本大震災で休止していた松島湾の遊覧船の運航が再開され、観光客ら約320人が島巡りを楽しんだ。

運航する松島島巡り観光船企業組合によると、津波で湾の浮桟橋4基が流され、遊覧用の小型船26隻が流失するなどし、被害額は約1億円に上った。大震災翌日から職員らが休むことなく復旧にあたり、連休初日の再開に何とか間に合った。

伊藤章理事長は「復興の火付け役になれば」と期待をかけている。

同県石巻市の親類宅を訪れた後、乗船した埼玉県日高市の主婦(47)は「(運航再開をきっかけに)町が再び活気づいてほしい」と話していた。

読売新聞 4月30日(土)から。

宮城県松島町は、日本の東北地方の一角である宮城県の沿岸地域中部に所在する町。松島湾によって太平洋に面する地域で、日本三景の一つ「松島」の観光拠点として広く知られている。

現在は七ヶ浜町および利府町と共に宮城郡を形成する。

自然
宮城県中部に位置し、奥羽山脈から太平洋にまで至る舌状台地である松島丘陵が海に没する松島湾に面してある。松島丘陵、および、松島湾の多島海によって成る景観は、風光明媚として古くから知られており、古代以来、歌枕として、そして近世中期以降、とりわけ近現代では観光地として旅行者を引き寄せている。

山地(標高100m以上)
段山(だんやま。標高178.0mで、松島町内の最高峰)
姉取山(あねとりやま。標高138.2m)
富山(とみやま。標高124.0m。松島町と東松島市の市町境)
白坂山(しらさかやま。標高122.2m)
鷹場山(たかばやま。標高115.0m。松島町・大郷町の町境)
尾鹿ノ森山(おじかのもりやま。標高108.9m)
鷲尾山(わしおやま。標高約100m)

隣接する市町村

東松島市 :東部で隣接。
遠田郡 - 美里町 :北東部でわずかに隣接。
大崎市 :北部で隣接。
黒川郡 - 大郷町 :北西部で隣接。
同郡内(宮城郡内) - 利府町 :南西部で隣接。

歴史
縄文時代には、日本最大の貝塚である大木囲貝塚が造られた七ヶ浜一円と共に、松島一円は当時における“日本の中心地”の一つであった。

伝・大同2年(807年) :征夷大将軍・坂上田村麻呂が奥州遠征(蝦夷征討)の際、毘沙門堂(現在の五大堂の前身)を建立。
伝・天長5年(828年) :延福寺(瑞巌寺の前身)、創建。
9世紀 :源重之が「松島や 雄島(をじま)の磯にあさりせし あまの袖こそ かくは濡れしか」と和歌に詠む(後拾遺和歌集)。
12世紀半ば :女流歌人・殷富門院大輔が源重之の歌を本歌取りし、「見せばやな 雄島(をじま)の蜑(あま)の 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色は変わら」と詠む(千載和歌集)。
17世紀初頭 :伊達政宗が太閤・豊臣秀吉から伏見桃山城にあった茶室を譲り受け、月見をするための観瀾亭(月見御殿)を建造。
慶長9年(1604年) :仙台藩藩祖・伊達政宗が五大堂を再建(現存)。
寛永20年(1643年) :儒学者・林春斎が『日本国事跡考』において、松島を天橋立・厳島と共に「三処奇観」と風景評価した。これが後世知られる「日本三景」の端緒とされる。
正保4年(1647年) :円通院、創建。
元禄2年5月9日(1689年6月25日) :俳人・松尾芭蕉が弟子・河合曾良と共に塩竈から船で松島海岸に到着。瑞巌寺など名所・旧蹟も拝観した。
元禄2年(1689年) :儒学者・貝原益軒が『己巳紀行』において、史上初めて「日本三景」に言及。

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色鮮やかな笹飾りが街を染める「仙台七夕まつり」が6日、仙台市内で開幕し、和紙で作られた吹き流しや、短冊をつるした青竹など約3千本が取り付けられ、風に揺れている。

8日までの期間中、昨年より12万人多い220万人の人出が見込まれている。

8月7日 産経新聞から。
写真は仙台七夕館(08年7月21日撮影したもの)

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