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セガレは、泊まりがけで単身テツ旅に出かけていきました。「戦闘報告」の方は、帰ってきてから、ヤツに任せる事にしましょう。
さて、我が家の「テツの系譜」を語る時、忘れてはならないのが私の父(セガレにとっては祖父)である「辻堂の爺様」です。現在80歳を過ぎて健在、ガチンコのテツでは無いのですが、私も弟も、幼少期にはそれなりの「薫陶?」を受けた結果が、その子供らを含めた今日の姿です。
良いカメラもフィルムも無い時代に撮影した、ある意味「ブッ飛びもン」の写真が、数少ないとは言え存在し、これから、月1回、その「偉業」?をご紹介いたします。
まずは………
もう、何も言うことはない、C622の東海道現役時代!京都駅、という以外詳細は不明ですが、小生の生まれる前であることは確か。続いて……
これもスゴい、C59の牽く「さくら」。隣の客車、「スロハフ30」などという合造2・3等車。所属を車体番号の上に書いてあるのも、時代を感じさせます。
残念ながら、「さくら」には展望車は付いていなかったようで。
爺様にしてみたら、気まぐれに撮ったかどうか知りませんが、やっぱり、日常の活動は重要ですね、ハイ……
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18番線、「爺様の業績」(?!)
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おはようございます!
五十鈴拓磨父さま。
なんと、一枚目の写真はC622じゃないですか!
スワローエンゼルが見えなくて残念です。
しかも。列車ははととは・・。
C59124の牽くさくらもすごいですねー!
機関車ヘッドとテールの意匠が違ったんですね。
三枚目のカットでバックサインを入れて記念撮影しているのかな?
いつの時代でもこういう光景は変わりませんね!
2011/8/28(日) 午前 6:53 [ 亀三 ]
亀三さま。そうなんですよ。なにせC622ですから。
ちなみに、このC622とは、ずっと後に梅小路で私も、セガレも会っています。親子3代、京都で出合うという、珍しい因縁ですね。
数は少ないですが、「トンデモもん」が有りますので、今後にご期待下さい。
2011/8/28(日) 午前 9:12 [ 五十鈴 拓磨 ]
はじめまして。亀三さんのブログにちょくちょくコメントしてますゴハチ信者と申します。
この作品の撮影場所は3枚とも京都駅ではなく大阪駅です。決め手は
・ホーム上屋に吊り下げられている「東出口」「中央乗降口」の看板
・ホーム上屋の構造
・1枚目のC62右隣のホームのない線
です。京都駅の構造とは明らかに異なっています。
1枚目は10番ホームに入線する上り特急「はと」です。
2枚目は9番ホ−ムにて発車待ちの上り臨時特急「さくら」です。「はと」の10分続行で運転されていた筈です。
3枚目は2枚目の最後尾から撮られたものです。右隣の8番線に停まっている客車のサボが「大阪行」になっているので、山陽方面からの列車のようです。
それにしても貴重な作品ですね。
2011/9/11(日) 午後 10:57 [ ゴハチ信者 ]
ゴハチ信者様、ご訪問頂きありがとうございます。父からは「京都」と聞いておったので、疑いもしませんでした。何せ、私が生まれる前の写真ですから……
どこかで書きましたが、父も気まぐれで撮った物と思います。こういう日常の記録が大事なんですねえ……
今後とも、セガレ共々よろしくお願いいたします。
2011/9/12(月) 午後 0:19 [ 五十鈴 拓磨 ]
うーん、すごくきれいな写真ですね。
こんなよい状態で保管されていて、お宝ですね。
時代は昭和20年代の後半ですか。
2011/9/12(月) 午後 7:40 [ 日本一周 ]
日本一周様、この写真も、ネガは既に無く、ポジスキャンして掲載しました。高校時代(つまり36年前)、手札サイズでプリントしていたのが幸いでした。
この写真の撮影日等、辻堂の爺様も詳細な記憶は無く、C622が東海道にいた時代ですから、昭和20年代後半から、遅くとも昭和32年1月(小樽築港転属)まででしょう。いずれ、私は生まれておりません。
2011/9/12(月) 午後 11:31 [ 五十鈴 拓磨 ]