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卒業論文のテーマは、
「千葉県養老川小櫃川中流地域の地質図作成」
と決まり、担当の教授から、教授の一の子分と言われている、千葉のN御大に預けられることになりました。当然下宿は引き払う事になります。
先の九州旅行で案内人(「ヒマラヤ山系」の替わり)をやらせた、悪友のTと顔を会わせましたので、
「オレ、山歩きになるんでナ!」
と言いましたところ、
「まっ、キミは、狐や狸でも相手にしてるんですナ!」
と、えらくフザけた事をホザくので、
「アホか?!」
と、やり返したのですが、どうも、Tのヤツ、彼女が出来で浮かれていたようです。
さて、卒論の範囲を鉄道との関係で言いますと、小湊鉄道の上総牛久と久留里線の馬来田を結んだ線を北限とし、同じく飯給と小櫃付近を結んだ線が南限、東の境界は小湊鉄道、西の境界が久留里線という具合です。
実際の本格的なフィールド入りは、私の先輩の奥様が出産で里帰りする間、八幡宿のご自宅に2ケ月弱居候させて頂けるということで、7月中旬まで延びておりました。
現場のアシは50ccの原付バイクで、よく小湊のDCと競走しましたが、勝てるわけはありませんワな。
先輩の奥方様が戻られた9月以降は、小湊鉄道の月崎付近にある、市原市営国民宿舎「月崎荘」か、馬来田のF旅館、それでもダメなら上総牛久のS旅館などを転々とし、ひどいヤブと、毎日10匹以上出てくるヘビを相手にしておりました。
そんなことで、ろくな写真は残っておりませんが、房総一周、木原線、久留里線完全乗車など、ちょこまかとやっております。
で、小湊鉄道の写真は、飯給駅で撮ったこの1枚だけ。
久留里線は、最初に行ったときに、原型のままのキハ26400が居て、久留里まで乗りました。写真は、馬来田ですが、今、この駅は無人で、交換設備も取り払われています。
木原線と小湊鉄道の接続駅、上総中野は、こんな感じでした。
面白いのは、小湊鉄道は、駅名のふりがなを、「かづさ〇〇」としているのに対し、国鉄は「かずさ〇〇」としている事です。上総の国は、「かみつふさのくに」であり、歴史的な事を考えれば、小湊鉄道の「かづさ」のほうが良いと思っております。国語的・教科書的に正しいのは、国鉄の方です。
上総中野の運賃表。大原周りと五井周りの両方が出ています。
このころから、バスの車体デザインにも興味を持ち、とくに、地方のバス会社のオリジナル塗色を狙っておりました。まずは小湊鉄道。
次は、大原駅における都自動車。この会社、今では、路線バス事業からは撤退しています。
最初のバイク回送のとき、鹿野山で見たのは、日東交通の超旧型のこの車。
うろついているついでに、そのころの袖ヶ浦駅も、こんなでした。
結局、最終的にヤマをおりてきたのは12月25日だったかな、その間、マジメに毎日歩いていた訳でもなく、ときどきバイクで大原や、鴨川なんぞへも気分転換に遊びに行っておりました。
小湊鉄道の五井のクラは、次回掲載します。 |
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上総中野駅、駅舎は変わっているけどあまり変わっていないのですね。
去年の上総中野駅、30数年の今昔物語としてトラバさせてください。
2011/12/3(土) 午後 7:33 [ 日本一周 ]
日本一周様
トラバの件了解致しました。
これも、30年以上前の記録になってしまいました。
2011/12/3(土) 午後 8:35 [ 五十鈴 拓磨 ]