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どうしても、細切れのネガだもんで、こういった「ワゴンセール的」な掲載が出てきてしまいますが、ご容赦を……
もう、のっけから撮影場所、日時不明。でも、運転台上にライトがあるのは、
まだ161系の時代?「とき」と「あずさ」が共通運用だった頃は、運転台上にライトの無いクハだったような………
これも、場所が解らない。
これも、バックにあんな山が見えるから、新鶴ではないと思いますが、はて?
しかし、DE10が「最新鋭」だった頃なんでしょうねえ……
この阪急も皆目見当が着かない………
これは、はっきりしている。S47秋、国府津駅。多分、爺様のカメラを借りて私が撮ったんでしょう。きれいなクハ79ですね。
最近仕事で御殿場線に乗る事があります。323系のロングシート車で、何ともつまらないのですが、良く考えてみりゃ、昔は73系だったんですよね。私の世代(かつ行動範囲)では珍しかった73系も、ちょっと住む場所が違えば「フン!都会のお流れじゃんか!」で、オールロングシートには変わりはありませんでしたナ!
今月は、こんな所で。 |

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こんにちは。
この阪急は宝塚線用の2100系で、行先板のデザインから梅田〜池田の各駅停車です。このC#2114は宝塚方の先頭車なので、梅田行を後追いされたことがわかります。
この形式は元々はダブルパンタでしたが、昭和42年に架線電圧を600Vから1500Vに昇圧した際に梅田側を撤去しています。撤去後で6両編成のように見えますので、撮影時期は昇圧の前後だと思います。
この形式に関しては
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%AA%E6%80%A52000%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A
をご参照ください。
(続く)
2012/9/23(日) 午後 2:20 [ ゴハチ信者 ]
(上記コメントより続く)
なお、撮影場所は我が郷里の岡町駅です。決め手は編成右端あたりに写っている黒い物体です。これは次の曽根駅手前に数本植わっていた松の木なのです。
この10年ほど後に似通ったアングルで撮っています。
http://blogs.yahoo.co.jp/ef58believer/2291888.html
の1枚目をご参照ください。
池田発梅田行の各駅停車を爺様より宝塚寄りで撮ったものです。
ところで、辻堂の爺様は大阪に勤務されていたことがあるのでしょうか?
(終)
2012/9/23(日) 午後 2:21 [ ゴハチ信者 ]
ゴハチ信者様、毎回詳細なコメント、感謝いたします。
辻堂の爺様は、基本的に藤沢市内を外れた事は無く、何かの用向きで大阪へ行ったのではないかと推測致しますが、本人には確認しておりません。
後から出てきますが、京都市電北野線なんかもありますので、そのときはまたご教示ください。
2012/9/23(日) 午後 2:38 [ 五十鈴 拓磨 ]
こんにちは。
2枚目のあいづですが、これは上野の高架ホームじゃないでしょうか? 時代的に考えると、電車特急が同時に2本以上並ぶ可能性のある駅って、そんなに多くないと思います。上野から郡山まで順番に潰して行って、こういう形の跨線橋のある駅は上野だけだったんじゃないかと。
ゴハチ信者さんの懇切なコメントと並べると甚だ粗雑でガサツな憶測なので、まことにお恥ずかしいのですが…。
2012/9/23(日) 午後 6:13
まつしまサンへ。
上野の高架ホームという事も考えられなくは無いですが、いまひとつ自信がありませんでね……
でも、写真を拡大して見ると、遠景に高層ビルなんかが見えましてね。前回の「爺様の上野駅撮り」と同じ時の物かもしれません。
2012/9/23(日) 午後 7:30 [ 五十鈴 拓磨 ]