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平成3年3月、横浜転勤の内示を受けました。たった2年の新潟暮らしでした。
ちょうどその頃、越後中里駅の線路隣接で仕事をしており、打ち合わせに行った湯沢保線区の助役さんが、結構鉄道が好きな方でした。この方から、
「DD53かい、直江津と長岡に居るけど、表に出してたのを、そろそろクラにしまう頃じゃないか?」
と聞き、日曜日に車を走らせました。さらに長岡の機関区から直江津へ、途中、越後交通の西長岡のクラにも寄って、この雪国との別れを惜しんできました。
DE15は、仙台時代、ラッセルを着けたまま長町で昼寝していましたね。プレートは、
「若」でした。間近で見たのは初めてでした。
DD14は、幸運にも両方向でラウンドハウスに入っていたので、こういう写真が撮れました。
お目当てのDD53は、頭を奥にして、お尻?がこんなにはみ出していました。
近寄って1枚。
長岡のラウンドハウス全景。かつては、C57やC55がひしめいていたんでしょうね。
こちらは直江津の機関区。クラが大きく、DD53が先頭部ごとすっぽり。
ちょっと暗かったのですが、連結部は、こんなもの。
結局、DD53も、たった3両しか作られず、1号機は横川の鉄道文化村。あとは、どうなったんでしょうかね?
次回は、越後交通の電気機関車です。
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うわぁ…。この扇形庫のDL、ものすごいですね。圧倒されます。
SLも迫力ありましたが、こちらもすごい記録です。
今ではまさかハイモがずらーりと違うでしょうね。
2012/10/11(木) 午後 9:39 [ 日本一周 ]
親父の方です。出張先から失礼致します。
ラウンドハウスって、見慣れていたのは、電化後もずっと放置されていた国府津のものでしたから、よその機関区は、よく解りません。
でも、現役時代のDD53を写せたのは、良かったですワ。
2012/10/11(木) 午後 9:54 [ 五十鈴 拓磨 ]
トラバありがとうございました。
除雪ディーゼルの勢揃い、何度拝見しても見事です。
DD53も写真の手持ちがないので、ぜひよろしくお願いします。
2015/10/4(日) 午後 8:43 [ 日本一周 ]