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今年最後の投稿となりましたねえ。この「親父の部屋」に、皆様、お越し下さり有難うございました。もう半年程度は続く(ネタがある)予定です。廃線の宣言まで、よろしくお付き合いの程お願い申し上げます。
平成12年4月、水戸から横浜に引っ越し、東横線大倉山から歩いて15分ほどのアパートに、1年半弱を過ごしました。勤務先は、横浜市営地下鉄の阪東橋だったので、通勤ルートは、大倉山から桜木町まで東横線で行き、ここで地下鉄に乗り換えていました。横浜での乗り換えですと、地下鉄までが遠かったからです。
この当時、水戸でしっかり「テツ」を仕込んだセガレは、小学校入学前後。ロクなカメラもないまま、小生の「テツ」活動も中断したままの時期です。
大倉山からひとつ渋谷方向へ行くと、鶴見川を渡って綱島で、買い物その他で、時折歩いて行く事がありました。ここに掲載するのは、そんなある日に、セガレが撮したものです。セガレにとっては、最も古い記録となります。
実は、小生、私鉄沿線に居を構えたのはこれが初めて。小生にとって、関東の大手私鉄というのは、そもそも興味の対象外だったので、ここに写っている電車が、
8000系なのか8500系なのか、はたまた何なのか全く解らず、また解らなくても良いようなもンなんですが、セガレは、
「親父〜、ちがうよ、あそこがこなっているのが何系で……」
とか、説教をくらっている始末です。
まあ、この当時、菊名までは、日比谷線直通の営団03系と、東急の乗り入れ用車両である1000系という18m車が来ていて、このくらいの見分けは付きましたが……
結局、廃止になるのは知っていても、横浜〜桜木町間の写真を撮りに行く気力もなく、無くなってしまってから「しまったな〜」と言っている体たらく。情け無い……
では、皆様、良いお年をお迎え下さい。
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ひょっとしてこれ拓磨さまの5〜6歳くらいの作品ですか。
すごい英才教育だったのですね。
ちゃんと鉄道写真のセオリーを心得ていらっしゃる…。
2012/12/30(日) 午後 3:25 [ 日本一周 ]
親父の方です。
まあ、そんな所ですか、小学校入学前後の頃ですね。
列車写真をどう撮るか、なんて話は、ヤツがもっと長じて、このブログを立ち上げた頃に話した記憶があります。
当時の家から急な坂を上ると、頂上の向こうは新幹線の大倉山トンネルの東京側坑口で、100系の2階建ても走っていたころですが、さすがにこれは、フイルム付きカメラで撮れる代物ではありませんでした。
2012/12/30(日) 午後 4:30 [ 五十鈴 拓磨 ]