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デジカメになると、撮影した日付、時刻や諸元が残ってくれるので、手帳の記載ミスなんかがあっても、補完できるんで助かりますね。
さて、これは平成20年の11月、セガレと関東鉄道常総線、竜ヶ崎線を乗りつぶした時の写真です。手帳にはまともな記載が無いのですが、多分、北上尾〜大宮〜小山〜下館という経路だったのでしょう。下館の乗り換え改札で、JR分の精算と、関鉄の乗車券を購入しました。今や、まことに懐かしい「車補」の形!
さて、下館の関鉄ホームには、
新鋭、かどうかはさておき、こいつが待っておりました。JRのホームを挟んで向こう側には、真岡鉄道のDCが入ってきました。ここのC12の牽く50系にも、乗っておかないといけないのですが………
ところが、発車直前になって………
こんなのが入って来るもんで、セガレめ、
「乗る!あれ乗る!」
まあ、親父としても、もとキハ30ですから、乗せてやらない手は無い。(かったるいけど、仕方ね〜わなぁ)ということで、1本遅らせることにしました。
実質的には水海道行き。水海道で車両交換なんでしょう。1本遅らせたからには、しっかり「そもそも、キハ35系とは……」とホームでセガレ相手におっぱじめる親父。
ええか、キハ35系は、この吊り扉が特徴でな……
扉を開けた状態は、こうなる。
DCというのは、地方の、低いホームにも対応出来る様に、ステップがあったんだが、ここでは、潰されておるな……
運転台は、国鉄時代と、そんなに変化無いな………
円筒式通風機、グローブ型ベンチレータ、略してグロベンとも言うが、これが
0番台の特徴でナ。新潟向けに作られた500番台は、通風機が押し込み式なんで、外見から容易に区別がついてナ……
関鉄のマークだが、これは、前身の「常総筑波鉄道」の「常」の図案化でナ……
これは、いろいろお世話になっている葛飾快特さんから頂いた写真です。きちんと、きれいな撮り方しているなあ。
車内はワンマン対応で改造されているが、まあ、原型を推定するのは比較的容易であるな………
とか言っているうちに、時間が来て走り出したのですが、その瞬間の親父の叫び!
「こんなの、キハ30じゃねえ!」
エンジンを積み替えたのでしょう。加速がまるきり違う。排気音も、あの懐かしい
DMH-17系とは全く違う。
去就が注目されているしなの鉄道の169系、セガレにも見せてやりたい、乗せてやりたいと思う反面、車内はすでに原型を保って居らず、もうひとつ乗り気にならんのですが、それと同じで、自分と同じ体験をさせてやれるのは、余程幸運の部類なんでしょうねえ。
という具合で、特段見る物も無く、手帳の記載は全く無いので、水海道で乗り変えた車の車番も分からず、下館を出てすぐに降り出した雨がだんだん強くなる中を、ともかく取手着。親父は、これでそそくさと帰るつもりでしたが、セガレめ、
「ここまで来て、竜ヶ崎線に乗らないって話、無いだろ〜!」
と強硬に主張するので、仕方なく佐貫まで行き、コーヒータイムの後、竜ヶ崎線に。
もう、雨は「土砂降り」でした。
車内に写っているのがセガレ。淡々と竜ヶ崎まで行って折り返して、佐貫から531系で上野を目指しましたが、取手を過ぎて、併走する緩行線の207系とすれ違ったもんで、またしてもセガレが、
「どうしても乗る!」
仕方なく、折角乗った531系を柏で捨て、207系が折り返してくるのを待ちます。夜なので、写真も撮れませんでしたが、JR-Eたった1本の207系900番台で北千住まで。親父としてもこれが2度目にして最後の出会いでした。
このようにして、「子トンビ」のセガレに対し、着々と教育が進んで行きます。 |
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ここのキハ30はステップの段差がつぶされているのですね。
しかし教育はもう十分に行われていて、出藍の誉れではないですか…。
2013/4/20(土) 午後 8:35 [ 日本一周 ]
親父の方です。
まあ、この1年後くらいで、子トンビは趣味的には「巣立ち」を迎え、自分の世界を切り開いていきます。「出藍の誉れ」とは、親にとっては嬉しいですが、チト褒めすぎでは?(笑)
2013/4/20(土) 午後 9:37 [ 五十鈴 拓磨 ]
一昔前には、顔だけキハ30と言うのもいましたよね?
で、側面は片開きのステップ無しドアで。
あれが生きていれば、顔だけ一緒で面白い取り合わせが
できたでしょうに・・。
2013/4/28(日) 午前 5:34 [ 亀三 ]
そうそう。ありました。車体更新だか、廃車発生品流用だか忘れましたが。
2013/4/28(日) 午前 9:13 [ 五十鈴 拓磨 ]