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本社勤めというのも、大変に鬱憤の溜まる世界でして、決して「気楽な身分」ではありません。本社がこうですから、現業の方々はもっと大変でして、とうとう、同僚で鉄道好きのT君を誘い、「子トンビ」のセガレを率いて蹶起するに至りました。
8:20、秋葉原駅6番線のホーム千葉より先頭車位置でT君と待ち合わせ。T君も
中1のご子息を連れてきたので、2組の親子4人の道中となりました。
久しぶりに乗る総武緩行は231系。この線は、昭和54年、ようやく103系が入るか入らないかの頃に随分乗りました。その記憶か、どこかにまだ「カナリヤ色の101」が走っている様な気がします。
千葉からの鹿島神宮行き1531Mは京浜東北でかつて散々お世話になった209系。先刻、秋葉原で、
「あ、そうだよな、もう、113系って、居ないんだよな……」
と、突然言い出して、セガレには、
「しっかりせんか、親父!」
と、叱られる有様。
考えて見ると、首都圏の「通勤電車」であった73系も、ローカル転用されて行きましたよね。御殿場線などでは、Tc、TにWCを着けて「400番台」を名乗っていましたが、この209系、なんと、モハ208にWCが着いています。ちょっと驚き!
途中、里山風景やら、水郷風景を楽しみながら、列車の終着駅、鹿島神宮着。隣の鹿島サッカースタジアムまではJR線であることは良く知られています。ここへ来るのも水戸時代以来10何年ぶりだろう?
同じく10何年ぶりの鹿島臨海鉄道6000系。ハイグレードの展望車両、7000系は、一度乗ってみたかったのですが、今は定期運用は無いようで残念。
延長50km強の大洗鹿島線ですが、6000系DCはWC付き、転換クロスシート装備で、なかなか立派な車両です。
このDC、変速装置はフルオートではなく、変速から直結への切り替えは手動で行っています。T君、三陸方面で一緒に仕事をしていて、何度も山田線に乗っていますが、キハ110系との変速器扱いの違いを、自動車に例えて説明。
「ほら、今一瞬エンジン音が軽くなって、カクンと軽いショックがあってから、音が少し重くなったろ、これが直結に入れたときでナ……」
T君曰く、
「五十鈴さん、今、親子で一緒に、音が変わったのに反応してましたよ!(笑)」
時刻表によれば、大洗駅では4種類の駅弁を売っているとのことでしたが、ホーム売りは流石に無く、ここで1本遅らせると後の行程に響くのであきらめ、水戸まで通しました。結局、昼飯は水戸の改札内にあるファストフードで終わり。本来、ホスト役である小生としては、「電車に乗って駅弁を頬張る」事を考えたのですが、どうしても時間的に上手く行かず、こんな事になってしまいました。
水戸から、ひたちなか海浜鉄道に乗るべく、勝田に向かいます。この掲示版、「仙台方面」の字がテープで被されているのを見て、セガレが嘆きました。セガレは、3年前の東北方面初の一人旅で、最終行路を、仙台発の「スーパーひたち」とし、仙台から乗り通してきました。流石に疲れたようですが、相当の達成感はあったようです。その常磐線が、震災被害と原発災害から、未だ立ち直れない事については、小生も、「哀しい」とか「寂しい」とかでは言い表せない物を感じます。
ホームで待っていたのは、501系10連。でも、この電車は次発で、これではひたちなか海浜鉄道に間に合わないので、写真だけ。しかし、水戸近辺で、10両固定編成ってのは、収容能力ありすぎでは?
勝田で待っていたのは、三木鉄道から来たミキ300。う〜む、折角T君親子を連れてくるなら、羽幌やら留萌から来たキハ22に乗せてやりたかったんだが、仕方が無い。
運転台を1枚。先程の鹿島臨海での話もあって、変速〜直結の切り替えをどうしているかと見てみましたら、
どうやら手動で切り替える様子。
沿線、それほど見るべき物は無く、思った通り、那珂湊での交換列車はキハ2005。
1本遅らせる選択は、今日は初めからあり得ず、もう、乗り通すのみ。
終点、阿字ヶ浦、昔はこんなサクなんか無かったんですがね。水戸時代に通りがかったら、今大宮の鉄博にいるキハ11ともう1両を、構内外れに留置して、「更衣室」として使っていた記憶があります。
とにかく、かつてこの線は海水浴シーズンはやたら混んだようで、国鉄からも、上野発でキハ58系が「快速阿字ヶ浦号」だったかで乗り入れていました。今では、面影もなかなか見いだせないですが。
で、列車を降りたら、一人の婆ちゃんが改札と反対方向へ歩いて行くので、よもや?
と思って見ていたら、ホームの端から線路に降りて、そのまま構内を横断。まあ、ローカル線の終着駅ですから、いいんですがね……
そのまま折り返して勝田に戻り、ここ始発の「フレッシュひたち44号」を待ちます。
小生にとっても、セガレもですが、水戸時代の常磐線車両は懐かしく、こういった
415系に遭うと、嬉しいですね。
発車約10分前、電車区から直接入ってきた657系。いつもは見るだけですが、とうとう乗れますね。
最後尾から1枚。おお、何と、車内販売も乗ってくるではないですか!
これは、デッキと客室の仕切りドアですが、こういった模様入りガラスを使っています。最近、こういうの、増えていますね。
でも、何で、座面、また動かなくしてしまったんだろう。この前の「スーパーこまち」もそうですが……マクラも、E5系のように、変型して固定できるタイプでは無いし……まあね、震災が無くても、常磐線で上野から特急に乗る人は、せいぜいいわき泊まり、これで仙台まで乗り通そうなんてご苦労な御仁は、この親子トンビを含めても、そう居ないでしょうから、簡略化されても仕方が無いのか……
という具合で、やって来た車販から、オヤジ共はビール、セガレどもはジュースを買って、車内で乾杯。「フレッシュひたち」を柏で降り、東武野田線に乗り換えて、流山おおたかの森でT君親子とお別れ。蹶起は終了となりました。
で、我らトンビ親子、大宮まで出てきて、ホームの電光掲示を見たら、「3ドア 新前橋」と出ています。おお、これは、もう1編成しか動いていない211系!ということで、7番線側で待つ事約20分。
211系って、私の中では、まだ「新型」なんですけどねえ……もう、この1編成しか、基本10両編成は動いていないと言うんですから。東京口から3扉車という物が姿を消す日も間近です。すでに近郊形と通勤形の境目は、もう消滅しましたしね。
で、折角ですので、昨年、これは別の意味で蹶起して、女房と娘を連れて那珂湊の
「おさかな市場」まで車で走った折に、那珂湊の車庫で撮した、ひたちなか海浜鉄道の車両たちを、次回お目にかけることに致しましょう。 |
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電車はあまり詳しくはありませんが、211系は最近まで新型ってイメージでしたね・・・。
ようやく、古くなってきたのかなーって思ってきました。
型番忘れたけど、全体的にグリーンとオレンジのツートンカラーの電車が古いってイメージでしたが、あれ全く見なくなりましたね・・・(´;ω;`)好きだったのになぁ・・・。
Nケージで211系持っているのでこっちもなんか愛着がありますw
2013/4/30(火) 午前 1:19
桜花様、ご来訪ありがとうございます。五十鈴拓磨・父です。
桜花様のお住まいがどこなのか存じ上げませんが、「グリーンとオレンジのツートンカラー」は、「湘南色」といって、昭和25年に出来たモハ80系が採用してから、国鉄の直流近郊型・急行型電車の標準色といっても良い程でした。桜花様が普段目にされていたのは、東海道スジなら113系、東北・高崎スジなら115系という所でしょうか。
211系も、古いものは昭和63年の製造。それなりに古くなったんですね。湘南色の名残は、写真の211系が胴体に巻いている帯の色に見られます。
2013/4/30(火) 午後 0:45 [ 五十鈴 拓磨 ]
のんきにやっています。
またのお越しを。
(吉田)
2013/5/2(木) 午後 5:00 [ ひたちなか海浜鉄道 ]
親父の方です。
ひたちなっか海浜鉄道様、いや〜、ご来訪頂き感激です。また、会社の鉄道好きを引きずってお邪魔致します。
2013/5/2(木) 午後 9:52 [ 五十鈴 拓磨 ]