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(随想集 つづき)
大正14年2月刊行の「樹木とその葉」は、「随想集」として出されました。この中に「野蒜の花 その一」という一文があります。書き出しが
酒の話
これは、沼津の牧水記念館から出している「牧水 酒のうた」という小冊子には採録されておりませんが、まあ読んで呆れるような内容です。「牧水 酒のうた」の補遺ともなりますので、折角ですから全文をご紹介しましょう。
昨今私は毎晩三合づつの晩酌をとつてゐるが、どうかするとそれで足りぬ時がある。さればとて獨りで五合をすごすとなると翌朝まで持ち越す。
此頃だんゞ獨酌を喜ぶ樣になつて、大勢と一緒に飮み度くない。つまり強ひられるがいやだからである。元來がいけるたちなので、強ひられヽばツイ手が出て一升なりその上なりの量を飮み納める事もその場では難事でない。たヾ、あとがいけない。此頃の宿醉の氣持のわるさはこの一二年前まで知らなかつたことである。それだけ身體に無理がきかなくなつたのだ。
對酌の時は獨酌の時より幾らか量の多いのを厭はない。つまり三合が四合になつても差支へない樣だ。獨酌五合で翌朝頭の痛むのが對酌だと先づそれなしに濟む。けれどその邊が頂點らしい。七合八合となるともういけない。
まあ、私も、どうにかすると一人で二合くらい飲みますけどね。仲間と仕事帰りとか会合の後とか、東京で飲むと、その場の勢いで四合近く飲むこともありますが、帰りの事が心配で、やっぱり「殺して」飲んでいるのでしょうね。
人の顏を見れば先づ酒のことをおもふのが私の久しい間の習慣になつてゐる。酒なしには何の話も出來ないといふ樣ないけない習慣がついてゐたのだ。やめようゝと思ふ事も久しいものであつたが、どうやら此頃では實行可能の域にだけは入つた樣だ。何よりも對酌後の宿醉が恐いからである。
運動をして飮めば惡醉をせぬといふ信念のもとに、飮まうと思ふ日には自ら鍬を振り肥料を擔いで半日以上の大勞働に從事する創作社々友がいま私の近くに住んでゐる。この人はもと某專門學校の勅任教授をしてゐた中年の紳士であるが、さうして飮まれる量は僅かに一合を越えぬ樣である。その一合を飮むためにそれだけの骨を折ることは下戸黨から見ればいかにも御苦勞さまのことに見えるかも知れない。然し得難い樂しみの一つを得るがための努力であると見れば、これなども事實貴重な事業に相違ない。まつたく身體または心を働かせたあとに飮む酒はうまい。旅さきの旅籠屋などで飮むののうまいのも一に是に因るであらう。
まあ、牧水先生のお近くにいるんなら、飲めなきゃしょうがない、という気にもなるんでしょうが、飲む量が僅かに一合を超えぬ程度というのも、「そりゃ、ご苦労さん」ですわ。多分宿酔するタイプなんでしょうね。牧水はこれを決して非難せず、むしろ「事實貴重な事業」とまで賞賛しております。私が最近飲むようになったのは、これはあくまで推測の域を出ないのですが、脚部のヘンな乾疹?のため、永年「抗アレルギー剤」を服用しており、ために宿酔しなくなったから安心して飲めるようになったからではないかと思います。昔は、ひどければ缶ビール(350ml)1本で、翌日ひどい目に遭いましたから。とはいえ、基本的な「強さ」は、あまり変わっていないようにも思います。
旅で飮む酒はまつたくうまい。然し、私などはその旅さきでともすると大勢の人と會飮せねばならぬ場合が多い。各地で催さゝる歌會の前後などがそれである。酒ずきだといふことを知つてゐる各地方の人たちが、私の顏を見ると同時に、どうかして飮ましてやらう醉はせてやらうと手ぐすね引いて私の一顰一笑を見守つてゐる。從つて私もその人たちの折角の好意や好奇心を無にしまいため強ひてもうまい顏をして飮むのであるが、事實は甚ださうでない場合が多いのだ。これは底をわると兩方とも極めて割の惡い話に當るのである。
どうか諸君、さうした場合に、私には自宅に於いて飮むと同量の三合の酒を先づ勸めて下さい。それで若し私がまだ欲しさうな顏でもしてゐたらもう一本添へて下さい。それきりにして下さい。さうすれば私も安心して味はひ安心して醉ふといふ態度に出ます。さうでないと今後私はそうした席上から遠ざかつてゆかねばならぬ事になるかも知れない。これは何とも寂しい事だ。
獻酬といふのが一番いけない。それも二三人どまりの席ならばまだしもだが、大勢一座の席で盃のやりとりといふのが始まると席は忽ちにして亂れて來る。酒の味どころではなくなつて來る。これも今後我等の仲間うちでは全廢したいものだ。
う〜む、そうか。一杯の酒を味わうのに、身体が汚れているといえば銭湯へ行って、帰りは埃をまとわぬよう爪立って歩いてくる程の人ですから、旨くも無い酒は飲みたくも無い、という事なんですね。大正13年、長男の旅人氏を伴っての「こんどの旅」も、「何しろサケが恐くて」、初日は熱田であえて「素下戸の」鷲野飛燕宅を狙ったのに、
所が、同君はまた自身一滴も飮み得ない事を悲しみ特に小生の相手として附近で最強の飮手である中林晴太郎、前田源の兩君を招いて既に酒陣を張つて待ち受けてゐる所であつた。そして型の如く同家のを飮み乾した擧句、まだ何處かで起きてゐる家があるだらうと夜中に三人して出懸けて二三軒も飮み廻るといふ結果になつてしまつた。
という結末になったのは以前ご紹介したとおりですが、さて、ここからが牧水の本領発揮、なのです。
若山牧水といふと酒を聯想し、創作社といふと酒くらひの集りの樣に想はれてる、といふことを折々聞く。これは私にとつて何とも耳の痛い話である。私は正直酒が好きで、これなしには今のところ一日もよう過ごせぬのだから何と言はれても止むを得ないが、創作社全體にそれを被せるのは無理である。早い話が此頃東京で二三囘引續いて會合があり、出席者はいつも五十人前後であつた。その中で眞實に酒好きでその味をよく知つてるといふのは先づ和田山蘭、越前翠村に私、それから他に某々青年一二名位ゐのものである。菊池野菊、八木錠一、鈴木菱花の徒と來ると一滴も口にすることが出來ないのだ。そしてその他の連中は唯だ浮れて飮んで騷ぐといふにすぎない。にやゝしながら嘗めてゐるのもある。酒徒としてはいづれも下の下の組である。一度も喧嘩をしないだけ先づ下の上位ゐには踏んでやつてもいヽかも知れぬ。噂だけでも斯ういふ噂は香ばしくない。出來るだけ速くその消滅を計り度い。心から好きなら飮むもよろしい。何を苦しんでかこれを稽古することがあらう。一度習慣となるとなかゝ止められない。そしてだらしのない、いやアな酒のみになつてしまふのだ。
全國社友大會の近づく際、特にこれらの言をなす所以である。
まあ、それでも親玉が大酒飲みなら、結社自体もどう思われるかは見えた話。しかし、ただ浮かれて飲んで騒ぐようなヤツは「下の下の組」、ケンカを吹っかけないだけ「下の上」位に踏んでやっても良いが、と、何とも手厳しいこと。これでは、私なども下の下の組じゃあないですか。確かに、一度習慣になったら、休肝日もなにもあったものでは無く飲み続けておりますので。でも、飲んでいて酒の味が落ちてこないのかな?例えばビールなら、ある程度「苦くなったな」と思うところが大方良い加減で、それ以上飲もうとするなら、酒の種類を代えないといけませんね。
いずれにせよ、「朝二合、昼二合、夜六合、しめて一升」とか言って居る懲りない御仁ですから、今回は呆れて笑っておしまいとしましょう。
(随想集 おわり)
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20番線、親父の「鉄道以外」
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