高崎線userのRailLIFE

倅:オカシイ。妹の方がネタ撮ってる 親父:偶然は怖いだろう??

20番線、親父の「鉄道以外」

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J様へ


過日の「津軽平野」に関する小生の記事に丁重なるコメントを頂戴し、感謝いたします。そうでしたか、J様は単身赴任のご経験がありましたか。小生は気楽な独身者で、初めはラジカセ、後にオーデイオコンポこそ持っておりましたが、テレビは無し、新聞も取っていないという浮世離れしたような生活を都合8年も楽しんでおりました。


今、「旅の歌」を考えるに当たって「旅」とは、或いは「故郷」とは何であるか?故郷と、「旅」とは対立概念なのか?「故郷」を持たずとも「旅」があり得るか?等、等……のっけから大変重い課題が目の前にどかんと現れ、行く手を塞いでいる有様です。たしか高校生の頃取っ組んで、多分歯が立たなくて放棄したような記憶もあります。さて、どこから手を着けましょうか?


 論を進めるためと、思考の整理のため、私が普段何となく使っている「日常」、「非日常」という区分を使って考えてみようと思います。その過程で、若干私事に亘ることも出てきますが、ご容赦下さい。


 現在私が勤務している会社は、地質調査を生業としております。この仕事は、ほぼ「現場作業」というものを伴うため、近場であれば拠点事務所から、遠ければ現地に仮設事務所(臨時事務所)を構え、旅館などに泊まって仕事をしてくる事になります。ただ、本当の「建設工事屋」ではないので、一つの現場で半年も居たら余程長い方で、長くともまあ2〜3ケ月、極端なのは行ったその日でその「現場」は終わり、また次の現場に向かいます。「現場掛け持ち」という場合もあって、拠点事務所を中継点として「あっち行き、こっち行き」となることもあります。また、人員構成の関係から転勤ということもあり、北海道から九州まで、どこに行かされるかはその時次第です。こういう生活をしていますと、「舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらへて老をむかふる物は」とまでは行かなくても、移動も仕事のうちで、また、現場やその周辺で普段目にしない様々なものを見て歩く事になります。ちょうど当社の名古屋店の連中がJ様の御近在で仕事をさせて頂いた折り、彼らは南伊豆の風物を、植生やら、地形やら、気候やらを毎日目にしていたと思います。もちろん「仕事」の中の事ですから、勝手にどこかへ行くということは出来ず、あくまで与えられた「現場」の範囲の中ではありますが。

 では、彼らは自分たちを「旅人」と思っているかと言えば、おそらくはそんなことは無いのであって、あくまで「これが日常の仕事」と思っているはずです。結局他人から見たらともかく、自分の意識の中で「日常」と思っている限り「旅」ではないのです。かく申す私も本社の人間として、出先の拠点周りや現場の安全パトロールなどをしますが、新しい風物を目にしても、これも「仕事のうち」。北海道へ行こうが沖縄へ行こうが「日常の延長」です。あとは牧水の詠ったように、その一瞬一瞬「たび人のさびしき眼」を意識しているかどうかの違いになります。


しみじみと遠き邊土のたび人のさびしき眼して停車場に入る (死か藝術か)



もうひとつ、「本人の意識」について、補助線を引いておこうと思います。JR東日本の社内誌「トランヴェール」に角田光代のエッセイが載っておりました。平成244月号、とメモにあります。正確な引用が出来ないのですが、概ねこんな事が書かれていました。


海外から帰って、この国の色彩は本当にやわらかい。ああ、帰ってこれたんだ!都心に近づくにつれ、次第にふくらんでくる「私に含まれているかのような近しさ」。しかし、同じ風景なのに、友人を成田空港まで迎えに行くとき見たのは、何と、ただの退屈な、見るべきところもない田園風景が広がっているだけ。 


 これから、このように結論づけています。


旅というのは、空港に着いたときに終わるものではなくて、周囲の景色が、わざわざ目を凝らすこともない日常に戻ったときに終わるのだと知った。



一方、「故郷」というもの、これも一筋縄で片づくとは思えぬ難物です。会社の同僚に、ご父君が自衛官であったという方がおられました。当然「転勤族」。ご家族連れで何度も転居され、会社に入るまでは、まあ、一番長くいたのがどこそこかな、次は‥という工合で、ご本人曰く、 


「何をもって故郷と言うか、だが。親は持ち家買って、今も市に住んでいるよ。オレ自身は、故郷はどこ?と聞かれても困るわな」 


だそうです。私自身は、20歳になるまで神奈川県藤沢市に居ました。親は今でもそこに住んでおり、ここが故郷と言えば言えなくもありません。では、なぜこういう歯切れの悪い物言いをするのか。ひとつは、故郷を出てからの方が既に長くなってしまい、しかも前述したような商売柄、自分の生まれ育った土地とその風物を相対化して見る癖がついてしまったのだろうと思います。もう一つは故郷そのものの変化にあります。東京から電車で1時間弱、海があって、観光地としてもベッドタウンとしても極めて人気の高い土地柄、駅裏の工場が移転し、どでかいショッピングモールや団地があっという間に出来てしまうのでは昔の面影も何もあったものではありません。大きな道路が一本出来たら全く街の貌が変わってしまいました。丁度朔太郎が「物みなは歳日と共に亡び行く」と詠ったような心境です。大げさに言えば「故郷喪失」です。 


 でも、と再び考えます。私の基本的な感性を育てたのは、やはり「あの当時の」故郷ではなかったのか?朔太郎を育てたのは、「その当時の前橋」です。それが物理的に「歳日と共に亡び」てしまってもこの事実は動かないだろうと考えます。


 今「感性」という実に気障な言葉を使いました。この「感性」には、その当時の故郷という土地柄における常識、極論すれば、電車は5分に1本来る、というものから、どこどこと比べればこちらのほうが余程都会、という嫌らしい優越感に至るまでの、極めて幅の広いもの、とお考え下さい。前回、「津軽平野」でお話ししたとおり、やはり私の感性は、どこまでも「首都圏人」。あの歌に反応する方向性が全く逆なのです。 


 さて、自分の論拠も大体見えてきました。ようやく「旅の歌」の中身に切り込んでいくことにいたしましょう。


(この項つづく)

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五十鈴 拓磨
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