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S様、昨日の記事にコメントを頂戴し、ありがとうございました。
「解る」と「感じる」、厳密に言えば違います。というか、何を以て「解った」というのか、話はここに尽きるのであって、……、と書き出して、自分で笑い出してしまいました。これが、典型的な「人に解らせることを生業とする者」の習い性となった事だからです。小林秀雄が文中で、
絵や音楽が解ると言ふのは、絵や音楽を感ずる事です。愛する事です。
と書いていますのでね。でも、そりゃ、S様と私と小林秀雄と、「解る」、「感じる」を、全く同義で使っている訳は無いのですから。
さて、頂いたコメントの最後で、
一番いけないのは「分った気がする」ことです。桜を見て分るのはその花の名前が桜と分っただけです。それで大概のひとは済ませています。
とありますが、これ、冗談でなく、今の仕事において私の「戦い」の一つなのです。文中、
日常生活では、言葉は用事が足りたら、みな消えて無くなる。さういう風に使はれていることに、諸君は気が附かれるでせう。言葉は、人間の行動と理解の為の道具なのです。
ところで、歌や詩は、諸君に、何かをしろと命じますか?
とあります。私の仕事は、社内規定のように、社員に対して「何かをしろ、と命じる」文書を書くことですから、実務レベルでどうでも「解らせなければなりません」。ここで実に厄介なことが起きます。ISOの国際規格、原文は英語で、これが日本に入ってくるとJISになるわけですが、JIS化の段階で、元来日本には無い概念や、どうしても日本語でぴったり当てはまる概念が無い場合は、カタカナでそのまま残しております。典型的なのが「プロセス」で、その定義は、
インプットを使用して意図した結果を生み出す、相互に関連する又は相互に作用する一連の活動 (JIS Q 9000;2015 3.4.1)
ですが、これを読んだって何の事やら解りません。私自身が苦労しました。結局は生産管理の勉強をし、その道の恩師にも出会って、そう外れても居ない程度にこの概念は理解したつもりです。次に、JIS規格の要求事項において、「プロセス」という言葉が出てくるたびに、社内文書を書く立場として、はて、この場面では、「プロセス」に、何という言葉を充てたほうが良いのか、もうさんざんに悩むことになります。それも、世間一般の言葉ですむ場合と、どの会社にもある、ある種の慣例的使用法も考えながら言葉を選んでいくのですから、昨日引用しました、
成る程、詩人は言葉で詩を作る。しかし、言ふに言はれぬものを、どうしたら言葉によつて現す事が出来るかと、工夫に工夫を重ねて、これに成功した人を詩人と言ふのです。
「プロセス」だけではありません。「アカウンタビリティ」という言葉も、世間一般では「説明責任」と訳されていますが、どうも私の調べた限りでは、単に「説明が果たせればよい」などという生易しいものではなく、「地位に基づく無過失責任」という意味のようです。ただ本当に元来日本になかった概念かとういと、そうでも無いと思います。江戸時代、「宝暦薩摩の治水」といわれる、薩摩藩を財政面で破綻させて潰そうという幕府の命によって、薩摩藩は工事費用全額持ちで、木曽川・長良川・揖斐川の三河川分流工事を行います。土木技術的には、現代でもそう簡単ではない工事をやり遂げ、無事幕府に引き渡しを終えた後、総奉行であった家老の平田靱負は、藩への多大な負担の責任を取って自刃しています。(注記参照)本来的な責任「レスポンシビリティ」から見たら、現代ですら容易でない工事を立派にやり遂げた訳ですから、見事「レスポンシビリティ」を果たしたはずですが、家老という職にあって、藩の存立を崩す事業に総奉行として自分が関わった、その結末に対して腹を切ったという事が日本的な「アカウンタビリティ」の果たし方ではなかったかと考えます。そこで私は「アカウンタビリティ」を「ハラキリ責任」と言っております。え?まさか社内文書には書きませんよ。説明会の時に言うだけですよ。
S様が言われていた「分かった気がする」どころか「言葉を知っただけで分かったつもりになっている」、その実一知半解で会社のトップ級が動かれたら事務方はたまったものではないのですが、悲しいかなこれが実情で、お陰で酒量がめっきり増えました。それは置いておくとして、小林秀雄に戻りましょう。小林が文中で、
美しい自然を眺め、或は、美しい絵を眺めて感動した時、その感動はとても言葉で言ひ現せないと思つた経験は、誰にでもあるでせう。諸君は、何とも言へず美しいと言ふでせう。 (中略) 美しいものは、諸君を黙らせます。美には、人を沈黙させる力があるのです。これが美の持つ根本の力であり、根本の性質です。絵や音楽が本当に解るといふ事は、かういふ沈黙の力に堪へる経験をよく味ふ事の他なりません。
と書いているあたり、ここが、この作品の結論の一つであろうと思います。自分の事で言えば、まさに中学生の時代に始まる、いくつもの感動の記憶を言葉に現わそうという想いが、今日まで物を書き続けさせているのでしょう。小林の言うとおり、沈黙せざるを得ない瞬間の記憶を。ですから、そりゃあ難事でしょう。そう、私はあの中学をまだ「卒業していない」のですよ。
また、話があらぬ方向へ飛んでいってしまいました。つくづく「沈黙に姿を与える」ことを生業にしていなくて良かったと思います。(笑)
平田靱負の死因については、“ウイキペディア”によれば、自刃説は後世生まれた誤説で、島津藩の「島津氏世録正統系図」には、「平田は昨年から病気でいまだ回復せず、さらに胃を病んで5月24日数度吐血し、25日死す」とあり従来の美談が作られたとする説も存在しているようです。ただ同時代の公式記録に自刃という出来事を載せないという主張も存在しており、さらに検証が必要である、としています。 |

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