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あんまし能書きが続くと退屈でしょうから、電車編を始めたいと思います。まずは、これまで能書きを垂れてきた「抵抗制御」の電車、首都圏のJRでは唯一となってしまった185系から行きましょう。
185系は昭和56年登場。東海道線の田町電車区に長らく在って伊豆方面の急行に活躍してきた153系も老朽化が進み、置き換えが検討されるようになりました。また、153系同様通勤輸送にも使える車両、かつ、当時183系で運転されていた特急「あまぎ」も併せて置き換えようといういささか八方睨み的な設計思想で、10両編成グリーン車2両組み込みの基本編成と普通車のみ5両の付属編成が作られました。翌昭和57年には、新前橋電車区の165系電車急行を置き換える為に塗装が横線1本で7両編成の200番台が車両増備され、大宮暫定開業であった東北・上越新幹線の大宮〜上野間を結ぶ「リレー号」としても使われました。しかし、世は移って、現在の特急定期運用は「踊り子」だけ。営業のY君、S君ともに、臨時列車として走る姿しかもう見られなくなりました。S君は大宮車両センターへの出入りで、まだ自宅から10両基本編成も見る機会があるかと思います。
由緒正しき?第一編成
第一編成のクハ、トップナンバー
臨時用6両とはいえ、登場当時のストライプ模様、両毛線足利藤祭り臨時
さて、昭和56年と言いますと、このご隠居は23歳、就職して2年目で既に名古屋に居りましたが、鉄道雑誌で185系の概要を読んで怒り心頭に発しました。まず、型式番号の10の桁は「8」ということは、「特急用車両」を意味します。185系より10年ほど前の昭和47年、房総方面の特急用に作られた183系が普通車に装備していたのは「簡易リクライニングシート」、まあロクな代物では無かったのですが、185系が普通車に装備したのは、何と、これよりさらに落ちる「転換クロスシート」。快速列車とか急行列車並の装備なのに、「あまぎ」から「踊り子」に改称し、従来の急行「伊豆」や「おくいず」を統合した「特急」に使おうとは、何という「やらずぶったくり」商法であることか!加えて設計最高速度が、急行型の165系と同じ110km/hというので、更にアタマに来ました。まあ、今からして見たら、185系の投入された線区は、線区の最高速度そのものが110km/hであるうえ、夏場や冬場の臨時列車対応として走るのが、上越線や信越線、中央東線などの勾配線区となるのは目に見えており、まあ仕方が無かったかと思うのですが、「転換クロスシート」の特急車というのだけは断じて許せませんでした。追い討ちを掛けるように、新前橋電車区に配備された200番台車両は、それまで165系で運行されていた急行「あかぎ」や「なすの」を置き換え、「新特急」に格上げするというナメた真似をしてくれましてネ。ですから、この隠居、185系の事を良く言った試しがありません。そのくらい「ど〜でも良い」車両だったのですが、いろいろ塗色変更などが出てきて、「末期的症状」を呈しだしてからようやくカメラを向けるようになりました。
新宿行き「あかぎ」、ブロック塗装
上越線スキー臨時快速、ブロック塗装
157系「あまぎ」を模した塗装
かつての80系急行「草津」を模した湘南色塗装
なお、200番台車両で追記しておきますと、製造当時、まだ長野新幹線の開業前であり、信越線は碓氷峠の横軽区間が運行されていました。この区間は66.7‰という急勾配のため、「重い車両を坂の下の方に繋げる」という原則があり、電動車のユニット(モハ185とモハ184の2両で1ユニット、詳細は別途)の向きが田町の車両と逆でした。平坦区間での原則は、ユニットを組む電動車のうち、型式番号が奇数の「M車」、主幹制御機を積んでいる車両が「北より」なのです。これも、平成25年の田町電車区廃止〜大宮車両センターへの集結前から、編成毎の方向転換が行われて、ユニットの向きをそろえました。また、グリーン車の位置が6号車(北から2両目)であったのを、4号車に組み直しました。このへんの写真が、無いんだよな〜。
唯一、185系の事で良い方の思い出と言いますと、185系の搭載している電動機、MT-54型の音は、その前身であるMT-46型、つまりは幼少期から聞き慣れた153系に通じる音であり、夜など会社から帰ってきて北上尾で聴く特急「あかぎ」の通過音は、はるかな昔を思い出させる瞬間でもありました。
まあ、平成7年から新前橋所属の200番台車両、平成11年からは田町の車両も、リクライニングシートへの装備変換が行われ、ようやく特急車らしくなりましたが、シートピッチは転換クロスシートそのままのため、他の特急車より狭いと聞いております。新前橋の車両は、特に、前の座席の下に暖房装置があって、足を伸ばしづらいのが欠点ながら、まだ「切れ込み」というのか「凹み」を作って足を伸ばすスペースを稼いで居るのですが、田町の車両は暖房機のカバーに切れ込みが無く直壁になっているのです。
新前橋車、暖房カバーに切れ込みあり
田町車、暖房カバーに切れ込みなし
185系も、田町電車区が無くなって、基本番台も200番台も大宮車両センターに集結しましたが、さらには「あかぎ」、「草津」が651系1000番台に置き換えられて定期運用を失い、グリーン車を外して臨時列車用の6両編成、また田町の付属編成5両からサハを1両抜いて4両編成、など、過去の優等列車用車両が辿ってきた路を、185系もまた辿りつつ在ります。185系「踊り子」の後継は、中央東線で「あずさ」、「かいじ」に使われて居た257系、多分房総方面の余剰車も加えての話でしょうが、いよいよ最初の編成が落成した模様で、とうとうこの電車も「過去帳入り」が近くなってきました。このご隠居が「定年」、人間で言えば入社1年下、という事になりますから、まあ、仕方ないんだろうなあ……
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