全返信表示
牧水鑑賞 「牧水 汽車のうた」 その6
20番線、親父の「鉄道以外」
[ 五十鈴 拓磨 ]
2016/8/2(火) 午後 9:20
牧水鑑賞 「牧水 汽車のうた」 その5
20番線、親父の「鉄道以外」
[ 五十鈴 拓磨 ]
2016/8/2(火) 午後 9:16
牧水鑑賞 「牧水 汽車のうた」 ちょっと休憩
20番線、親父の「鉄道以外」
[ 五十鈴 拓磨 ]
2016/8/2(火) 午後 9:13
sada樣、多数のコメントありがとうございます。
今、原典がわかりませんが、「牧水は、歩いて旅する最後の歌人ではなかったか」と書いていた人がおられました。達治も「漂白の詩人」と言われますが、歩く要素は牧水と比べたらかなり小さいのでは無いかと思います。
なお、「旅」について、角田光代が興味深いことを書いています。(JR東の車内誌”トランヴェール”)
海外から帰って、成田から都心に向かう車中、日本の風景が何と色彩柔らかなものかと改めて思うのに、同じ風景で、成田に知人を出迎えに行くときの何と退屈な、見るべき所の無い”日常の風景”であることか。
これらから、次のように結論づけています。
旅というのは、空港に着いたときに終わるものではなくて、周囲の風景が、わざわざ目をこらすこともない日常に戻ったときに終わるのだと知った。
と。
牧水鑑賞 「牧水 汽車のうた」 その6
20番線、親父の「鉄道以外」
[ sada ]
2016/8/2(火) 午前 3:18
牧水鑑賞 「牧水 汽車のうた」 その5
20番線、親父の「鉄道以外」
[ sada ]
2016/8/2(火) 午前 3:06
牧水鑑賞 「牧水 汽車のうた」 ちょっと休憩
20番線、親父の「鉄道以外」
[ sada ]
2016/8/2(火) 午前 2:53
牧水鑑賞 「牧水 汽車のうた」 序
20番線、親父の「鉄道以外」
[ 五十鈴 拓磨 ]
2016/7/21(木) 午後 10:07




