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これで最後です。212レを浜五井でお見送り。
小さな駅名表示があります。ここの物は、かなり状態が良いですね。
ケツ撃ちながら、列車の全体像を。
え!コタキ!と思ったのが勉強不足の証拠で、タキ44000は車長が12m以下なので、添え小文字の「コ」が付くんだそうです。でも、「保安対策車」って、具体的に何をどうしたか解りませんが、タキ44507からは車長が12mを越え、添え字が付かなくなったんだそうです。
しかし、銘板がまだ「日本国有鉄道」だもんな〜。
牽引するのはKD601。旧国鉄DD13の「亜種」とはいえ、やっぱり、よく見ますと……
DD13って、こんな簡単な構造の台車じゃなかったよなぁ?臨海鉄道という使用条件から、こういう設計になったんですかね?ちょっと驚き。
ちょうど、夕日が斜め後ろから射してきて、タンク車が朱色に染まるかと思ってやってみたのですが、うまく行かず。
この列車の発車を見届けてから、蘇我まで送っていただいて、終了。
まつしま様、まる一日お付き合い下さり、改めてお礼申し上げます。やっぱり、ここは面白いですわ。
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北袖での撮影を済ませ、今度は浜本橋へ。ここは直線区間で、列車全体が綺麗に写ります。
402レ。機関車を仰ぎ見るような構図にしたかったんですが……
同じく、507レ。
ついでに509レ。
これだけ撮って(いや、実はカワウが居たんですが撮り損ないました)昼食。その後は、昔大井川に掛かっていたトラス橋である村田川橋梁へ。
灰色の塗装に白で橋梁名を書いてあるので、かなり露光をアンダーにしないと文字が見えません。
210レ。お決まりの、「トラス橋からちょこっと顔を出した瞬間」を狙ったはずですが、うまく行かず。
引き寄せて撮ると、こう。続けて、
211レ。おい、長いゾ!列車全体が写しこめないではないの!
とか言っていたら、508レは単機。列車全体が写しこめましたわなあ、確かに……
ここを切り上げ、再び北袖方面に向かう途中、市原分岐の場内信号が「進行」を表示していたので、まつしま様と相談し、このあたりで待つ事に。まつしま様では無いですが、道路の信号より鉄道の信号の方が気になるという……
雲が取れてきて、やや露光オーバー気味になってしまった511レ。
この後、浜五井の少し先、JNC石油化学の引き込み線へ。
陽が陰ってきて、露光合わせが間に合わず、このザマ……
この212レを浜五井で観察兼撮影して今日は上がりましょう、という事になって、徒歩で浜五井へ向かいます。
(つづく)
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前回からの続き。
JTGXへの引き込み線分岐から、今度は北袖の分岐点へ。ここはキジやウズラも居るらしいのですが、残念ながら写真に写せる様なところへは出てきてくれませんでした。
で、まずは505レなんですが、せっかくの良いカーブだというのに、この隠居の腕では、この程度。
曲線の外側からですから、俯瞰でもしたいところですが、そうも行きません。列車全体が綺麗に収まらんもんな〜。
これを撮って、時間があるので、当鉄道の終点、京葉久保田駅へ。
先ほどの505レを牽いてきたKD604が待機中。しかし、いい所へ駐まってくれているんで、正面からしか撮れないでないの!
おりから、構内ではコンテナの積み卸し作業中。あれだけの大型フォークリフトを使って、一番小さいコンテナとはいえど、2.5×2.5×3.7m、近くで見たら結構威圧感も感じる物を、よくもこうきっちり積めるよな〜。
再び北袖分岐へ戻り、506レを。ここは直線ですから、まあ、こんなもんですか?
ついで401レ。これも、もう少し画角を考えないといかんな〜。今度行ったらカーブの内側から狙ってみるか。
戻りの402レも平凡な出来。
北袖駅に追いかけて、再び402レを撮影。
機関士さんに声をかけて、1枚撮影させて貰いました。
出発シーン。
次は、直線区間の浜本橋へ。
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まつしま様のご案内で、京葉臨海鉄道へ。
記事を拝見していて、なかなか容易な相手では無いと思っておりましたが、現地へ行ってみると、やっぱりなかなか難しい。でも、京葉臨海工業地帯とはいえ、広い緑地帯の中を走る所とか、房総の低い丘陵を背景にやってくる所とか、地味ながらなかなか面白い路線であることは間違いありません。
まる1日沿線を行ったり来たりしていたので、写真の枚数も多く、何度かに分けて掲載します。まずは、上り504列車が、本線上に、これまで牽いて来た貨車を放置してJTGXから実車のタキを引き出してきて、放置していた貨車に連結して、なかなか見応えのある長大編成になって発車していく、という所から。
お、門扉が開いたから、そろそろ来るゾ!
脱線ポイントは、まだ定位。
本線のポイントも定位。
お〜!来たぞ!操車さんを乗せています。
機関車とコキの連結器を手早く切って、操車さんが前方に乗ります。
引き込み線へのポイントの先へ一度機関車だけが出て行って……
操車さんが運転指令?に連絡。
本線のポイントを切り替えます。標識が「反位」になっているでしょ?
引き込み線への脱線ポイントも反位。
工場の構内に入っていきます。
本線上で待ちぼうけ?のコキ3両。やがて……
工場内から石油満載のタキを牽いて戻って来ます。
ポイント手前で一旦停止。
本線上に戻って来ます。
おい、実車だぜ!牽いてるな〜!
本線のポイントを過ぎて停車。ポイントを定位に切り替え
操車さんが誘導して……
連結シーンが目の前で見られるのは、あまりありません。倉賀野あたりですと、ホームから機関車の連結は見られますが。
こんだけ繋げると、壮観ですナ。
タキを引き出してきて、コキに連結してから発車するまでの時間が短く、機関車側からの列車全景は連結シーンを犠牲にしないと撮れないという……今回は初めての訪問なので、まず連結シーンを優先。
工場の門扉が閉まって、おしまい……
次回は北袖分岐付近です。
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「電気工学のおべんきょう(?)」も、ようやくこれで直流直巻電動機編が完結します。即ち昭和60年、山の手線に投入されそれまでの103系を置き換えた205系、またこれをはじめとする211系〜215系、251系、253系、651系などの「界磁添加励磁制御」の車両群の「能書き」が今回の内容となります。
この車両群、とくに205系は転用に伴う改造が非常に多く、一度では紹介しきれない代物ですので、これのみ「鉄道図鑑」として別個に書いていくことにします。205系以外の形式はそれほどバラエティ−が無いので、この項で纏めることにします。
この「界磁添加励磁制御」、これまでこの隠居の能書きに付き合ってくれた方々であれば話はすぐに理解できると思います。「直流直巻電動機」を使いながら回生ブレーキも使う方法として、冷房や照明等のために積んでいる電動発電機を電源として「添加励磁装置」を含む若干の回路を追加し、高速走行のための弱め界磁使用時には界磁に逆方向の電流を流して逆起電力を抑制し、一方回生ブレーキ使用時には、弱め界磁の時とは逆に電流を流して逆起電力の調整を行い、電圧を調整しながら回生ブレーキを使うという物で、「基本的には抵抗制御(当然直並列制御も併用)」なのです。回生ブレーキ使用時の界磁制御を電動発電機による補助電源から行うため、架線電圧の影響を受けず回生失効も起きにくいのは大きな利点でしょう。この辺はウイキペディアの「界磁添加励磁制御」に非常に解りやすく書かれております。
或る意味せっかくサイリスタを用いた電機子チョッパ制御の201系などを作っておきながら、ここで技術的には後退したかに見えるのですが、最末期とはいえ「国鉄」の時代、関東だけではなく関西にも入れなければならない、将来的には転用も考えなければならない、という点と、当時の厳しい財政事情から、慣れ親しんだ抵抗制御+アルファで、機械(励磁機)も安価という点も採用の大きな理由になったのでしょうか。結果的に「最後の国鉄型」と呼ばれる205系、211系、213系がこの制御方式で、分割民営化以後にJR各社が独自に作った車両にもこの方式のものが結構あります。私鉄でも結構作られていて、在来の抵抗制御車に機械を追加して改造した事例もあるようです。添加励磁装置は、電動発電機で発電した三相交流を半導体の位相制御によって整流し、かつ電圧制御しているそうで、理論的にはそう難しくないこの制御方法ですが、EF16やED61に採用されなかったのは、添加励磁装置に使う半導体技術がその当時追いつかなかったのだろうと想像します。
前述の通り、この制御方式を持った最初の車両である205系は別途ご覧頂くとして、かつては東海道線、東北本線、高崎線の主力であった211系から紹介いたしましょう。もう、この電車、営業のY君も、宇都宮のS君も「説明不要」ではないかと思います。
東海道本線の211系(セガレ撮影、最末期の姿)
高崎線北上尾駅の211系(隠居撮影、かなり末期の頃ではないか?)
この隠居、東海道線への211系登場のころからの付き合い、しかも、思い起こせば、金沢の滞在時起案僅か11分という独身最後の旅、14系時代の急行「能登」の寝台に乗りに行った時、東京から辻堂への最後の行程も、辻堂を離れ再び戻る事の無い、結婚式当日の東京までの行程も、211系0番台がお供をしてくれたというのに、1枚も写真が無〜い!なんつ〜こっちゃ!全く!
なお、231系・233系の投入で余剰となった211系はしばらく房総方面に転用されておりましたが、この頃の写真が無いんですよね〜。房総は、その後京浜東北線を退いた209系の投入により、211系は抑速ブレーキ付きというその本来の性能を活かせる中央東線、篠ノ井線にようやく転用されていきます。 長野に転属となった211系、セガレ撮影 一方、東海道線に投入された211系0番台を基本に、これを2扉転換クロスシートとしたのが213系で、国鉄時代に岡山と四国を結ぶ「マリンライナー」用に投入されました。
マリンライナー(隠居撮影、登場時とは展望車両が異なる)
後に分割民営化後のJR東海においても独自に作られ、関西本線などで使われておりました。中央西線でも乗ったような記憶があるのですが、記録が見当たらず、確信を持って「乗った」とは言えません。
飯田線の213系(三河川合、隠居撮影) 215系というのは、JR東日本が平成4年から10両編成4本を製造した「オール2階建て」電車で、登場当時は快速「アクティ−」などにも使われて居たのですが、10両という単編成と2扉なことが災いして遅延を招くことが多く、湘南新宿ラインへ転用されるも、結局そこからも撤退して、現在は朝夕の通勤ライナーにしか使われておりません。まあ、「持て余している」のが実態でしょうか?当たり前の話ながら、2階席には客席上の荷だなが無く、昔大荷物を抱えてせっかくグリーン料金を奮発しながら、かえって狭苦しい目に遭ったこともあります。観光シーズンの休日には「ホリデー快速ビューやまなし」などの運用もありますが、東海道線での運用を前提に作られたので耐寒設備が無く、冬期の山岳地帯への運行はありません。4編成と数が少ないうえ、基本的には朝夕しか動かないので、この隠居はよく新橋で見かけますが、営業のY君、宇都宮のS君の目に触れることはまず無いのではないか?
215系 セガレ撮影
界磁添加励磁制御の特急用車両としては、「スーパービュー踊り子」の251系、初代「成田エクスプレス」の253系がありますが、いずれも「見たことはあっても乗ったことが無い」車両。253系などは「成田エクスプレス」から撤退後、東武鉄道への乗入れに際してVVVFインバータ制御に改造されてしまいました。
上、251系、中、「成田エクスプレス」時代の253系。ともにセガレ撮影
下、VVVF改造となり東武鉄道に乗入れ始めた後の253系 隠居撮影
加えて、界磁添加励磁制御車では唯一の交直両用車両、651系があります。これはもう、水戸時代に散々お世話になった車で、宇都宮の前は水戸に居たS君も良くご存じと思います。かえってY君の方が「見たこと無い」と言うか?「フレッシュひたち」の653系登場後も「常磐線の女王」としての風格を保っていたのですが、657系の投入、そして東日本大震災がこの車の運命を変えたようで、まさか交流回路を切った「1000番台」として高崎線にやってくるとは思いもしませんでした。
オリジナルの651系基本7両編成ですが、「スーパーひたち」から撤退後、団臨として上野東京ラインの秋葉原付近を走る姿。セガレ撮影。
同じく、付属4両編成。いわき駅にて隠居が撮影。一部は普通列車に使われていた。
オレンジの帯が入った1000番台の特急「あかぎ」桶川駅で中線に入っていた頃。隠居撮影。
これでようやく「直流モーターの歴史」が終わり、三相かご型誘導電動機の時代がやってきますが、さて、交流モーターの「おべんきょう」が進まないんで困っております。その前に鶴見線に行って、あそこの205系撮って来ないといかん……
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