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お久しぶりです。
昨日と今日、久々鉄道撮影に行ってきました。
何所に行ったかというと、高崎線211系の「通勤快速」と「深谷行」運用が最後なので 撮影に行ってきました。 さて、撮影地は大宮なのですが、出発時間は 通勤快速→18:57 深谷行→20:14
と、三脚が無いと撮影が不可能です。
そのため「三脚不使用運動(今命名)」をしている私にとってはあまりしたくないは事ですが、夜だから仕方ない・・・。
通勤快速(3941M) 前橋行き 10両 C12編成
斜めってしまってあまりよろしくない写真ですが、記録には残りましたぁ・・・。
通勤快速幕
前橋か・・・ラスト一本211系の通勤快速残ってますけど、この運用は今日変わるので、今日撮影の帰り際にとってきました。
3914M(土日運用)
うん(新型になっちゃってまぁ・・・)
大宮二枚目
普通(959M) 深谷行 15両 A1+C?
C編成撮るの忘れてたぁ・・・。
深谷行幕
この深谷行もあの憎きE233系に・・・(憎き?そんなに憎くないな。)
とうとう高崎・東北の211系も北へと追いやられる時がきました。高崎・東北から
3ドアが消えるのはいつのことでしょう・・・。 |
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2012年09月01日
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昭和も終わりの頃となりますと、もう、鉄道もすっかりヤル気が無く、その一方では、
自称「合唱ヤクザ」と言うほど、いろいろな所に首を突っ込んでいました。これは、その当時小生が所属していた合唱団の指揮者が、それだけ顔が広かった上に、いろいろな機会を与えてくれたからでもあります。
そんな具合で、昭和63年1月2日、関東鉄道の写真撮りに行ってきました。この当時の水海道機関区は、今と違って水海道駅から歩いてもすぐの所にありました。
関東鉄道といえば、茨城交通と共に「気動車博物館」みたいな所ですが、この頃は、
国鉄からJR移行直後で、キハ35系のお古が大量に入っていました。
どうも、奈良、和歌山、亀山、伊勢市で廃車になった連中だったようですが、ちょっと珍しいのが、「名イセ」の表記。もともと、天王寺鉄道管理局というのは、範囲が広く、関西本線の亀山までを管轄しており、亀山以南の伊勢市なども(すなわち名松線あたりも)名古屋では無く、天王寺管内でした。
これが、JR移行に先立って、管理区域の見直しがなされたのでしょう。伊勢市が名古屋の管内になったことの証です。
これは、筑波鉄道でも会ったのですが、まだ使えるので常総線にまわってきたようですね。
銘板は「国鉄」のまま。扇風機にもJNRマークが。
構内には、もと小田急のDCが居たには居たのですが……
現在は、もう使われていないようで、塗色試験車になっていました。結局、この塗色が、その後の標準になったようですね。
風格のあるオリジナル車キハ500、キハ800。その一方で……
近鉄養老線あたりでもよく見ましたが、車体のど真ん中に両開きのドアを増設するってのは、どうも……今で言う「魔改造」のはしりですかね。
関東鉄道は、導入した車両を、そのまま使うより、車体更新、廃車発生部品の転用をなどを結構やるので、中途半端な知識ですと、もともと何の車だったのか見当が着かないことがあります。
こいつは、もとキハ07?
これも良く解らん…… 手帳に記載が無いのですが、こんな4扉の車も……
こいつは、車体更新車だけあって、バランス良いスタイルですね。
こいつは、まだ居るようですね。セガレが、専門学校の体験授業で水海道に行ってきた時に撮ったようです。
今回はこんな所で……… |
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